上 下
17 / 92
第1章>牝鹿の伝言[ハイスクール・マーダー]

Log.15 訝しむ

しおりを挟む

 *
 

 「……ひゃいっ?!」

 「何今のミヨっち可愛い」

 「ふ、ふざけてる場合かぁ!」

 薪原さんにからかわれて、間髪入れずにツッコミを返す私。

 「それより早くこいつどけてよ!」

 「そんなのヒーちゃんのいつもの怪力でちょちょいのちょ……」

 「あ゛?いやいやこんな真正面から覆われたらうまく動けないし力も入んないし手もなんか挟まってるしっ……!」

 そう。私はさっきまでアキを心配して正面から顔色を覗こうとしていた。そしたらアキが倒れてきて、私はわけのわからないまま仰向けに……その上にちょうど力の抜けたアキの体がのしかかっている。なんだかんだいって体重はアキの方が断然重い。手足もうまい具合に固定されてしまっては、こんな状況でどうこうできるわけがない……それにしても制服越しに体温が伝わってくるこそばゆさ……うう。

 斜め上から、小さな女の子の呻く声がする。キイちゃんが目を覚ましたようだった。うっすら目を開けてこちらを見ている。

 「あ……」

 目線の先には床の上に折り重なる私とアキ。顔を赤くするキイノ。そして、

 「お、おじゃましちゃいましたぁーっ!!」

 そう叫ぶと、スタコラと教室を出て行ってしまった。苦笑いした文ちゃんが追いかけようと立ち上がる。

 「あとで詳しく聞くからな」

 そう言い残すと、彼女も廊下へと姿を消した。寝ぼけたキイちゃんに誤解された……。

 再び静まる教室。そんな時だった。

「ってて……く……また俺は……。病院には行きたくないな……」

「?!」

 青みがかった黒い毛髪が私の頬をかすって、そして目の前から遠ざかっていく。アキが床に手をついて起き上がったのだとわかる、と同時に、一瞬目が合った。

 「ご、ごめん……」

 そう言ったのはアキだ。私も立とうとしたけれども、すぐにペタンと座り込んでしまう。アキの方はすぐそこで椅子に座り直して俯きながら目をそらす。とりあえず、さっきから……アキが起き上がった時から頭の中で反芻している違和感。同じなのに違う声。同じなのに違う顔。同じなのに、やはり何かが違った。

 「また……この前と同じなの?」

 私が聞く。その声を聞くと何かを探すようにアキは辺りを見回し、薪原さんを確認してあっと小さく声を上げた。ここぞとばかりに彼女は思ってることを吐き出す。

 「ミヨっち……?てかトッキーまでそんな顔して!この前と同じってなんのこと?ウチさっぱり理解出来てないんだけど、な、何が起こっちゃってんのさ。あきやまー?」

 「えっと……ね、薪原さん。これは……」

 「いや、俺から話すよ。美頼」

 そう言って穏やかな口調と表情で私を制すと、アキは薪原さんの方を向いた。千夜の方はと見てみると、柄に合わない真面目な表情で一部始終を見てる。

 「薪原さんなら大丈夫だと信じてる。えっとね……」

 まさか……そう思う私の目の前で、アキは続けた。

 「実は俺、仲山秋は、人格障害を持ってるんだ」

 「お前急に何言ってんの秋山」

 即答だ。薪原さん即答しちゃったよ。

 「あ、アキの言ってることは本当だよ!僕とヒーちゃんだって先週知ったんだから。信じてくれ薪原さんっ」

 そしてまたここぞとばかりに千夜がいつもより増して大きい声でそう言った。薪原さんは少したじろぎ私の方を見てくる。その瞳からは、「え、これまじなの」とでも言いたげな困惑した気持ちが伝わってきた。そんな彼女を見てると、背後からはアキがはぁとため息をつく音が聞こえてくる。

 「まあ後は二人が説明してくれて構わないからさ。とにかく俺は保健室に行くよ。なんかもう眠たくなってきたし……こんなとこ早く出たいんだ」

 最後に何かつぶやいて、そのままそそくさと歩き出すアキ。その後ろ姿を見ながら、さっきまでの会話を思い出す。なんとなくではあるけども、アキと私たちとの間に少なからずある見えない壁を感じた。

 ーーもうひとりのアキの背中は、とても弱々しく、気だるげで、まるで生気を奪われたかのような。それは人格交代の影響なのか、もしくは人格そのものが……。そんなことを考えてるうちに、いつの間にか当の本人は教室の扉の向こうへと消えていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

密室島の輪舞曲

葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。 洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。

虚像のゆりかご

新菜いに
ミステリー
フリーターの青年・八尾《やお》が気が付いた時、足元には死体が転がっていた。 見知らぬ場所、誰かも分からない死体――混乱しながらもどういう経緯でこうなったのか記憶を呼び起こそうとするが、気絶させられていたのか全く何も思い出せない。 しかも自分の手には大量の血を拭き取ったような跡があり、はたから見たら八尾自身が人を殺したのかと思われる状況。 誰かが自分を殺人犯に仕立て上げようとしている――そう気付いた時、怪しげな女が姿を現した。 意味の分からないことばかり自分に言ってくる女。 徐々に明らかになる死体の素性。 案の定八尾の元にやってきた警察。 無実の罪を着せられないためには、自分で真犯人を見つけるしかない。 八尾は行動を起こすことを決意するが、また新たな死体が見つかり…… ※動物が殺される描写があります。苦手な方はご注意ください。 ※登場する施設の中には架空のものもあります。 ※この作品はカクヨムでも掲載しています。 ©2022 新菜いに

駒込の七不思議

中村音音(なかむらねおん)
ミステリー
地元のSNSで気になったこと・モノをエッセイふうに書いている。そんな流れの中で、駒込の七不思議を書いてみない? というご提案をいただいた。 7話で完結する駒込のミステリー。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

声の響く洋館

葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、友人の失踪をきっかけに不気味な洋館を訪れる。そこで彼らは、過去の住人たちの声を聞き、その悲劇に導かれる。失踪した友人たちの影を追い、葉羽と彩由美は声の正体を探りながら、過去の未練に囚われた人々の思いを解放するための儀式を行うことを決意する。 彼らは古びた日記を手掛かりに、恐れや不安を乗り越えながら、解放の儀式を成功させる。過去の住人たちが解放される中で、葉羽と彩由美は自らの成長を実感し、新たな未来へと歩み出す。物語は、過去の悲劇を乗り越え、希望に満ちた未来を切り開く二人の姿を描く。

月明かりの儀式

葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、幼馴染でありながら、ある日、神秘的な洋館の探検に挑むことに決めた。洋館には、過去の住人たちの悲劇が秘められており、特に「月明かりの間」と呼ばれる部屋には不気味な伝説があった。二人はその場所で、古い肖像画や日記を通じて、禁断の儀式とそれに伴う呪いの存在を知る。 儀式を再現することで過去の住人たちを解放できるかもしれないと考えた葉羽は、仲間の彩由美と共に儀式を行うことを決意する。しかし、儀式の最中に影たちが現れ、彼らは過去の記憶を映し出しながら、真実を求めて叫ぶ。過去の住人たちの苦しみと後悔が明らかになる中、二人はその思いを受け止め、解放を目指す。 果たして、葉羽と彩由美は過去の悲劇を乗り越え、住人たちを解放することができるのか。そして、彼ら自身の運命はどうなるのか。月明かりの下で繰り広げられる、謎と感動の物語が展開されていく。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は十五年ぶりに栃木県日光市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 俺の脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

処理中です...