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第4章 嫉妬や執着の青春は
15話
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「話があるの」
理花子の教室に私から行くのは初めてだった。
落ち着かない私の気持ちは、彼女にも感じ取れるようで、彼女もどこか落ち着かない表情をしていた。
「話・・・」
「うん。まあ、話。特定のこれっていうよりかは、これまでの全体的なことに関する、話すと長くなってしまいそうな話」
いつも理花子の髪の毛は整えられ女性らしい。
私は彼女の目を見る勇気がない今、その髪を見ていた。
理花子の視線を感じないことから察すると、彼女も今日は私の目を強く見たりはしていないのだろう。
「今日、バイトある?」
質問され、そこでようやく理花子の目を見た。
もう私達が前のように、たとえ偽りでも、仲良く過ごすことはないんだろうなと悟ってしまう、弱い目だった。
「ないよ。理花子は?」
「今日は休み。じゃあ、放課後でいい?」
「うん」
私は理花子の教室から出ると、息を深く吐く。
視線を感じ、廊下の先を見ると、仁井くんがこっちを見ていた。
嘘でもいいから笑いかけ、何か良い方の印象を残したかったけれど、私は笑顔を作る余裕を失っていた。
仁井くんはそんな私を不思議そうに見ていたが、誰かに話し掛けられ私から視線を逸らすと、そのままこっちを見ることはなかった。
放課後、理花子と一緒にカラオケに向かう。
私がカラオケに行こうと誘った。
沈黙にならず、秘密の守られる空間。
高校生の私達には、そこしか相応しい場所がない気がした。
カラオケに向かうまでの徒歩とバスでの時間は、彼女がいつもよりも遠慮しがちだが、学校トークで埋めてくれた。
私はいつにも増して、従順な心で、その話を聞いた。
そうしていたかった。
話してくれるのを有り難く感じるほどの時間だった。
今までとは何かが違っていて、二人を囲む空気さえ違った。
ある意味私達は、全くの別人になってしまったみたいだった。
二人の関係性はこの瞬間、非常に良好だったのだ。
過去も未来もなく、現在だけを必死に感じようとしている、隣にいるお互いの今だけを見ようとしている、そんな空気感。
でももう、遅い。
個室に入り、飲み物を頼んで、届けられると私はまず、彼女のこれまでの不安を気遣いたくなった。
「尾田先生に聞いたの。ごめんね、勝手に聞いちゃって。その・・・バイトで色々大変だったみたいで。大丈夫?」
「大丈夫。尾田先生から、沙咲に色々と話したってことは聞いてるよ。それに、私が沙咲にしたことも話してるし」
「そっか。本当に大丈夫?」
「うん。ありがとう」
部屋のテレビでアイドルが話す声と、他の部屋から漏れ聞こえる歌声で、私達の間の沈黙は満たされる。
繋ぎ止められる。
理花子はコーラを飲んでから言った。
「ムカつくって思った。尾田先生。死んだ娘の悪い方の面に似てるって言われて、私、凄く腹が立った。誰かに似てるって言われるのも嫌いだけど、その中でダントツに嫌だった」
私は、理花子が放った、”腹が立つ”や”ムカつく”、”死んだ”、”嫌”という単語に怯みそうになりながらも、もう恐れるのはやめたいと思う。
キツイ言葉は悪魔だ。
悲しくなる。
「私が話したかったのは・・・話さなくたっていいことなのかもしれないけど・・・別に自然に離れればいいとも思うんだけど・・・」
私がもどかしかったのか、理花子は遮って言った。
「私達、もう、仲良くするのやめよっか」
一つも悲しみを含まない提案だった。
私はこれで、自由に、話したい子と一緒に行動できる。
解放感でいっぱいになるべきなのに、気持ちは晴れない。
「それ、私が言おうとしたのに」
その一言がせいぜいの抵抗で、他に考えていたことは何一つ言葉にできなかった。
「ああ。ごめんごめん。私が悪いのに、私が終わらせるのは違うよね。私のわがままとか、執着に付き合わせて、肩身狭い思いさせてごめん。良い子の沙咲は、私なんかといて楽しくなかったよね」
どうして、こういう物の言い方しかできないんだろう。
また私が機嫌を取らないといけないんだろうか。
