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盾は決意の証
しおりを挟む「ちなみにじゃが……ワシがこれを折らぬように使うとじゃな……? はっ!」
「え!?」
エアラハールさんが、俺に渡していた抜き身の剣を再び手に取る。
何するのかと見ていたら、一瞬だけ体と手がぶれたと思った瞬間、俺がまだ持ったままだった木剣が真っ二つに斬れてしまった。
目にも止まらぬ速さ……というのは、初めて会った時にモニカさん達へと痴漢を働いた時にもあったけど、剣を使うのは初めてだ。
「ふむ……やはり寄る年波には勝てんかの。現役の頃より甘いわい」
「いやいやいや、十分過ぎる程ですよ!」
「リクさんの木剣、剣身の部分が半分になっているわね……」
「くっ、見逃してしまった! 落ち込んでいる場合ではなかったか!」
エアラハールさんは、俺の持つ半分程度になった木剣を見て、腕が落ちたと言うように呟いた。
これで腕が落ちたって、現役の頃はどれだけだったんだと思わなくもない。
思わず声を上げる俺の持っている木剣を、モニカさんが観察し、ソフィーが悔しがっていた。
……ソフィー、膝を付いて項垂れていたからね……そりゃ見れなくて当然だよ。
「あんな剣で、どうやってこんな事を……」
改めて木剣を見るが、その切断面は綺麗に斬られていて、何かに引っかかったような様子はない。
指先で軽く触れてみると、ツルツルしていてちょっと触り心地が良かった。
だけど、エアラハールさんの使った剣は、先程も見たように相変わらずボロボロ……。
そりゃ確かに、刃こぼれしていない部分もあるにはあるけど、面積の狭いその部分だけで木剣を切るのは不可能だろう。
「何、これくらいは簡単な事じゃ。無駄のない洗練された一振り、積み重なる鍛錬で得られる最善の一手……といったところかの。あとは、当然じゃが速さも必要じゃ。力を入れ過ぎては駄目、逆に入れなさ過ぎても駄目じゃの」
「洗練された一振り……最善の一手……」
「最善というのはまぁ、自分にできる最高の一撃という意味合いじゃの。瞬間に全力を込めて放ち、それによって最善の結果を得るための手段じゃ。現役の頃でも、乱発はできなんだがのう……」
積み重なる鍛錬で得られるという事は、エアラハールさんがこういった事ができるようになるまで、血のにじむような訓練をしたのは間違いない。
これができるようになるまで、一体どれだけの努力が必要なんだろう?
「まぁ、遠くの国には、片刃の剣を鞘から出す勢いを利用する事で、もう少し容易にした技があると聞いたが……それでも簡単にできようになるものでもないの」
それって、エアラハールさんがいている事は居合抜きとかの事かもしれない。
何かの本で読んだ事がある気がするけど……どちらにせよ一朝一夕で使えるようになる技じゃないはずだね。
「そういえば、確か……ヴェンツェルは無理じゃったが、マックスは使えたのではなかったかの?」
「父さんが、ですか?」
「マックスさんも使えるんですか?」
「大分昔の事じゃから、記憶があいまいじゃが……確か使えてはおったはずじゃ。……結局そちらではなく体そのものを鍛える事にしたようじゃがの。あと、盾を持っていると難しいからのう」
「盾……確かに使うと言っていましたね。今は、ユノがマックスさんの使っていた盾を持っていますが」
確か、マックスさん本来の戦い方は、ショートソードのような片手剣と、盾を持ち、パーティの守り役として戦っていたと聞いた。
ゴブリンが押し寄せてきた時は、俺がマックスさんのショートソードを使っていたため、大きな両手剣を使っていたけど。
あのマックスさんも、近い事ができたのか……でも確かに、盾を持っていたら動きが制限される部分もあるし、片手で……というのも難しいだろうしね。
エアラハールさんは、剣を振る瞬間だけ両手で持っていたから。
「あの嬢ちゃんがマックスの盾を受け継いだのか……そうか……」
「盾に何か、あるんですか?」
「あの盾は、大事な人や物を守ると決心した、マックスの決意の証じゃ。もちろん、盾そのものは何度も買い替えておるはずじゃがの。言うならば、盾を持つ決意といったところかのう」
「盾を持つ決意……」
「ふむ……少し話をしておこうかの。モニカ嬢ちゃん」
「え、はい。私ですか?」
マックスさんの盾を、今はユノが持っていると聞いたエアラハールさんは、少し目を細めて噛みしめるように頷いた。
何かあるのかと聞いてみたら、マックスさんにとってとても大事な物だったらしい。
盾そのものではなく、盾を持って戦うという事らしいけどね。
懐かしそうに、昔を思い出している様子のエアラハールさんは、モニカさんを呼んで話し始める。
「あれはモニカ嬢ちゃんが生まれる、ずっと前の話じゃ。ヴェンツェルと競うように訓練をしていながらも、冒険者をしていたマックスじゃが……ある時マリーちゃんが怪我をしてのう。原因はなんじゃったか忘れたが、ミスをして魔物にやられたらしいのじゃ。酷い怪我ではあったが、幸いにもそれで冒険者が続けられないという程ではなかったの」
「母さんが……?」
「当時から、マックスとマリーちゃんは仲が良かったが、その少し前からねんごろな仲になったようでの。マリーちゃんに怪我をさせてしまった事を大層悔いておった」
ねんごろって……微妙というかなんというか、妙な言葉を使うけど……要は、マックスさんがマリーさんと恋人同士になったとか、そういう意味だろう。
冒険者には怪我は付き物……というのは、散々マックスさんやマリーさんから聞いているけど、若かった頃のマックスさんは、その時の事を重く考えていたようだ。
もしかすると、その時のミスというのもマックスさんが原因だったから……とかかもしれないね。
まぁ、今でも仲が良いマックスさん達だし、あの人の性格からして、好きな女性を守れないなんて……! とか考えそうな……。
「以前から、ヴェンツェルと一緒に体を鍛える事に偏ってはおったが、そこからさらに集中するようになっての。結局は盾を持ち、仲間を自分の体を使ってでも守る……と決意したのじゃよ。まぁ、好いたおなごのために、体を張って守ろうと考えたのじゃろう。二度と大きな怪我をさせないという決意でな。もちろん、冒険者仲間であるパーティメンバーも、守ろうとはしておったのじゃろうが、間違いなくマリーちゃんのためではあったろうの」
「父さんと母さんにそんな事が……」
剣と盾を駆使して、魔物からの攻撃を自分が受ける事で、皆を……ひいては、自分がマリーさんを必ず守る、という決意をしたんだろうね。
体を鍛える事をさらに求めたのって、最終的には自分の体を使ってでも盾になる……とか考えたのかもしれないな。
そういえば、ゴブリンの大群と戦った時に、油断した俺に向かって放たれた矢をいち早く察知し、身をもって守ってくれたのはマックスさんだった。
あの時は大剣を持って暴れていたけど、ちゃんと周囲に気を配って仲間を守る……という思いが染みついていたんだろうなぁ――。
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