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この世界について
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ノアはあれから二度ほど森に入ったが、ディランのいない森はなんとも物寂しく、早朝の森は静かで目的を果たせば帰るだけのなんともつまらなものだった。それだけノアにとってディランと過ごした時間は楽しかったのだ。それからあれはどういう意味だったのだろう。ノアはなにも知らない子供ではない。唇の端とはいえあれはキスなのでないだろうかと思い出しては恥ずかしさに顔を押さえた。しかも騙されやすいだの好き勝手言われたことも思い出し、子供扱いされているのに悔しく思う。確かに同じ年齢の者たちよりも背も低く身体も小さい。それは認める。実際ディランと並ぶと頭一つ分以上差があるのは仕方ない。けれどもそれは子供扱いをする理由にはならない。どうせディランは犬猫にでもするような感覚でしたのだろう。普段からノアの髪の毛を弄ったりよく抱き締めてきたりとスキンシップが多い。けれでもノアだって年頃なのだ、流石にあんなことをされたら気になってしかたない。
からかわれたのだろうか。普段からディランはノアの反応を楽しむ様な言動は多かった。
自分ばかり気にしているのかと考えると悔しい。気持ちを切り替えようとノアは先日届いたイーサンの手紙を広げた。手紙には今度遠征にでるのだと書かれていた。何処にどのような目的なのかは一切書かれておらず、ノアや両親を気遣う様なことばかりが書かれている手紙ではイーサンの近況がいまいち分からなかった。
ノアたちの暮らす世界は大きく分けてティエア国、ヒュドール国、フォティア国、そして深く大きな森を挟んでウーラノス国の四つの国から成り立っている。
ティエア国はノアたちが暮らす村が属している国でありシンボルは「土」である。そのため他の国より豊かな土壌を有し作物の栽培が盛んである。
ヒュドール国はティエア国に隣接している「水」がシンボルで、フォティア国は「火」がシンボルである。昔々、シンボルは神の使者たちがそれぞれの国にそれぞれが与えた祝福だと謂われている。それが真実かどうかは定かではないが、実際タレント持ちはその国のシンボルと関係のあるタレントを所有するという。実際のタレントなどノアはディランしかみたことがないので他の人はどうかは知らない。こう考えるとディランはティエア国の人間なのかも知れない。
それから最後にウーラノス国。この国は他の国々とは違いシンボルはないという。ただ、何百年も魔王と呼ばれる人ならざる生き物が統治している、俗に魔物と呼ばれる生き物の国、ということしかわからなかった。
先に述べた三国はウーラノス国の動向を注視し、国間での有事の際は協力体制にあるといわれている。実際何百年とウーラノス国からの進攻はないのでノアのような一般人には縁のない話だ。
ただ、小さな争いはあるという。それがどんなもので、どんな理由なのかは知らない。けれどもそれ故に森には安易に入ってはいけないよと小さな頃から教えられていた。
さて、イーサンから手紙が届いてから数日後、国からのお達しがノアたちの住む村に届いた。それは暫くの間森への進入を禁ずるものだった。
「なんだかすごいことになってるな」
「そうねぇ……」
朝食の席でノアの両親がお達しについて話しているのを聞きながらパンを口に運ぶ。
曰く、各国で過去例をみないタレント持ちが現れているらしい。タレントは基本それぞれの国のシンボルに関係するのだが、彼らはそれに縛られずに多様に使用できるらしい。それがそれぞれの国に同じタイミングで現れるなど神からの啓示だと、これを機に謎に包まれ人である我々の驚異を拭うためにウーラノス国への調査隊として派遣するらしい。彼らのことを勇ましく、そして勇気ある者として「勇者」と呼ぶらしい。