「理花子の機嫌が良い時は、楽しかったよ。機嫌が良いから、私も嬉しくなった。でも、それって違うじゃん。機嫌が悪い時は怯えながら、必死にその場をどうにかしようとして。そんなの、違う・・・怯えのせいで、偽物の嬉しさが出来上がっちゃうだけなの」
理花子にされて、言われて、嫌だったことを思い出す。
そして、言いなりになったこれまでの自分が嫌になる。
理花子は、こんな気持ちになっている私に気付かずに、もしくは気付いていても知らないフリで言った。
「詩音は、私がこんな性格じゃなかったら、私のこと好きになってくれてない。女の趣味、変だよね。なんか、変に優しいっていうか、正義感あるっていうか。周りが幸せじゃないと、自分も幸せになれないみたいな。疲れそう、詩音。普通の男子なら、沙咲の方が良いに決まってる」
「そんなことは・・・」
「尾田先生の娘の日記読んでさ、あまりにも自分みたいでびっくりした。本当、心臓飛び出るかと思ったわ。私、こんなの書いたっけ?ってなった。ちょっと冷静になったら、うわ、この子性格最悪って、ムカついた」
「そうなんだ」
「もし、日記を読んでなかったら、もっと最悪になってたんだろうな。まあ、今、ちゃんと反省できるだけ、まだマシってことにしてもらわないと。だから、反省しきって、性格良くなったら、詩音、私のこと飽きちゃうかも」
「それは、本当に、そんなことないと思う。もし嫌いになるとしても、理花子の性格が変わったからじゃなくて、他の理由」
「断定するの?」
「うん」
「じゃあ、他の理由って?」
「それは・・・男だけには限らないけど、そういう欲が故に・・・とか」
「故にって。浮気ってこと?」
「でもそれは、理花子のせいじゃない。だから、仁井くんが理花子の性格を理由に別れを切り出すことは絶対にない」
「浮気相手が沙咲って可能性は?」
「それも絶対にない」
理花子は笑った。
「沙咲って、人の機嫌取るのうますぎ。きっと将来、上司に気に入られるね」
「今のは本当のこと言っただけだから。それに、好きな人いるから」
「へえ。そうなんだ」
理花子は、本当はどういう人なんだろう。
私が見ていた姿が全てでないことだけは確かだ。
「一つ、聞いていい?」
私は、彼女に気を遣うんじゃなく、自分の聞きたいことを聞く。
「何?」
「なんで、私が仁井くんのこと好きっていつ気付いた?」
「うーん。全校集会とかかな。沙咲の視線の先、仁井詩音。ああいう大勢が集まる場所では、視線を誤魔化せると思ってるのかもしれないけど、そんなことないよ。気をつけな。だから色々と見つけてたの。仁井詩音の視線を感じる私に、沙咲と私を交互に見てしまう尾田先生。沙咲のことを見ていたのは尾田先生以外、他二名」
「私のこと?司?」
「司は、バレバレのバレバレ。あれは多分、どこにいても、私じゃなくても気付けるわ。見られてた本人だけ気付くのが遅かった気もするけど・・・」
「あともう一人?」
「まあそれは、自分で考えて下さい。っていうか、司のこと呼び捨てしてたっけ?」
「ああ、クラス一緒になってから・・・」
「ふーん、そうなんだ」
司とのことがバレた気もしたけれど、誰かにバラすようなことを今の彼女はしないと思った。
理花子は、タッチパネルの機械を慣れたように操作し、曲を入れる。
「もったいないから、歌うね」
大きい音量で前奏が流れる。
私達が中学の頃に流行ったラブソングのバラードだった。
理花子は、私の方をチラチラ見ながら何かを言う。
大音量の前奏のせいで聞こえない。
「何?」
大きい声で、口を大きく開けて私は聞く。
「ごめんね、本当に!!!」
前奏が終わり、歌い出しの静かな伴奏のタイミングと被ったせいで、彼女の声は想像以上に大きく私に届いた。
私達は二人、思いっきり笑った。
「恥ずかしい」
と言い、理花子の頬は赤くなる。
それでも、
「今までごめん!」
と次はマイクを使って言ってきた。
私は微笑むことで、それに応えた。
久しぶりに聴く理花子の歌声は、記憶とは違って、穏やかで優しかった。
選曲のせいだろうか。
「うまいじゃん」
私は、本当にそう思ったから、そう言った。
理花子を好きになったわけでもないし、これからまた仲良くしようとも思わない。
