上 下
531 / 1,903

盾は決意の証

しおりを挟む


「ちなみにじゃが……ワシがこれを折らぬように使うとじゃな……?  はっ!」
「え!?」

 エアラハールさんが、俺に渡していた抜き身の剣を再び手に取る。
 何するのかと見ていたら、一瞬だけ体と手がぶれたと思った瞬間、俺がまだ持ったままだった木剣が真っ二つに斬れてしまった。
 目にも止まらぬ速さ……というのは、初めて会った時にモニカさん達へと痴漢を働いた時にもあったけど、剣を使うのは初めてだ。

「ふむ……やはり寄る年波には勝てんかの。現役の頃より甘いわい」
「いやいやいや、十分過ぎる程ですよ!」
「リクさんの木剣、剣身の部分が半分になっているわね……」
「くっ、見逃してしまった! 落ち込んでいる場合ではなかったか!」

 エアラハールさんは、俺の持つ半分程度になった木剣を見て、腕が落ちたと言うように呟いた。
 これで腕が落ちたって、現役の頃はどれだけだったんだと思わなくもない。
 思わず声を上げる俺の持っている木剣を、モニカさんが観察し、ソフィーが悔しがっていた。
 ……ソフィー、膝を付いて項垂れていたからね……そりゃ見れなくて当然だよ。

「あんな剣で、どうやってこんな事を……」

 改めて木剣を見るが、その切断面は綺麗に斬られていて、何かに引っかかったような様子はない。
 指先で軽く触れてみると、ツルツルしていてちょっと触り心地が良かった。
 だけど、エアラハールさんの使った剣は、先程も見たように相変わらずボロボロ……。
 そりゃ確かに、刃こぼれしていない部分もあるにはあるけど、面積の狭いその部分だけで木剣を切るのは不可能だろう。

「何、これくらいは簡単な事じゃ。無駄のない洗練された一振り、積み重なる鍛錬で得られる最善の一手……といったところかの。あとは、当然じゃが速さも必要じゃ。力を入れ過ぎては駄目、逆に入れなさ過ぎても駄目じゃの」
「洗練された一振り……最善の一手……」
「最善というのはまぁ、自分にできる最高の一撃という意味合いじゃの。瞬間に全力を込めて放ち、それによって最善の結果を得るための手段じゃ。現役の頃でも、乱発はできなんだがのう……」

 積み重なる鍛錬で得られるという事は、エアラハールさんがこういった事ができるようになるまで、血のにじむような訓練をしたのは間違いない。
 これができるようになるまで、一体どれだけの努力が必要なんだろう?

「まぁ、遠くの国には、片刃の剣を鞘から出す勢いを利用する事で、もう少し容易にした技があると聞いたが……それでも簡単にできようになるものでもないの」

 それって、エアラハールさんがいている事は居合抜きとかの事かもしれない。
 何かの本で読んだ事がある気がするけど……どちらにせよ一朝一夕で使えるようになる技じゃないはずだね。

「そういえば、確か……ヴェンツェルは無理じゃったが、マックスは使えたのではなかったかの?」
「父さんが、ですか?」
「マックスさんも使えるんですか?」
「大分昔の事じゃから、記憶があいまいじゃが……確か使えてはおったはずじゃ。……結局そちらではなく体そのものを鍛える事にしたようじゃがの。あと、盾を持っていると難しいからのう」
「盾……確かに使うと言っていましたね。今は、ユノがマックスさんの使っていた盾を持っていますが」

 確か、マックスさん本来の戦い方は、ショートソードのような片手剣と、盾を持ち、パーティの守り役として戦っていたと聞いた。
 ゴブリンが押し寄せてきた時は、俺がマックスさんのショートソードを使っていたため、大きな両手剣を使っていたけど。
 あのマックスさんも、近い事ができたのか……でも確かに、盾を持っていたら動きが制限される部分もあるし、片手で……というのも難しいだろうしね。
 エアラハールさんは、剣を振る瞬間だけ両手で持っていたから。

「あの嬢ちゃんがマックスの盾を受け継いだのか……そうか……」
「盾に何か、あるんですか?」
「あの盾は、大事な人や物を守ると決心した、マックスの決意の証じゃ。もちろん、盾そのものは何度も買い替えておるはずじゃがの。言うならば、盾を持つ決意といったところかのう」
「盾を持つ決意……」
「ふむ……少し話をしておこうかの。モニカ嬢ちゃん」
「え、はい。私ですか?」

