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突撃のエルサ
しおりを挟む「えーと、お金ならちゃんと用意させてもらいますけど……?」
「馬鹿者! お金なんぞではないわ! そこの後ろにいるおなご達じゃ!」
「「!?」」
お金かなと思ったら、そうではなかったらしい。
元Aランクの冒険者は、依頼の報酬も相応に高い。
よっぽど無茶な使い方をしなければ、順調に依頼をこなせば引退後の金にも困る事はないだろうけど、エアラハールさんもそうみたいだ。
そうだよね、年を考えるとかなり前の事だろうけど、俺よりも長く冒険者をやっていてSランクに近いとまで言われてたんだから、むしろ俺なんかよりお金を持っていてもおかしくないか。
そんな人が、剣を教える代わりにお金を欲しがる事もないだろうね。
ともあれ、お金ではないと一喝したエアラハールさんは、俺の後ろに隠れるようにしていたモニカさんとソフィーに目を向けて叫び、それを聞いた二人が体をビクッとさせたのが、ソファ越しに伝わってくる。
部屋に入ってきたときからそうだけど、エアラハールさんって、女性の事になるとよく興奮するなぁ……。
「モニカさんと、ソフィーですか?」
「うむ。そこのおなご達じゃ。さっきも触ったが、良い物を持っておった……さらにその胸も良さそうじゃのう……自由にとは言わんが、そこに触れる権利をもらう事が条件じゃ! なに、時折撫でさせてくれるだけで構わんよ?」
「はぁ……師匠……いや、エアラハール殿……」
「えーと……いや……それはさすがに……」
エアラハールさんの条件というのは、モニカさんとソフィーのお尻や胸を触れる事というのだった。
確かにモニカさんとソフィーは俺から見ても、魅力的な女性だと思う。
だからと言って、俺が剣を習うための条件に二人を差し出すような真似はできない。
とりあえず、少し片鱗をみせていた元ベテラン冒険者という、できる人のような風格は、もはや見る影もない。
隣でヴェンツェルさんが、開いている右手を使って頭を抑えて溜め息を吐く気持ちもわからなくはない。
自分の師匠と言って紹介したら、剣の指導をする代わりに女性を求めるなんて……面目丸つぶれな気がするしね。
悪い人じゃないかもしれないけど、さすがにモニカさんを中に触れられるなんて、俺が嫌だ。
いや、ソフィーならいいとういうわけではないよ?
同じパーティの仲間として、友人としてもそれは許せないと思う、うん。
これはさすがに断ろう……。
「……その条件はお断りします。さすがに、自分のために仲間を差し出す事はできません」
「別に差し出せと言っているわけではないのじゃぞ? ただ、ちょーっとその尻や胸を触らせてくれるだけでいいのじゃ!」
この爺さん、本当にセクハラが大好きなんだな……。
俺がきっぱりと目を見て断ったのに、まだ諦めきれないようだ。
本当は俺が頭を下げて剣を習うという話なのに、今や逆転して向こうがモニカさん達に触らせてくれ、と懇願する様相になっている。
なんでこんな事になったのか……いや、エアラハールさんが原因なんだけども。
どれだけお尻や胸を触りたいんだろうか……。
いやまぁ、男として気持ちが全くわからないわけではないけど、こういうのは大っぴらに叫んで求める事でもないと思う。
そうだなぁ……触り心地という点でなら……と考えて、代替案を出す事にした。
「それじゃあ、エアラハールさん。モニカさん達とは別に、あちらのモフモフを触る権利……という事でどうでしょう?」
「む?」
エアラハールさんに、モニカさん達に触るのとは別の案を提示する。
俺が振り返って手で示したのは、ソファーから少し離れた場所にある、ベッド。
その上でふて寝しているユノに抱かれて、そろそろ苦しくなったのか、もがき始めたエルサだ。
「あの白いモフモフでしたら、格別の触り心地ですよ? モニカさん達に触れるより、天にも昇る気持ちを味わえるかと思います」
「……私達、エルサちゃんに負けたみたいよ、ソフィー?」
「いや、ここで勝って勧められても困るだろう? むしろ、リクは話を逸らそうとしているんだろう」
エルサのモフモフを、代替案として提示する俺と、示された先を見るエアラハールさん。
ちなみに、俺が振り向いたと同時に、隠れ場所がなくなったモニカさんとソフィーは、ササっとヒルダさんのいる場所へと非難していた。
非難する時の動きは、気配を殺してるメイさんを彷彿とさせたけど、エアラハールさんに見咎められないように注意してたんだろう。
そちらでヒソヒソ話してるのも、微かに聞こえるけど……ソフィーの言う通り、話を逸らしているんだから、モニカさんはがっくりしないで欲しい。
そう、モフモフに触れれば誰だって癒される。
そしてエルサのモフモフは世界一と言っても過言ではないはず!