でも、尾田先生が自分の娘の二面性を私達に見たように、私は彼女の違う面も知れた気がして、気持ちが少し楽になった。
理花子の教室に私から行くのは初めてだった。
落ち着かない私の気持ちは、彼女にも感じ取れるようで、彼女もどこか落ち着かない表情をしていた。
「話・・・」
「うん。まあ、話。特定のこれっていうよりかは、これまでの全体的なことに関する、話すと長くなってしまいそうな話」
いつも理花子の髪の毛は整えられ女性らしい。
私は彼女の目を見る勇気がない今、その髪を見ていた。
理花子の視線を感じないことから察すると、彼女も今日は私の目を強く見たりはしていないのだろう。
「今日、バイトある?」
質問され、そこでようやく理花子の目を見た。
もう私達が前のように、たとえ偽りでも、仲良く過ごすことはないんだろうなと悟ってしまう、弱い目だった。
「ないよ。理花子は?」
「今日は休み。じゃあ、放課後でいい?」
「うん」
私は理花子の教室から出ると、息を深く吐く。
視線を感じ、廊下の先を見ると、仁井くんがこっちを見ていた。
嘘でもいいから笑いかけ、何か良い方の印象を残したかったけれど、私は笑顔を作る余裕を失っていた。
仁井くんはそんな私を不思議そうに見ていたが、誰かに話し掛けられ私から視線を逸らすと、そのままこっちを見ることはなかった。
放課後、理花子と一緒にカラオケに向かう。
私がカラオケに行こうと誘った。
沈黙にならず、秘密の守られる空間。
高校生の私達には、そこしか相応しい場所がない気がした。
カラオケに向かうまでの徒歩とバスでの時間は、彼女がいつもよりも遠慮しがちだが、学校トークで埋めてくれた。
私はいつにも増して、従順な心で、その話を聞いた。
そうしていたかった。
話してくれるのを有り難く感じるほどの時間だった。
今までとは何かが違っていて、二人を囲む空気さえ違った。
ある意味私達は、全くの別人になってしまったみたいだった。
二人の関係性はこの瞬間、非常に良好だったのだ。
過去も未来もなく、現在だけを必死に感じようとしている、隣にいるお互いの今だけを見ようとしている、そんな空気感。
でももう、遅い。
個室に入り、飲み物を頼んで、届けられると私はまず、彼女のこれまでの不安を気遣いたくなった。
「尾田先生に聞いたの。ごめんね、勝手に聞いちゃって。その・・・バイトで色々大変だったみたいで。大丈夫?」
「大丈夫。尾田先生から、沙咲に色々と話したってことは聞いてるよ。それに、私が沙咲にしたことも話してるし」
「そっか。本当に大丈夫?」
「うん。ありがとう」
部屋のテレビでアイドルが話す声と、他の部屋から漏れ聞こえる歌声で、私達の間の沈黙は満たされる。
繋ぎ止められる。
理花子はコーラを飲んでから言った。
「ムカつくって思った。尾田先生。死んだ娘の悪い方の面に似てるって言われて、私、凄く腹が立った。誰かに似てるって言われるのも嫌いだけど、その中でダントツに嫌だった」
私は、理花子が放った、”腹が立つ”や”ムカつく”、”死んだ”、”嫌”という単語に怯みそうになりながらも、もう恐れるのはやめたいと思う。
キツイ言葉は悪魔だ。
悲しくなる。
「私が話したかったのは・・・話さなくたっていいことなのかもしれないけど・・・別に自然に離れればいいとも思うんだけど・・・」
私がもどかしかったのか、理花子は遮って言った。
「私達、もう、仲良くするのやめよっか」
一つも悲しみを含まない提案だった。
私はこれで、自由に、話したい子と一緒に行動できる。
解放感でいっぱいになるべきなのに、気持ちは晴れない。
「それ、私が言おうとしたのに」
その一言がせいぜいの抵抗で、他に考えていたことは何一つ言葉にできなかった。
「ああ。ごめんごめん。私が悪いのに、私が終わらせるのは違うよね。私のわがままとか、執着に付き合わせて、肩身狭い思いさせてごめん。良い子の沙咲は、私なんかといて楽しくなかったよね」
どうして、こういう物の言い方しかできないんだろう。
また私が機嫌を取らないといけないんだろうか。
「理花子の機嫌が良い時は、楽しかったよ。機嫌が良いから、私も嬉しくなった。でも、それって違うじゃん。機嫌が悪い時は怯えながら、必死にその場をどうにかしようとして。そんなの、違う・・・怯えのせいで、偽物の嬉しさが出来上がっちゃうだけなの」
