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第1章>牝鹿の伝言[ハイスクール・マーダー]
Log.16 談ずる
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パパと料理をする。
パパと鬼ごっこをする。
パパと遊園地に行く。
パパと積み木遊びをする。
パパと歌を歌う。
パパとクリスマスツリーを飾る。
パパと散歩する。
パパとパパとパパとパパとパパと……
パパと……あれ?パパは?
僕は辺りを見回す。それまでずっとパパといろんなことをしてたのに、急に周りの風景が変わり、暗闇の中に僕は一人ぼっちで立っている。今思えばさっきまでのそれは、実際に自分が動いていたというより、まるで物語の回想シーンのように全てが一瞬だったような気がした。
それと、どの時もパパは一緒に居たのに、今思い出すとその顔だけが白く塗りつぶされて見えなくなってた。ママがいなくなって、僕にはあとお姉ちゃんしか家族にはいなかった。それなのに……それなのに。僕はパパの顔を思い出せない。
そもそもここはどこなのだろう。夢ではない気がする。と言っても、少なくとも現実ではないのは確実だ。音も光も自分の体さえも感じられなくなった、圧倒的な「無」の空間。そこに僕はいた。そして次の瞬間ふと気がつくと目の前に鏡がある。そこには鏡しか見えなくて、他に光も何も無い真っ暗闇のはずなのに、なぜかその鏡だけは見ることが出来た。
疑問を押し殺しながら、僕はその鏡をおそるおそる覗いてみる。そこに見えたのは2人の同じ顔……僕だ。幼い仲山秋が2人居た。
ーーいや、違うーー
鏡だと思ってたそれはいつの間にか無くなっていて、ただ単に目の前に数秒前までとは違う姿の2人の僕達が立っている。何が起こってるのか理解出来ない。2人とも背が伸びて服装は高校生の制服みたいに……まるで僕が成長して……いや、そうか、俺は高校生だ。
「どういうことだ?」
『おー。やっと気がついたか』
いきなり声がしたので驚き見てみると、目の前にいる2人のうち片方の俺がこちらをジトっとした目で見ている。
そうだ。俺は仲山秋。たった今思い出した。さっきまでは夢見心地で自分を幼い子供だと思い込んでいたが、ここにきて初めて自分が高校生であることを自覚する。
「……ええと……ここはどこだ?あとお前ら一体なんなんだ?」
俺がそう尋ねると、先程の俺が面倒くさそうにチッと舌を打つ。一方その隣にいる3人目の俺は、目をつぶったまま微動だにしない。目の前で自分と同じ顔のやつらがいるというのは、なんとも奇妙な光景だ。ましてやそのうち一人と会話するなんて。
ややこしいな……呼び名が欲しい。さっき話しかけてきた少し柄の悪い俺をクロ、眠ってるような俺をシロって呼ぶことにしよう。とりあえず、クロは俺の質問に対してこう言った。
『どこかって言われるとよくわかんねぇ。心ん中かもしんねーし、頭ん中かもしんねーし。夢でもあるんじゃね?』
「ごめん。さっぱり意味がわからないんだが……」
『これまで、俺らは記憶の一部を共有してた。今までオメーは何度も同じ悪夢を見てきた。そうだろ?オメーが見てたそれは、シロの記憶のうち強力なトラウマってヤツ。
で、今回の人格交代で何かが変わったんだろ。オメーはこのよくわかんねぇ空間に来れるようになったってわけだ。
簡単に言うと、レベル1がその夢で、レベル2がこの空間って感じじゃねーかな。オメー実は、ずっとここにいるんだぜ。このシロみたいに爆睡だったけどな』
そう言いながらクロは隣にいるシロをつつくが、依然としてシロはぴくりとも動かない。それに、相変わらず上下左右どこを見ても目に入るものは闇の中に立つクロとシロだけだった。俺の声量はつい大きくなる。
「待て待て、聞きたいことが山ほど出てきた……そもそもなんで今俺がシロって呼び名をつけたって知ってた……それでその話だとここは……人格交代と関係してるのか……?」
『ここはオメーの頭ん中なんだぜ?俺はオメーの弱さを補うために創り出された存在。オメーが考えてることとか記憶とかは全部俺も共有してんだ。オメーは俺の頭ん中にいるわけじゃないから俺の考えてることとかわからねーだろーけどな。だから俺もクロとシロのあだ名をすぐに知ることが出来た。
まあ、オメーがここに来る時が人格交代の時ってのは確か。外に出てる間……つまり普段生活してる時はオメーも今のシロみたいに眠ってる。ここはなんつーか……そう、意識の裏側。いや、裏側の意識って感じか?うまく説明できねーから、これで俺の言えることは全部だ。わかったか?』
「えっと……まあ、よくわかってるかといえば嘘になるけど、それよりも今はお前らの正体の方が知りたい」
『わぁったよ。俺らの正体、ねぇ……』
めんどくさげにチッと舌打ちしながらこちらに目を向けてくるクロ。だがその舌打ちから敵意は感じられず、今回はただ癖でそうしただけで他意はないようだ。
『簡単に言うと人格かな。俺とシロはお前の人格。それ以外に説明のしようがねえ』
ーーん?