今日会ったばかりのお爺さんに触れさせるのは、断腸の思いだが……エルサのモフモフがなくなるわけでもないから、きっと大丈夫だ。
決して、決してモニカさん達よりもエルサのモフモフが上だとか、身内以外に触れられるのに対して嫉妬していたりはしない!
大丈夫、夜寝る前にでも存分にモフモフするから!
「どうでしょう、エアラハールさん?」
内心の葛藤というか、激情のようなものを抑えつけ、なんでもない事を装ってエアラハールさんに問いかける。
……顔が引き攣っていたりしないだろうか?
「……駄目じゃ」
「え?」
ボソッと呟くエアラハールさん。
あまり良く聞こえなかったので、聞き返した。
「駄目じゃ駄目じゃ! あんな得体の知れない犬っころ、触ったところで何も嬉しくないわい! やはりおなごじゃ、おなごがいいんじゃ!」
「むぅ……」
「……だわ」
エルサの事を見て、普通の犬ではなく得体の知れないと言ったのは、ドラゴンの気配のようなものを感じているのかもしれない。
そういうところはさすが……と言えるのかもしれないけど、エアラハールさんは駄々を捏ねる子供のように、モニカさん達がいいと要求。
もがいて、なんとかユノの腕から逃げ出したエルサが、何か小さく呟いた気がするけど、そちらを気にする余裕は今はない。
ともかく、なんとかエアラハールさんを説得しなければ……最悪俺の訓練がなしになっても構わないから、とにかくモニカさん達に被害がいかないようにしないとな。
「モフモフがなんじゃ! 若いおなごはモチモチでフカフカじゃぞ!? これに勝る感触なぞ存在せんわい! 白い犬っころなんぞ触っても、何も楽しくなんかないわい。というよりなんじゃあの犬っころは。役にも立たん犬っころを連れ……」
「失礼なのだわ!!」
「エルサ!?」
エルサのモフモフよりも、女性の方が……という力説をするエアラハールさん。
さらにエルサを軽く貶すような事を言って、さすがに俺もカチンと来た。
だけど、俺が何かを言う前に、エルサの叫びがエアラハールさんの言葉を遮って叫んだ。
さらに今までベッドにいたエルサが、体の大きさは小型犬程度のままに、四翼の翼を広げて凄い速度で飛んだ。
「ぐふぉっ!」
「ぬお!」
ベッドから一直線にエアラハールさん目掛けて飛んだエルサは、俺の横を通過し、そのまま顔面に体当たり。
いきなりの強襲に、ヴェンツェルさんと縄で繋がれているエアラハールさんは、避けるだけでなく防御すらできずに、エルサの体当たりに直撃。
凄まじい勢いだったため、そのまま上体を反らしてソファーの後ろに飛んで行くと思ったけど、ヴェンツェルさんが繋がれたままの縄を引っ張ったおかげで、ユノの時のように壁まで飛んで行く事はなかった。
壁に激突しない分、全身へのダメージは少なそうだけど……引っ張られてる腕と、ギリギリまで逸らされてる背中はとてつもなく痛そうだ……。
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