 マックスさんの盾を、今はユノが持っていると聞いたエアラハールさんは、少し目を細めて噛みしめるように頷いた。
 何かあるのかと聞いてみたら、マックスさんにとってとても大事な物だったらしい。
 盾そのものではなく、盾を持って戦うという事らしいけどね。
 懐かしそうに、昔を思い出している様子のエアラハールさんは、モニカさんを呼んで話し始める。

「あれはモニカ嬢ちゃんが生まれる、ずっと前の話じゃ。ヴェンツェルと競うように訓練をしていながらも、冒険者をしていたマックスじゃが……ある時マリーちゃんが怪我をしてのう。原因はなんじゃったか忘れたが、ミスをして魔物にやられたらしいのじゃ。酷い怪我ではあったが、幸いにもそれで冒険者が続けられないという程ではなかったの」
「母さんが……?」
「当時から、マックスとマリーちゃんは仲が良かったが、その少し前からねんごろな仲になったようでの。マリーちゃんに怪我をさせてしまった事を大層悔いておった」

 ねんごろって……微妙というかなんというか、妙な言葉を使うけど……要は、マックスさんがマリーさんと恋人同士になったとか、そういう意味だろう。
 冒険者には怪我は付き物……というのは、散々マックスさんやマリーさんから聞いているけど、若かった頃のマックスさんは、その時の事を重く考えていたようだ。
 もしかすると、その時のミスというのもマックスさんが原因だったから……とかかもしれないね。
 まぁ、今でも仲が良いマックスさん達だし、あの人の性格からして、好きな女性を守れないなんて……! とか考えそうな……。

「以前から、ヴェンツェルと一緒に体を鍛える事に偏ってはおったが、そこからさらに集中するようになっての。結局は盾を持ち、仲間を自分の体を使ってでも守る……と決意したのじゃよ。まぁ、好いたおなごのために、体を張って守ろうと考えたのじゃろう。二度と大きな怪我をさせないという決意でな。もちろん、冒険者仲間であるパーティメンバーも、守ろうとはしておったのじゃろうが、間違いなくマリーちゃんのためではあったろうの」
「父さんと母さんにそんな事が……」

 剣と盾を駆使して、魔物からの攻撃を自分が受ける事で、皆を……ひいては、自分がマリーさんを必ず守る、という決意をしたんだろうね。
 体を鍛える事をさらに求めたのって、最終的には自分の体を使ってでも盾になる……とか考えたのかもしれないな。
 そういえば、ゴブリンの大群と戦った時に、油断した俺に向かって放たれた矢をいち早く察知し、身をもって守ってくれたのはマックスさんだった。
 あの時は大剣を持って暴れていたけど、ちゃんと周囲に気を配って仲間を守る……という思いが染みついていたんだろうなぁ――。


しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

森だった 確かに自宅近くで犬のお散歩してたのに。。ここ  どこーーーー

ポチ
ファンタジー
何か 私的には好きな場所だけど 安全が確保されてたらの話だよそれは 犬のお散歩してたはずなのに 何故か寝ていた。。おばちゃんはどうすれば良いのか。。 何だか10歳になったっぽいし あらら 初めて書くので拙いですがよろしくお願いします あと、こうだったら良いなー だらけなので、ご都合主義でしかありません。。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

目覚めれば異世界!ところ変われば!

秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。 ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま! 目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。 公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。 命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。 身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

喜んだらレベルとステータス引き継いで最初から~あなたの異世界召喚物語~

中島健一
ファンタジー
[ルールその1]喜んだら最初に召喚されたところまで戻る [ルールその2]レベルとステータス、習得したスキル・魔法、アイテムは引き継いだ状態で戻る [ルールその3]一度経験した喜びをもう一度経験しても戻ることはない 17歳高校生の南野ハルは突然、異世界へと召喚されてしまった。 剣と魔法のファンタジーが広がる世界 そこで懸命に生きようとするも喜びを満たすことで、初めに召喚された場所に戻ってしまう…レベルとステータスはそのままに そんな中、敵対する勢力の魔の手がハルを襲う。力を持たなかったハルは次第に魔法やスキルを習得しレベルを上げ始める。初めは倒せなかった相手を前回の世界線で得た知識と魔法で倒していく。 すると世界は新たな顔を覗かせる。 この世界は何なのか、何故ステータスウィンドウがあるのか、何故自分は喜ぶと戻ってしまうのか、神ディータとは、或いは自分自身とは何者なのか。 これは主人公、南野ハルが自分自身を見つけ、どうすれば人は成長していくのか、どうすれば今の自分を越えることができるのかを学んでいく物語である。 なろうとカクヨムでも掲載してまぁす

処理中です...