「……は?おいちょっと待て!!」
その時だった。俺の目の前の視界がぼやけてクロとシロの姿は闇に包まれていく。そうやって彼らが見えなくなる直前に一瞬だけシロが動いたように見えた。
『おー残念。今回は時間切れみてーだな。シロはだいぶ外の現実を嫌ってるから』
闇の向こうから全然残念そうじゃないクロの声が聞こえる。それはどう聞いても自分の声だと思われるのだけど、一方やはり自分の声とは何か違った。
意識が朦朧とする。いや、その表現はどうなのだろう。そもそもこの場所にいる時点で意識がある状態と言えるのだろうか。クロは裏の意識とか言ってたが……。
音が消えていく……ただ最後に、クロのあの舌打ちが聞こえたような気がする。その時は何故かわからないが、俺はクロが少し困った顔で笑っている光景が頭に浮かんで、しゃーねーなぁと言う声が頭に響く。……頭?いやまあとにかく、そうして真っ暗に、再び「無」の状態となって、俺の意識はそこで、途切れた。
ーー次に聞こえてきたのは聞き覚えのあるセミの鳴き声。そしてすべての感覚が戻ってくる。気がつくと俺は、いつも夢で見る父親の部屋の前にいた。冷たいフローリングの床、少し黄ばんだ白い壁、黒く立派な木製の扉。蝉時雨の中、その目の前に今俺は立っている。
いつもとは違うところが一つだけあった。
俺の姿と意識は今、5歳ではなく高校生だった。つまりこれは明晰夢なのだ。
少なからずある躊躇いに首を振って、俺はドアノブに手をかける。
ぎぃぃぃ……
とかすれた音をたてて扉を開けるとすぐに、その隙間から弱々しい青く光る蝶が出てきた。相変わらず、いや、いつもより一段と綺麗に見える。
これが俺の父さんか。もう死んでいるんだな。
その蝶が頭上を通り過ぎて行くのをぼんやり眺めながら、部屋の中へと目を移す。
忘れないように、目に焼き付けようと隅々まで見渡した。
たくさんの本棚に、ふかふかのカーペットが敷かれ、ずっしり構えたソファと木製デスクが置かれた父親の書斎。
子供の頃よく父さんと話した覚えがあるその部屋の真ん中に、この前見た夢と同じように白衣を来た男が地面に横たわっている。
俺は数歩進んでもう少し近づく。
やっぱりだ……うわ
やはりその男の頭は潰されていて、俺は反射的に目をそらしてしまった。すると今度はその目が別のものを捉えた。本棚だ。よく見るとそこには不自然な隙間ができている。考えてみれば、その隙間から逃げてきたかのように頭をこちらにして、白衣の男は倒れていた。
うん?
すると突然、俺の顔を熱気が焼いた。一瞬何が起こったかわからなかったが、気づくと既に俺は周りを炎で囲まれていた。そして部屋の中に透明の液体がばらまかれていたことに今更気づく。白衣の男は一番派手に燃えていた。
てことは……
俺は迷うことなくうしろを振り返る。部屋の扉を出てすぐそこの廊下。そこにはフードをかぶった男が青い蝶を手に立っていた。あの夢と同じように男はその黒いフードに手をかける。
おまえは……
今度こそはしっかり見届けてやる。そこが現実ではなく記憶の中であることも忘れて、俺は目を閉じないように力を込めて見開く。
男は顔を晒した。
……あれ?
見える。長年見られなかったその顔が、今目の前にある。高校生の俺としてならこそ見ることができるが、これを見た5歳の俺はどう思ったことだろう。
不気味な黒髪の男の顔が、俺の目にニヤリと白い歯を見せていた。鼻の横には特徴的なホクロが見えた。
絶対忘れちゃダメだ。そう本能が語りかける。
おまえが父さんを殺したのか……
その顔を、視界が歪み暗転するその最後まで、俺は睨みつけていた。
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