理花子にされて、言われて、嫌だったことを思い出す。
そして、言いなりになったこれまでの自分が嫌になる。
理花子は、こんな気持ちになっている私に気付かずに、もしくは気付いていても知らないフリで言った。
「詩音は、私がこんな性格じゃなかったら、私のこと好きになってくれてない。女の趣味、変だよね。なんか、変に優しいっていうか、正義感あるっていうか。周りが幸せじゃないと、自分も幸せになれないみたいな。疲れそう、詩音。普通の男子なら、沙咲の方が良いに決まってる」
「そんなことは・・・」
「尾田先生の娘の日記読んでさ、あまりにも自分みたいでびっくりした。本当、心臓飛び出るかと思ったわ。私、こんなの書いたっけ?ってなった。ちょっと冷静になったら、うわ、この子性格最悪って、ムカついた」
「そうなんだ」
「もし、日記を読んでなかったら、もっと最悪になってたんだろうな。まあ、今、ちゃんと反省できるだけ、まだマシってことにしてもらわないと。だから、反省しきって、性格良くなったら、詩音、私のこと飽きちゃうかも」
「それは、本当に、そんなことないと思う。もし嫌いになるとしても、理花子の性格が変わったからじゃなくて、他の理由」
「断定するの?」
「うん」
「じゃあ、他の理由って?」
「それは・・・男だけには限らないけど、そういう欲が故に・・・とか」
「故にって。浮気ってこと?」
「でもそれは、理花子のせいじゃない。だから、仁井くんが理花子の性格を理由に別れを切り出すことは絶対にない」
「浮気相手が沙咲って可能性は?」
「それも絶対にない」
理花子は笑った。
「沙咲って、人の機嫌取るのうますぎ。きっと将来、上司に気に入られるね」
「今のは本当のこと言っただけだから。それに、好きな人いるから」
「へえ。そうなんだ」
理花子は、本当はどういう人なんだろう。
私が見ていた姿が全てでないことだけは確かだ。
「一つ、聞いていい?」
私は、彼女に気を遣うんじゃなく、自分の聞きたいことを聞く。
「何?」
「なんで、私が仁井くんのこと好きっていつ気付いた?」
「うーん。全校集会とかかな。沙咲の視線の先、仁井詩音。ああいう大勢が集まる場所では、視線を誤魔化せると思ってるのかもしれないけど、そんなことないよ。気をつけな。だから色々と見つけてたの。仁井詩音の視線を感じる私に、沙咲と私を交互に見てしまう尾田先生。沙咲のことを見ていたのは尾田先生以外、他二名」
「私のこと?司?」
「司は、バレバレのバレバレ。あれは多分、どこにいても、私じゃなくても気付けるわ。見られてた本人だけ気付くのが遅かった気もするけど・・・」
「あともう一人?」
「まあそれは、自分で考えて下さい。っていうか、司のこと呼び捨てしてたっけ?」
「ああ、クラス一緒になってから・・・」
「ふーん、そうなんだ」
司とのことがバレた気もしたけれど、誰かにバラすようなことを今の彼女はしないと思った。
理花子は、タッチパネルの機械を慣れたように操作し、曲を入れる。
「もったいないから、歌うね」
大きい音量で前奏が流れる。
私達が中学の頃に流行ったラブソングのバラードだった。
理花子は、私の方をチラチラ見ながら何かを言う。
大音量の前奏のせいで聞こえない。
「何?」
大きい声で、口を大きく開けて私は聞く。
「ごめんね、本当に!!!」
前奏が終わり、歌い出しの静かな伴奏のタイミングと被ったせいで、彼女の声は想像以上に大きく私に届いた。
私達は二人、思いっきり笑った。
「恥ずかしい」
と言い、理花子の頬は赤くなる。
それでも、
「今までごめん!」
と次はマイクを使って言ってきた。
私は微笑むことで、それに応えた。
久しぶりに聴く理花子の歌声は、記憶とは違って、穏やかで優しかった。
選曲のせいだろうか。
「うまいじゃん」
私は、本当にそう思ったから、そう言った。
理花子を好きになったわけでもないし、これからまた仲良くしようとも思わない。
でも、尾田先生が自分の娘の二面性を私達に見たように、私は彼女の違う面も知れた気がして、気持ちが少し楽になった。
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