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Log.0 ある男の話

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 人には人が必要だ。

 誰だって心の不安や悩みを打ち明けられる存在が必要だ。

 俺の場合それが雪穂せつほだった。

 ただそれだけ。

 幼い頃から遊び、ぶつかり、話し合い……俺の日常にはいつも彼女がいた。

 高校生になって俺が父の影響で探偵の真似事を始めた時も、雪穂は寄り添ってくれた。

 俺はそんな彼女にいつの間にか惹かれていった。

 そしてしばらく経って――



 ――雪穂が死んだ。



 俺の探偵ごっこに巻き込まれて。

 俺は何も理解出来なかった。がらんどうになった心の抜け殻は、涙さえ流させてくれなかった。

 自分で自分を責め続けた。

 だがそこに彼女が現れた。

 探偵の活動を通じて知り合った白夜叉優衣しらやしゆい

 弱い俺がその時必要としたのが彼女だった。

 彼女の慰めに俺は溺れた。嬉しかった。
 
 彼女と話した時、初めて俺は雪穂の死に涙を流すことが出来た。
 
 俺は嬉しかった。

 探偵ごっこを止め、勉学に励み、そのまま優衣とも結婚した。

 大学で教授をしながら幸福な生活に、満足してもしきれなかった。

 娘が産まれた。

 さらに息子も授かった。

 小さい頃の俺によく似ていて、堪らなく愛おしかった。



 だがまたも運命は悪戯だ。

 よく覚えている。
 
 その冷たい雪が降る真冬日のことを。

 昔追い詰めた犯人に逆恨みされ、刃物片手に向かってきた彼。

 ただ呆然と立ち尽くしていた俺は、気づくことが出来なかった。

 人はなんて残酷な生き物なんだろう。

 愛とは何を指すのだろう。

 愛のためなら自己をも犠牲にしてしまうのが人間の性なのだろうか。

 気づけば目の前の優衣とともに俺は倒れる。

 彼女の血は暖かく、ゆっくりと、冷たく降り積もる雪を溶かしていく。

 奴は笑った。

 そしてそのまま勝手に橋から落ちた。

 俺は叫んだ。

 微笑む彼女の名を幾度も叫んだ。

 愛してる

 言葉とともに彼女の口から吐き出された薄白い息は、冷たく俺の頬を撫でる。

 生きて──

 彼女が言い残したのはそれで最期、そして彼女は震える俺を一人残していった。

 俺は苦しかった。

 過去の自分に吐き気を覚えた。

 死に絶望し、世界に失望し、愛した人を二人も亡くした現実を受け止めきれずにいた。

 とうとう悪魔が囁いた。

 歴史を繰り返せ。

 歴史を繰り返せば、全て元通りに……。

 自分によく似た息子と、彼と仲良しの少女を見る。

 その時もうすでに、そこに愛は存在しなかった。

 俺の中で何かとてつもなく大事なものが──






 ──崩れた。




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