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リクのいない踊る獅子亭
しおりを挟む――――――――――踊る獅子亭、営業終了後。
「リクさん、無事にセンテについたかなぁ」
「何だい?そんなにリクが心配かい?」
「心配っていうか、何か世間知らずっぽいとこがあるから……」
「それを心配っていうんだけどね。でもそうだね、何か慣れないような雰囲気があるね」
「リクの事か?確かにこの辺じゃ見ないような雰囲気だな」
「確かに。そういえば父さん母さん、リクさんがどこから来たか聞いた?」
「いえ、聞いてないわね」
「俺もだ」
「私も聞いてないの。何となく聞きそびれてそのまま……」
「まあ雰囲気が普通と違っても、さすがにどこぞの貴族とかではないでしょうね」
「ははは、そんな高貴な雰囲気じゃないな、確かに」
「でも、貴族で家を追い出されてとかなら何となくわかるよね、ほら何も持ってなかったし」
「確かに、何も持たずに来た時は驚いたわね」
「まあ、事情はどうあれ、何も持たずにヘルサルに来たってのはなあ」
「あの時は驚いたわ、急に店に飛び込んできたと思ったら「働かせて下さい!」だもんね」
「そうね、三人共しばらく固まってたわよね」
「店が忙しくなりすぎて、人を募集し始めたその日にだからな」
「まさか朝に募集の看板を作ってその日に来るとは思わなかったわ」
「そうよね、それで話をし始めたら何も持ってない、お金もないから食べる物も買えない、だから働かせて下さいって……」
「そうね、本当にヘルサルに来たばかりで途方にくれてたらしいわね」
「何だろうな、タイミングが良いというべきなのか」
「でも、募集して変な人でも来たら追い返してやるって言ってたわよね、父さん」
「まあな。モニカに近づこうとするだけで来る奴とかがいそうだったからな」
「そうね、私もそれが少し心配だったわ」
「はあ、過保護というのかしら?こういうの」
「でも、あんな勢い込んで働かせて下さいって来られたら、そんな理由じゃないのはすぐにわかるわ」
「だな。それで落ち着いて話しても悪い奴には見えなかったからな、すぐさま雇った」
「ふふ、あの日に出した食事を食べるリクさん、必死だったわね」
「ええ、誰も取ったりしないから、落ち着いて食べれば良かったのに、勢い込んで食べてたわね。何度か喉に詰まらせてながら」
「そうだったな。まあ料理を作る俺としては、それだけ必死に食べてくれるのは嬉しいもんだ」
「よっぽどお腹が空いてたんでしょうね」
「ねえ、もし貴族だったとして、何も持たずに家を追い出されるってよっぽどの事よね?」
「そうねえ。まあ貴族ってのはないだろうけど、さすがにあの状態は普通じゃないわね」
「野盗に身包み剥がされたとかではないだろうしな。服着てたし、怪我もしてないし、今日まで野盗がいる事も知らなかったみたいだ」
「不思議ね」
「そうねえ」
「だな」
「…………」
「でもまあ、どれだけ不思議がってても、リクは悪い奴じゃねえからな」
「そうね、それは確かに」
「うん、悪い人じゃないのは間違いない」
「悪い事しでかしてとかではないだろうな」
「リクさんが何かをして追い出されるとかはないと思う」
「それに、リクがしっかり働いてくれて、店も助かってるしな」
「ええ」
「リクさんが来て1か月、今日はリクさんがいなくて久々に3人だけだったけど、やっぱり大変だったわ」
「そうね、大抵の事はすぐに出来るようになるし、計算もできるから、助かってるわ」
「さすがに料理は任せられねえが、それ以外の事はもう出来るからな」
「料理自体出来ないわけじゃないし、そう考えるとリクさんって何でも出来るのかしら?」
「そうかもね、まだ人手が足りてるとまでは言えないけど、リクのおかげで何とかなってるわ」
「初めて人の募集で警戒してたが、これは良い奴を拾ったな」
「いきなりこれだけの事が出来る人が来るとは思わなかったわ。それに、モニカも、ねえ?」
「え?何?」
「その髪飾り、買ってもらったんでしょ?」
「……うん」
「むぅ」
「ほらアナタ、仏頂面しない。毎日寝る前に髪飾りを見てニヤニヤしてるのは知ってるわよ?」
「見てたの!?」
「ええ」
「…………」
「リクは料理出来るようになるか?それとも……」
「父さん?」
「料理で俺に勝つまでは、いや、剣で勝負するか……」
「何言ってるの!?父さん!?」
「アナタ、さすがにそれはどうかと思うわよ」
「いやしかし、モニカをだな」
「気持ちはわかるし、私も変に近づいて来る男を追い払ったりしてるけど、モニカが決めた相手ならとやかく言わないわよ」
「いやしかし……」
「そもそもリクがそういう気があるかどうかわからないのよね」
「……はあ」
「モニカを気にしているようでもあるし、単に雇い主の娘だから気遣ってるようでもあって……どうなのかしら?」
「ちょっと酒でも飲みながら二人で話をするか……酔った勢いで怪我をしてもそれは酒のせい……」
「さすがにそれは私が止めるわよ、アナタ」
「もうこの話はやめてよ、恥ずかしい……」
「そうねえ、そうしましょ。私は楽しく観察する事にするわ」
「……観察しないで」
「それより、リクがいなくて大変なのは、店の事だけじゃないわね」
「そうね、母さん」
「ん?他に何かあるか?」
「お茶よ」
「ああ、あれは欲しいな」
「ええ、私もリクさんの淹れてくれたお茶を飲まないと休んだ気になれないわ。父さんも母さんもでしょ?」
「ええ」
「ああ」
「何だろう、何でリクさんの淹れるお茶はあんなに違うのかしら?」
「そうだな、料理はまだしも、あのお茶は俺にも淹れられない」
「そうね、何でなのかしら」
「茶葉はいつも同じのを使ってるわよね」
「ええ、それに何か特別な事をしてるようには見えないわ」
「ただお湯を沸かして、茶葉を入れて……ただそれだけだよなあ」
「帰って来たら教えてもらおうかな」
「あ、私も教えてもらいましょう」
「お、俺も聞くぞ。あれは客に出せるくらいだからな」
「お客さんに出したら、もっと忙しくなるんじゃないかしら?」
「確かにそうね、お客にはお水を出すくらいしかしてないけど……」
「お茶に手間を掛けたら料理が滞るか……今でもギリギリだしな」
「教えてもらうとしても、今はまだお客に出せないわね」
「うん」
「そうだな」
「もっと余裕が出来てからなら出せるかしら……」
「募集はまだしてるが、リクくらい働ける奴は来るのか?」
「それは来てみないとわからないよ、父さん」
「リクくらい働ける人が入ってくれるといいわね」
「はあ……リクさん、早く帰って来ないかなあ」
「そうね、お茶のために……」
「そうだな、店が少しでも楽になるために……」
「……私のために……」
最後だけボソっと誰にも聞こえないようにモニカが呟いた。
こうして、久々にリクがいない踊る獅子亭の1日は過ぎて行った。
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