3 / 21
Episode3
変わり者
しおりを挟む
私が今まで好きになった人はだいたいみんな、変わり者だった。
中学生の時、好きになった男の子がいた。
河村春太という、なんとなく爽やかな名前。
クラス全員が笑っている時は真顔で自分の世界に入っていて、みんなが真剣な時に何か面白い事を発見し、笑いを必死で堪えていた。
そんな彼を見ているのが学校へ行く一番の楽しみだった。
河村君は目立ち過ぎず、地味過ぎず、けれども決まった誰かとつるむ訳でもなく、自分の世界を持っていた。
私はなんとか孤立しないようにとその時々で、笑って見せたり、悪ぶってみせたり。
必死じゃないふりして凄く必死だった。
だから私は自分を持った河村君にひっそりと想いを寄せていた。
河村君のようになりたい...君のように生きてみたい...
伝えたい事は結局伝えられないまま。
伝えようとも思ってなかったのかもしれない。
怖いから。
季節は秋で、合唱コンクールが近づいていた。
本番一週間前から朝練も始まっていた。
その日は前の日の合唱練習で、しっかりと歌う人と、口を小さく開けて歌う、または口パク、または歌う事すらしない人との間に溝ができ、合唱リーダーの女の子が怒って泣いてしまった次の日だった。
その子は
「もういい!明日の朝練はしない!」
と仲の良い女の子達に囲まれながら怒鳴っていた。
次の日。
その言葉を真に受けた私は遅刻ギリギリで学校の玄関に着いた。
すると耳に私のクラスの曲が入ってきた。
他のクラスと被る事はないから間違いない。
みんな練習に来ている!
自分のクラスの靴箱の方に行くと、ちょうど河村君が靴を履き替えていた。
一瞬目が合ったけれど、ほとんど話したこともないので、お互い挨拶を交わす事もなく靴を履き替える。
河村君が先に教室に向かおうと振り返った時、パンパンに詰まった彼のリュックの片方の背負い紐が重さで千切れた。
しっかりとしまっていなかったチャックから中身が一気に流れ出る。
全てがスローモーション。
宙に浮いたノート類をキャッチしようとしたけれど、運動神経の悪い私の伸ばした腕をすり抜けてそれらは落ちていった。
そこでチャイムが鳴る。
私が拾おうとすると河村君は
「ありがとう。でも、チャイム鳴っちゃったから行って!」
でも私は
「もう間に合わないから」
と少しクールに答えた。
河村君は
「ありがとう。助かる」
と言った。
なんだか凄く幸せな時間だった。
彼の落とした教科書やノートやプリントを拾う。
一枚のプリントが目に入った。
それは合唱の楽譜だった。
そこには沢山の書き込みがされていてその隣にはもう一枚書き込みがされていない同じ楽譜があった。
すると、私の見ているものに気付いた河村君は
「あ、それ...その...僕歌が大の苦手で。口パクしてたんだけどバレちゃって...迷惑掛けないように口パクしてたんだけど...音痴だからさ。でも逆に調子に乗って格好つけてると思われちゃって...」
とオドオドしている。
私は何故か涙が溢れてきた。
それは14歳の私にとっては大きな出来事だった。
そっか...河村君もただ自分の世界だけで生きている訳じゃないんだ...迷惑掛けないようにして、から回って、こんな一生懸命...しかもその努力を見られないようにして...
河村君が俯いた私を見て
「大丈夫?」
と言った。
「大丈夫!目にゴミが!でも本当に偉いね。合唱の事もそうだけど、そのリュック。教科書ちゃんと全部持って帰ってるんだね」
クラスメイトのほとんどは、教室にこっそりと置き勉をしていた。
「ただ怒られるのが嫌いなだけなんだ。かなりの力を注いで怒られるのを避けてるんだよ」
と笑った。
そうなんだ。
そこは私と同じだな。
その後、教室に二人で一緒に入ると、遅刻で先生に怒られるし、クラスメイトには二人で入ってきた事について色々聞かれるし。
二人でただ苦笑いしていた。
河村君がこそっと
「みんな怒られたくなくて、真面目に朝練に来たんだね」
と私に言った。
そんな河村君を私はもっと好きになった。
河村君と話したのはその日のその朝だけ。
あの時気持ちを伝えていたら何か変わっていたかなと思うことがよくある。
私は感傷的な気持ちになり過ぎる前にベンチから立ち上がった。
男の人はまだ同じ場所にいた。
その日以降もそこを散歩すると時々その気になる人を見る事があった。
一度もカメラを構えず、ただひたすら遠くを眺めていた。
中学生の時、好きになった男の子がいた。
河村春太という、なんとなく爽やかな名前。
クラス全員が笑っている時は真顔で自分の世界に入っていて、みんなが真剣な時に何か面白い事を発見し、笑いを必死で堪えていた。
そんな彼を見ているのが学校へ行く一番の楽しみだった。
河村君は目立ち過ぎず、地味過ぎず、けれども決まった誰かとつるむ訳でもなく、自分の世界を持っていた。
私はなんとか孤立しないようにとその時々で、笑って見せたり、悪ぶってみせたり。
必死じゃないふりして凄く必死だった。
だから私は自分を持った河村君にひっそりと想いを寄せていた。
河村君のようになりたい...君のように生きてみたい...