ノアは自分が摘んできたブルーベリーで作られたジャムをぺたりと付けてもう一口運んだ。
「ウーラノス国ってどんな国なんだろう」
怖くないのかな、なんて本音が思わずこぼれた。名前だけでしか知らない国、だけどもとても恐ろしいところだと幼少期から聞かされているのだ。ノアなら好き好んでそのような場所に足を運びたいとは思わない。
「魔物がたくさん住んでるとか言われてるわよね」
「まあ、見たことある奴なんて身近にいないから何とも言えないがな」
「やっぱ角とか生えてんのかな」
「おおきな口もあるかもしれないぞ?」
何と言っても魔物は人が主食だと言うしな。父が冗談なの本気なのか分からない口調で言う。
「ノアが怖がるようなことを言うのは止めて下さい」
母が父を諫めるのにノアは「ボクだっていつまでもこどもじゃないんだから大丈夫だよ」と言うも母は眉間に眉を寄せて父を見ている。
「すまんすまん」
さあ、食事の続きをしようと父は笑って母はしょうがないわねと溜め息を吐いた。
「でもさ、今までウーラノス国から侵略を受けたりとかってないんでしょ?」
ノアは不思議そうに父に尋ねた。どうして今更藪をつつく様な真似をするのだろう。これにより均衡が崩れたり、怒りを買ってしまうとかはないんだろうか。それならそんなことをしないで今まで通りでいいのではないのかと思ってしまう。
「そうだなぁ……これからもない、とは言いきれないからじゃないのか?」
「ふぅん」
パンをちぎってぺたりともう一口分ジャムを塗る。
「何も行動しないよりはこれからのために行動を起こせってことだろ」
「危ない目にあうかも知れないのに?」
「なんだ、ノアは変化を嫌うタイプか?」
「そうじゃないけど……」
「まあ俺たちには関係ないことだ」
今まで通りに畑を肥やして森に入らなければいいだけだと、父がごちそうさまと言って席を立つのをパンを持ったまま見送る。
「お父さんが言ったことあんまり気にしなくていいわよ」
母がノアのコップにお茶を足しながら「色んな考えがあってこの世は回っているわ」と微笑む。
「ノアは誰かが傷つくのが嫌なのね」
「……そう……なのかな……?」
「そんな風に聞こえたわ」
いいこね、と微笑まれなんだか気恥ずかしい。母は幾つになってもノアのこと小さい子扱いするのだ。
「あと、ジャムはもうおしまい」
塗りすぎよと、母はテーブルの上をジャムを持って後片付けに席を立ってしまうのに手を伸ばすも一足遅かった。
「ほら、ノアも食べちゃって」
「はぁい」
名残惜しげに立ち去る母を見送りながらノアも残りのパンをそのまま口に運んだ。
からかわれたのだろうか。普段からディランはノアの反応を楽しむ様な言動は多かった。
自分ばかり気にしているのかと考えると悔しい。気持ちを切り替えようとノアは先日届いたイーサンの手紙を広げた。手紙には今度遠征にでるのだと書かれていた。何処にどのような目的なのかは一切書かれておらず、ノアや両親を気遣う様なことばかりが書かれている手紙ではイーサンの近況がいまいち分からなかった。
ノアたちの暮らす世界は大きく分けてティエア国、ヒュドール国、フォティア国、そして深く大きな森を挟んでウーラノス国の四つの国から成り立っている。
ティエア国はノアたちが暮らす村が属している国でありシンボルは「土」である。そのため他の国より豊かな土壌を有し作物の栽培が盛んである。
ヒュドール国はティエア国に隣接している「水」がシンボルで、フォティア国は「火」がシンボルである。昔々、シンボルは神の使者たちがそれぞれの国にそれぞれが与えた祝福だと謂われている。それが真実かどうかは定かではないが、実際タレント持ちはその国のシンボルと関係のあるタレントを所有するという。実際のタレントなどノアはディランしかみたことがないので他の人はどうかは知らない。こう考えるとディランはティエア国の人間なのかも知れない。
それから最後にウーラノス国。この国は他の国々とは違いシンボルはないという。ただ、何百年も魔王と呼ばれる人ならざる生き物が統治している、俗に魔物と呼ばれる生き物の国、ということしかわからなかった。
