上 下
29 / 41

なぜ怖いのか

しおりを挟む
 誰かが近づいてくる。
私はそれを分かりながらも、目を開ける事が出来なかった。
心地良い眠り。
テントでの睡眠は最高だった。
寝袋というのも初めてで、なんだかイモムシみたいだけど、自分がピッタリと収まってて良い気分だった。

「おはようございまーす!」

明るい声が聞こえる。
ゆっくりと目を開ける。
初めて見る景色で目覚めた。
テントの天井。
曖昧な頭の中が少しずつ整理されていく。
外から聞こえる声。

「なんで嘘ついたんだよ~」

伊之助さんの声だ。

「だって、兄貴と僕を兄弟って勘違いしてるみたいで嬉しくて!でも一つショックだったのが、僕の事、兄貴のお兄さんですか?って!結構、童顔だと思ってたのに...お姉さん怒ってました?」

「お姉さん?」

「あー、まあ、そういう呼び方をする流れがあって...あー、それよりお腹空いた~」

「にな絵さんが起きたら、食べよう」

「うん」

「そうだ、大和。これやらない?」

「おっいいねー!最高の休日だよー!」

 何をするのだろう?
起きなきゃ...と思いながら、起きてすぐに伊之助さんの声を聞けた事が新鮮だったので、目を閉じ、今のシーンをもう一度リピートした。
これからは...伊之助さんと一緒にいる事が増える。
ついニヤけた。
スマホで自分の顔と髪を確認して、テントを出た。

 二人はバトミントンをしていた。
先に気付いた大和さんが、飛んでくる羽根を無視してこっちに走って来た。

「お姉さんー!ごめんなさいー!」

深く頭を下げる。

「必要なら謝罪会見でも開きます。許して下さい。つい、嬉しくて~」

伊之助さんがこっちを見て軽く会釈した。
私も会釈する。

「大和さん」

「はい」

「バトミントンで勝負してくれたら、許します」

「本当ですか?」

パッと明るくなる表情。
やっぱり伊之助さんに似ている。
可愛い。
まあ、伊之助さんの方が可愛いけれど。
 
 バトミントンの試合を何度かして、朝食。
パンに、ソーセージ、スクランブルエッグ。
運動後だし、外だし、天気も良いし。

「こんなに美味しい朝ごはん、初めてかもしれないです」

あまりの感動に何度も「美味しい」を繰り返した。
伊之助さんはソーセージを食べていない。
スクランブルエッグは食べている。

「兄貴、スクランブルエッグは平気だったっけ?あ...」

大和さんはチラッと私を見た。

「あー、和美さんから聞いて、知ってます。魚とかお肉が苦手な事」

大和さんが満足そうな顔をする。

「そうですか。それじゃあもうなんでも知ってる仲ですね」

伊之助さんと目が合う。
大和さんがいると、伊之助さんがクールキャラに見えるくらいだ。

「あれ?これ何?」 

大和さんは、風でめくられたノートを見つけて言った。
 私は焦る。
それは伊之助さんの作曲、作詞ノートで私が昨日借りたものだ。
昨日私が伊之助さんに教えた曲の、コードと歌詞が書かれている。 
新たに作った曲も。
大和さんはページをどんどんめくる。

「あー、兄貴の曲?ちゃんと聞かせてもらった事ないんだよな~」

「あっ、大和さん!」

「はい?」

「私、温泉に行きたいんですけど、連れて行ってもらえませんかね?」

「いいですよ!今行きますか?」

大和さんは自然にノートを閉じ、元の場所に戻した。
曲を見られずに安心していると、伊之助さんが心配そうに私を見た。
 私はなぜ隠したいのだろう。
伊之助さんは私と一緒に進みたいと言ってくれた。
私の夢に賛同してくれた。
何を恐れているのだろう。
自己満足で曲を作っていた伊之助さんも変わろうとしている。
こういうところから、変えていかないと。

「ちょっと待って下さい、大和さん」

「はい」

私はギターを持ってきて、伊之助さんの方を見る。

「昨日教えた曲って、もうできそうですか?」

伊之助さんに初めて聞かれたあの日の曲。
伊之助さんが褒めてくれた曲。

「出来ます!」

「大和さん、ちょっとだけお客さんになってもらってもいいですか?」

「お客さん?はい、もちろんですよ」


 伊之助さんと地面に座る。
横並び。
草が柔らかい。
私がギターでイントロを弾く。
伊之助さんはこちらを見てリズムをとる。
歌い出し。
二人で目を合わせタイミングを合わせる。
 伊之助さんが歌い出した瞬間。
私の世界が変わった。
簡単に変わってしまった。
初めて伊之助さんの声を聞いた時もそうだった。
私はこの人に出会うために生まれてきた。
今まで見たことのない色に包まれていて、心が安らかで、隣で歌う伊之助さんを見ると泣いてしまいそうだ。
二人での始めての演奏。
目が合う度に恋しさが募った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。 母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。 心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。 短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。 そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。 一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。 やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。 じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。

鎌倉古民家カフェ「かおりぎ」

水川サキ
ライト文芸
旧題」:かおりぎの庭~鎌倉薬膳カフェの出会い~ 【私にとって大切なものが、ここには満ちあふれている】 彼氏と別れて、会社が倒産。 不運に見舞われていた夏芽(なつめ)に、父親が見合いを勧めてきた。 夏芽は見合いをする前に彼が暮らしているというカフェにこっそり行ってどんな人か見てみることにしたのだが。 静かで、穏やかだけど、たしかに強い生彩を感じた。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

ガラスの海を逞しく泳ぐ女たち

しらかわからし
ライト文芸
夫や彼がいるにも関わらず、彼らにはナイショの行動を取り続け、出逢ったカレとの不倫に走り、ないものねだりを不道徳な形で追い求め、それぞれの価値観の元で幸せを掴もうとしてもがく。 男性優位で不平等な社内で女の顔を持って逞しく泳ぐ女たちも好きな男の前では手弱女に変身する三人の女たちの赤裸々な姿。 男たちのエゴと、女たちの純粋さと逞しさ。 女たちは決して褒められたことではない欲望をどん欲に追い求めながらも孤独な彼女たちの心の叫びが聴こえてくる。 欲望とは欲しがる心、これを追求する女たちを描きました。 (登場人物) 課長 高橋 美夏 三十五歳 青森県津軽のオヤジ 田畑 静雄 四十五歳 婚約者 小川 蓮 三十六歳 主任 佐久間 緑子 三十五歳 高橋美夏の親友 緑子のカレ 大和 二十六歳 課長 山下 夢佳 三十三歳 執行役員 佐々木 五十歳 グループ会社本社社長 佐藤 社長秘書課長 五十嵐 以前の小説名は「男性優位で不平等な社内で女の顔を持って逞しく泳ぐ彼女たち」です。 今回、題名を変え、改稿して再度、公開しました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

アッキーラ・エンサィオ006『彼女が僕のほっぺたを舐めてくれたんだ』

二市アキラ(フタツシ アキラ)
ライト文芸
多元宇宙並行世界の移動中に遭難してしまった訳あり美少年・鯉太郎のアダルトサバイバルゲーム。あるいは変態する変形合体マトリューシカ式エッセイ。(一応、物語としての起承転結はありますが、どこで読んでも楽しめます。)グローリーな万華鏡BLを追体験!てな、はやい話が"男の娘日記"です。

処理中です...