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王子の初恋①
しおりを挟む時を遡ること11年前。
当時まだ7歳の誕生日を迎えたばかりであったキースは、幼いながらも王族として必要な礼儀作法、国の歴史や情勢、馬術、剣術など、様々な授業に追われていた。
7歳と言えば、普通の子供であればまだまだ遊びたい盛りであるが、キースは我が儘をいうこともなければ文句を言うこともせず、毎日真面目に勉学に励んでいた。
何故なら、キースには昔からずっと憧れている人物がいたからである。
カルディア王国第一王子、ルーク・カルディア。キースより6つ年上の、キースの実の兄だ。
ルークは一言で言ってしまえば優秀そのものだった。ルークは勉学だけではなく、ダンス、楽器、剣術といったあらゆる分野において優れていたのだ。
キースはそんな兄を慕い、兄のようになりたいと願って必死に努力をし続けた。しかしどれだけ必死に頑張ってみても、兄のようになることは出来なかった。
──第二王子である自分は、いつか王になる兄を支えることが出来るように優秀でなければならないのに。なぜ兄のようになれない。なぜ兄のように出来ない。
少しずつ、キースの心の中にモヤモヤとした黒い影が生まれつつあった。
そんなある日のこと。授業と授業の隙間時間に、ふと外の空気を吸いたいと思い、キースは王宮の庭園へと向かった。
わざわざ少し距離のある庭園まで足を運ぼうと思い立ったのは、なんてことないただの思いつきだ。
しかし、そのただの思いつきにより、キースは今後の彼の人生を大きく揺るがすことになる運命的な出会いを果たすことになる。
訪れた王宮の庭園には、既に先客がいた。
色鮮やかな花々が咲き誇る庭園の中を楽しそうに歩き回っている、ちょうどキースと同じ年くらいの少女。
(……誰だろう)
こちらに背を向けていたために顔は見えなかったが、着ていた衣類などから、恐らくそれなりに身分の高い家の子供であろうことが伺えた。
「……ねぇ」
思わず声をかけると、少女がパッとこちらを振り向く。
パチリと目があった瞬間、キースの心臓がトクンと音を立てた。
(────かわいい)
少し癖のある燃えるような赤い髪に、宝石のように煌めくエメラルド色の大きな瞳。頬は薄く紅色に染まっていて、まるで花の妖精かと見まごうばかりに愛らしい少女がジッとキースを見つめていた。
「……君はだれ?」
半ば呆然としながらも問いかけると、少女は花が開くようにふわりと優しく微笑んだ。
その笑顔を見て、キースの心臓が再びトクンと心地の良い高鳴りを刻む。
「はじめまして。わたしは、シャルロットといいます」
少女はそういうと、ワンピースの裾をつまんでペコリと可愛らしいお辞儀をしてみせた。
「あなたは、もしかして天使さまですか?」
「え?」
思わぬ言葉にキースはポカンとして少女を見つめる。
「だって、すごくきれいな髪と目をしているから」
「……ええと、」
なんとなく、少女の言葉を訂正しようとする気は起きなかった。「天使さま?」と言ってキラキラと目を輝かせている目の前の少女があまりにも可愛らしかったから。
「……そうかもしれない」
キースは苦笑を浮かべてそう答えた。
それから二人は庭園のベンチに腰掛け、色々なことを語り合った。
好きな色。好きな花。好きな食べ物。苦手なもの。嫌いなこと。最近あった出来事。
話をするうちに、気がつけばキースは自分の胸のうちでくすぶっていたモヤモヤを少女に向かって吐き出していた。
「……僕には、凄く優秀な兄がいるんだ」
「天使さまのお兄さま、ですか?」
「うん。すごく頭が良くて、優しくて、強いんだ。だから僕も兄のようになりたいと思うけど、どれだけ頑張っても兄のようにはなれないんだ」
初めて会った女の子に何を話しているんだ、と頭の片隅でふと思うが、一度口に出してしまった言葉は取り消せない。
「……ごめん、やっぱりなんでもない」
そろそろ戻らなきゃ、とベンチから立ち上がろうとしたとき、少女がパッとキースの手を掴んだ。
「天使さま!」
「……なに?」
「天使さまは、天使さまのままでいいと思います!」
「え?」
「わたしも、お母さまみたいなすてきな人になりたいなと思うけど、わたしはお母さまにはなれないもの。がんばることはすてきなことだけど……だから……ええと……」
少女は言葉に詰まってしまったのか眉をひそめ、うーんと唸り声を上げて考え込んでしまう。
必死にキースを励ます言葉を探している少女の様子に、キースはそっと柔らかな笑顔を浮かべた。
「……ありがとう」
すると、ウンウン悩んでいた少女がパッと顔を上げ、心底嬉しそうに笑ってみせた。
「どういたしまして!」
────トクン。
キースの心臓が、本日三度目の高鳴りをみせる。それはキースが目の前の少女に完全に恋に落ちた音であった。
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