先に述べた三国はウーラノス国の動向を注視し、国間での有事の際は協力体制にあるといわれている。実際何百年とウーラノス国からの進攻はないのでノアのような一般人には縁のない話だ。
ただ、小さな争いはあるという。それがどんなもので、どんな理由なのかは知らない。けれどもそれ故に森には安易に入ってはいけないよと小さな頃から教えられていた。
さて、イーサンから手紙が届いてから数日後、国からのお達しがノアたちの住む村に届いた。それは暫くの間森への進入を禁ずるものだった。
「なんだかすごいことになってるな」
「そうねぇ……」
朝食の席でノアの両親がお達しについて話しているのを聞きながらパンを口に運ぶ。
曰く、各国で過去例をみないタレント持ちが現れているらしい。タレントは基本それぞれの国のシンボルに関係するのだが、彼らはそれに縛られずに多様に使用できるらしい。それがそれぞれの国に同じタイミングで現れるなど神からの啓示だと、これを機に謎に包まれ人である我々の驚異を拭うためにウーラノス国への調査隊として派遣するらしい。彼らのことを勇ましく、そして勇気ある者として「勇者」と呼ぶらしい。
ノアは自分が摘んできたブルーベリーで作られたジャムをぺたりと付けてもう一口運んだ。
「ウーラノス国ってどんな国なんだろう」
怖くないのかな、なんて本音が思わずこぼれた。名前だけでしか知らない国、だけどもとても恐ろしいところだと幼少期から聞かされているのだ。ノアなら好き好んでそのような場所に足を運びたいとは思わない。
「魔物がたくさん住んでるとか言われてるわよね」
「まあ、見たことある奴なんて身近にいないから何とも言えないがな」
「やっぱ角とか生えてんのかな」
「おおきな口もあるかもしれないぞ?」
何と言っても魔物は人が主食だと言うしな。父が冗談なの本気なのか分からない口調で言う。
「ノアが怖がるようなことを言うのは止めて下さい」
母が父を諫めるのにノアは「ボクだっていつまでもこどもじゃないんだから大丈夫だよ」と言うも母は眉間に眉を寄せて父を見ている。
「すまんすまん」
さあ、食事の続きをしようと父は笑って母はしょうがないわねと溜め息を吐いた。
「でもさ、今までウーラノス国から侵略を受けたりとかってないんでしょ?」
ノアは不思議そうに父に尋ねた。どうして今更藪をつつく様な真似をするのだろう。これにより均衡が崩れたり、怒りを買ってしまうとかはないんだろうか。それならそんなことをしないで今まで通りでいいのではないのかと思ってしまう。
「そうだなぁ……これからもない、とは言いきれないからじゃないのか?」
「ふぅん」
パンをちぎってぺたりともう一口分ジャムを塗る。
「何も行動しないよりはこれからのために行動を起こせってことだろ」
「危ない目にあうかも知れないのに?」
「なんだ、ノアは変化を嫌うタイプか?」
「そうじゃないけど……」
「まあ俺たちには関係ないことだ」
今まで通りに畑を肥やして森に入らなければいいだけだと、父がごちそうさまと言って席を立つのをパンを持ったまま見送る。
「お父さんが言ったことあんまり気にしなくていいわよ」
母がノアのコップにお茶を足しながら「色んな考えがあってこの世は回っているわ」と微笑む。
「ノアは誰かが傷つくのが嫌なのね」
「……そう……なのかな……?」
「そんな風に聞こえたわ」
いいこね、と微笑まれなんだか気恥ずかしい。母は幾つになってもノアのこと小さい子扱いするのだ。
「あと、ジャムはもうおしまい」
塗りすぎよと、母はテーブルの上をジャムを持って後片付けに席を立ってしまうのに手を伸ばすも一足遅かった。
「ほら、ノアも食べちゃって」
「はぁい」
名残惜しげに立ち去る母を見送りながらノアも残りのパンをそのまま口に運んだ。
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