上 下
26 / 32

それは突然に2

しおりを挟む
 騒がしかった室内が一瞬で静まり返る。ノアの小さな一言はディランたちの耳に確りと届いてようでルークとキアーラはディランを、ディランは俯くノアに視線を向けた。
「ノアちゃんが謝ることなんてなんっにもないよっ!?」
 最初に口を開いたのはキアーラで、今にも泣き出しそうなノアに慌てた。ノアがここにいるのはルークが連れ去ってきたからでありノアは何も悪いことはない。寧ろ被害者だろう、完全にルークがいけない。けれどもノアは「帰らます……ケーキ、ごちそうさまでした」と喋るのも辛いだろうに無理やり笑顔を浮かべてルークとキアーラにお礼を述べた。
「ノアッ!」
 ディランの声にノアの肩が震える。大声をだすディランなんてノアは初めてだ。声の大きさがディランの怒りの大きさの様な気がして頭の中が真っ白になる。だけども名前を呼ばれて無視することもできなくて、返事をしなければと口を挟む開くも喉が震えて思うように声が出なかった。
「……っ、な、なん……」
 なんですかと言いたいのにそれさえも言葉にならない。会いたかった。話しが聞きたかった。だけど目の前のディランの態度にノアの気持ちがぐちゃぐちゃになる。迷惑をかけたいわけじゃない。ルークやキアーラと接してディランのことも騙されてたわけではないのかもと希望が湧いたのだ。だけども目の前のディランの様子を見ると自分はやはり迷惑で、騙してからかう程度の存在なのだと思い知る。それならばもう会わずに騙されていたわけではないのかも……と僅かな希望を持ったままでいたかった。だって好きなのだ。優しい瞳が、穏やかな声がノアの名前を読んでくれるのが心地良くて、その優しい思い出を抱えていたかったのに。
「……もう、わかんない……っ」
 ぼろり、ノアの瞳から大きな涙が溢れた。歪む視界では皆の表情が見えなくて、だけども突然泣いたりして困らせてしまっただろう。周囲の様子が分からずとも部屋を流れる空気が穏やかなものではないことは理解できる。
「ごめ、ごめんなさい……」
 泣いてごめんなさいと、気にしないで下さいと必死に訴えるノアにルークとキアーラは視線を合わせた。
「ノアちゃん帰ろっか」
 キアーラの言葉にノアが腕で涙を拭いながら頷く。
「ルークが責任持ってお家まで送るから安心してね」
 こくり、もう一度頷いてディランの顔が見れずにそのまま俯く。
「……ノア」
 心配そうにノアの名前を呼ぶディランに、だけどもノアは目を合わせられなかった。
「……はい」
「ノアちゃん眠たいから今日はもうおしまいっ!!」
 だけども矢張り無視することは出来なくて俯いたまま返事をするも、キアーラの快活な声にかき消された。
「ディランもっ!」
 突然部屋にやってきて大きな声だされたら誰だって驚くでしょ? とキアーラはノアの肩をぎゅと抱き締める。
「良く寝て落ち着いたらもう一回お話ししよ?」
 小さな子供に言い聞かせる様な優しい声でノアの肩にキアーラは頭を寄せる。触れた部分が温かくて、キアーラの優しさにノアの気持ちも僅かながらも落ち着いてくる。
「昨日も夜更かししてるし、そんな状態じゃまとまる話もまとまらないでしょ」
 キアーラがルークにノアを渡そうとするのにディランが焦った様子で手を伸ばしたが、俯いたままのノアは気付かない。
「ルークちゃんとお家まで届けるんだよー」
「わかっている」
 ルークの腕がノアを抱えるようにしてまわされる。
「ノア」
「……はい」
 ルークの呼び掛けに掠れた声で返事をすると、ルークは頷いて「また誘ってもいいだろうか?」と言うのにノアは小さく頷いてから「あ、でも……」と言葉を濁す。
「なんだ?」
「あ……な、なんでもありません……」
 自分がどうしたいのかわからないまま返事をしてしまった。ディランはきっと自分がここにいるのが嫌なのだと知っているのにまた来る約束をするのは如何なものなのだろう。だけども考えるのも少しだけ疲れた。
「……また、ケーキ食べたいです」
 誤魔化すように言うとルークはわかったとだけ返事をした。
「ノア」
 ここに来てディランに名前を呼ばれるのは何度目だろうか。気持ちが落ち着いてきたかわりに段々と瞼が重くなってきているのを感じる。
「はい」
 今度は震えることなくちゃんと返事が出来た気がした。
「ケーキ、美味しかった?」
 ディランが以前と同じような、ノアの好きな声で問いかけるのにノアは素直に頷いた。
「また食べにおいで」
 ディランが何か言っている。だけども完全に瞼が降りてしまったノアはその言葉の意味を理解することは出来なくて、そのままルークの腕の中で眠りについていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

推しライバーのママが同僚で、中の人の身内も同僚だった件について

椎玖あかり
BL
あらすじ 〝三次元の女はもう懲り懲り〟。女運がとことん悪い燐太郎は入院中に嵌まったバーチャル配信者の《皐月じぇいど》に惜しみない愛=課金を注いでいた。 退院後、職場の〝いつメン〟のひとり雪路から快気祝いに新居へ誘われる燐太郎だったが、雪路の家で推しの《皐月じぇいど》を具現化したかのような早苗と対面することになる。 登場人物 竜宮 燐太郎――主人公で〝いつメン〟のひとり。女運がとことん悪い。 高輪 雪路――〝いつメン〟のひとりでプロジェクトリーダー。 多加良 樹雷――〝いつメン〟のひとりで極度の方向音痴。 千鳥 悠真――〝いつメン〟のひとりでとても小柄。 藤原 早苗――雪路の同居人。 柳澤 涼――早苗の友だち。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

捨てられ子供は愛される

やらぎはら響
BL
奴隷のリッカはある日富豪のセルフィルトに出会い買われた。 リッカの愛され生活が始まる。 タイトルを【奴隷の子供は愛される】から改題しました。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

処理中です...