伝えたい事は結局伝えられないまま。
伝えようとも思ってなかったのかもしれない。
怖いから。
季節は秋で、合唱コンクールが近づいていた。
本番一週間前から朝練も始まっていた。
その日は前の日の合唱練習で、しっかりと歌う人と、口を小さく開けて歌う、または口パク、または歌う事すらしない人との間に溝ができ、合唱リーダーの女の子が怒って泣いてしまった次の日だった。
その子は
「もういい!明日の朝練はしない!」
と仲の良い女の子達に囲まれながら怒鳴っていた。
次の日。
その言葉を真に受けた私は遅刻ギリギリで学校の玄関に着いた。
すると耳に私のクラスの曲が入ってきた。
他のクラスと被る事はないから間違いない。
みんな練習に来ている!
自分のクラスの靴箱の方に行くと、ちょうど河村君が靴を履き替えていた。
一瞬目が合ったけれど、ほとんど話したこともないので、お互い挨拶を交わす事もなく靴を履き替える。
河村君が先に教室に向かおうと振り返った時、パンパンに詰まった彼のリュックの片方の背負い紐が重さで千切れた。
しっかりとしまっていなかったチャックから中身が一気に流れ出る。
全てがスローモーション。
宙に浮いたノート類をキャッチしようとしたけれど、運動神経の悪い私の伸ばした腕をすり抜けてそれらは落ちていった。
そこでチャイムが鳴る。
私が拾おうとすると河村君は
「ありがとう。でも、チャイム鳴っちゃったから行って!」
でも私は
「もう間に合わないから」
と少しクールに答えた。
河村君は
「ありがとう。助かる」
と言った。
なんだか凄く幸せな時間だった。
彼の落とした教科書やノートやプリントを拾う。
一枚のプリントが目に入った。
それは合唱の楽譜だった。
そこには沢山の書き込みがされていてその隣にはもう一枚書き込みがされていない同じ楽譜があった。
すると、私の見ているものに気付いた河村君は
「あ、それ...その...僕歌が大の苦手で。口パクしてたんだけどバレちゃって...迷惑掛けないように口パクしてたんだけど...音痴だからさ。でも逆に調子に乗って格好つけてると思われちゃって...」
とオドオドしている。
私は何故か涙が溢れてきた。
それは14歳の私にとっては大きな出来事だった。
そっか...河村君もただ自分の世界だけで生きている訳じゃないんだ...迷惑掛けないようにして、から回って、こんな一生懸命...しかもその努力を見られないようにして...
河村君が俯いた私を見て
「大丈夫?」
と言った。
「大丈夫!目にゴミが!でも本当に偉いね。合唱の事もそうだけど、そのリュック。教科書ちゃんと全部持って帰ってるんだね」
クラスメイトのほとんどは、教室にこっそりと置き勉をしていた。
「ただ怒られるのが嫌いなだけなんだ。かなりの力を注いで怒られるのを避けてるんだよ」
と笑った。
そうなんだ。
そこは私と同じだな。
その後、教室に二人で一緒に入ると、遅刻で先生に怒られるし、クラスメイトには二人で入ってきた事について色々聞かれるし。
二人でただ苦笑いしていた。
河村君がこそっと
「みんな怒られたくなくて、真面目に朝練に来たんだね」
と私に言った。
そんな河村君を私はもっと好きになった。
河村君と話したのはその日のその朝だけ。
あの時気持ちを伝えていたら何か変わっていたかなと思うことがよくある。
私は感傷的な気持ちになり過ぎる前にベンチから立ち上がった。
男の人はまだ同じ場所にいた。
その日以降もそこを散歩すると時々その気になる人を見る事があった。
一度もカメラを構えず、ただひたすら遠くを眺めていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
海神の唄-[R]emember me-
青葉かなん
ライト文芸
壊れてしまったのは世界か、それとも僕か。
夢か現か、世界にノイズが走り現実と記憶がブレて見えてしまう孝雄は自分の中で何かが変わってしまった事に気づいた。
仲間達の声が二重に聞こえる、愛しい人の表情が違って重なる、世界の姿がブレて見えてしまう。
まるで夢の中の出来事が、現実世界へと浸食していく感覚に囚われる。
現実と幻想の区別が付かなくなる日常、狂気が内側から浸食していくのは――きっと世界がそう語り掛けてくるから。
第二次世界恐慌、第三次世界大戦の始まりだった。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ただいま
越知 学
大衆娯楽
この世には知らないうちに失っているものがたくさんある。
失くして初めて、その大切さに気付くことが多い。
失って、気づいて、取り戻す。
そして再びそれを手にした時、その輝きはいっそう尊さを増しているだろう。
ーーあることをきっかけに僕は「今日」から抜け出せなくなる。
Ambitious! ~The birth of Venus~
海獺屋ぼの
ライト文芸
松田大志は大学を卒業後、上京して機器メーカーに就職していた。
彼には地元にいた頃から、バンドをともしてきた仲間がいた。
ヴォーカルの裏月、幼なじみでベースの純。
彼らは都会の生活に押しつぶされながらもどうにか夢を掴むために奔走する。
そして神様はチャンスを与える……。
願うこととその対価について描いたライト青春小説。
《月の女神と夜の女王》のスピンオフ後日談です。
宇宙に恋する夏休み
桜井 うどん
ライト文芸
大人の生活に疲れたみさきは、街の片隅でポストカードを売る奇妙な女の子、日向に出会う。
最初は日向の無邪気さに心のざわめき、居心地の悪さを覚えていたみさきだが、日向のストレートな好意に、いつしか心を開いていく。
二人を繋ぐのは夏の空。
ライト文芸賞に応募しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる