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夢と現実の間

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「そんな事言ってもらえてありがたいです。だけど...申し訳ないですけど、それは叶えられない夢です」

 凡城さんはハッキリと言った。

「あー敬語やめるんでしたね。昨日の夜眠れなくて、考えてたんですけど...あ、考えてたんだけど、僕達の出会い方って面白いですよね。つい一人で笑っちゃった。ドラマの主人公みたいに、思い出し笑いしてました」

話を逸らそうとしているのが分かる。

「私の夢...」

「もう一杯飲もうかな、でも今日は疲れたしそろそろ帰りますか。あ、帰ろうか」

「そんな素敵な声で、素敵な曲も歌詞も作れるのに歌手にならないなんてズルいですよ」

俯き気味に話す私をさすがにスルー出来ないようで、こっちの様子を伺っている。
表情を見ようと顔を上げてみた。
心配が一杯に溢れているけれど、その不安という要素が彼の瞳を一段と綺麗に見せている気がした。

「私、こんな気持ち初めてで。本当に恥ずかしいけど、頑張って今言葉にしています。凡城さんの声は本当に私の中から消えないんです。もし、これからの将来、どうしようとか不安が少しでもあるなら、歌手になるっていうのはどうですか?私が独り占めしたい声でもあるんですけど、世界におすそ分けした方がいい気もして」

「僕は僕が楽しければいいと思ってる自分勝手な人間です。ドラマを観てその世界観に浸って、影響を受けて、主人公になった気持ちで街を歩いたり。気が向いたら曲を作ったり、走りに行ったり、料理したり。僕は今のこの生活が大好きです。何にも縛られていない。誰かに自分を知ってもらいたいって気持ちがないんですよ。SNSやってる人の気持ちが分からないくらいに」

「そうですよね。自分が勇気ないだけで、夢を人に押し付けるなんて。ごめんなさい」

「謝らないで。嬉しいのは嬉しいですよ。それに歌の上手い人なら世の中に沢山いますよ。もうその辺を探せばすぐに見つかる」

「最後にこれだけ言わせて下さい。凡城さんの声は人を変える事が出来る魔法のような声です。生まれ持った天性だけじゃないです。凡城さんが作ったメロディーも歌詞も、凡城さんの意思が強く感じられます。こういう声を出そうと考えて出してる音に聞こえます。違いますかね?」

少し考えるような表情を見せて

「それは違いますよ。今の僕は鮮魚コーナーに見合った男になるのが目標です。久し振りに出来た目標です」

 なんとなくいつもとは違う気まづい雰囲気の中、帰った。
天真爛漫という言葉が似合う凡城さんとは違う気がした。
それでも凡城さんはずっと、好きなドラマの好きなシーンの話をしていた。
正確には話をしてくれていた、だ。

 
 部屋の前に着き、

「明日からよろしくお願いします」

凡城さんが丁寧なお辞儀をした。

「こちらこそお願いします。今日はなんだか...」

「何も気にしないで下さい。今度カラオケに行きましょうよ。友達とカラオケに行った事なくて。僕を救うと思って是非」

「救うなんて...」

「最近挑戦が多いな。引越しにバイトの面接に。友達が出来て、カラオケ。僕、向上心がないんです。引っ越してきたばかりだけど、こっちにきて挑戦してる。向上心がどこからかやって来ました。へへ」

笑顔を見て、緊張していた心臓付近が心地良くなったのが分かった。

「じゃあ挑戦にお伴します。今日はお疲れ様でした」

「はい。また」

 私が部屋に入るのを見送ってくれた。
靴を脱いでそのままソファに座り込み、今日話した事が頭に蘇ってきて、恥ずかしくなった。
 だけど、夢を話す事は思ったより簡単な事なのかもと思った。
結局は他の人から見れば人ごと。
私だけの夢だから。
私が選んだ事だから。
今の私に強い向上心はあるのだろうか。
夢を本気で叶えた人に比べると、向上心と呼んで良いのか分からないほど弱い向上心だと思う。
本当に叶えたい夢ではないのかもしれない。
どうなのだろう?
そして、夢を見ている時が一番楽なのかもしれない。
現実と向き合わずにいる事も出来るし、自分が何者かを深く考えずにいられる。
夢だけを見ていればいいから。
だけど今は夢と現実の間。
その場所を何と呼べばいいのだろう。
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