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第3章>毒蛇の幻像[マリオネット・ゲーム]
Log.79 カイソウシーン
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11年前となっては、思い出せる記憶も少ない。
自分の記憶が完全に正しいかと言われたら、怪しい。でも私は確かに、覚えている。まっさらな白衣を身に纏い、こちらに気づくと優しく微笑んでくれた母の顔を。母がことある事に必ずくれたミルクキャンデーは、今でも私の好物だ。
母は外科医だった。何人もの命を救い、人生を救い、それはそれはとても優秀な医師だった。私の憧れだった。
「──URAY脳科学研究所……?」
「あぁ、そうだ。もうお前も子供じゃないからな。伝えておこうと思う」
13歳の誕生日から数日経った、夕食の最中。私の父は徐ろに話し始めた。もともと母が行方をくらましたことは聞かされていたが、詳しいことは何も知らなかった。尋ねると、不穏な空気になる。それが嫌で、私は今までその話題を避けるようになっていた。
「その研究所に呼び出された。いや、招待されたらしかった。奈那仔は喜んでいたよ。何しろノーベル賞受賞者の研究所だからな。何やら脳に関する研究を手伝って欲しいなどの要件だった」
「そんなことがあったの」
「でも、その日家を出たきり、あいつは帰ってこなかった」
母はその研究所にも姿を見せなかったのだという。つまり目的地へ向かう途中、姿を消したのだ。父はやりきれない表情で重いため息をつく。
私はそんな父の姿に、少し情けなく感じた。
「そういう時のためのお父さんじゃないの?」
言わずにはいられなかった。父は険しい表情になる。
「だってお父さんは……」
「わかってるさ……あらゆる手段を使ったよ。SNS、GPSの分析もしたし、防犯カメラの映像だって全国範囲で顔認識システムを使ったよ。でもシステムには引っかからなかった」
そう。私の父、辻堂八雲は警察官だ。それも刑事局長、トップから2番目。別に嫌な父親ではないが、いい父親とも思っていない。
母がいなくなってからは、父は仕事に明け暮れ、幼い私が一人で夜を過ごすことも多かった。なのに行方不明の母はいつまで経っても見つからない。
当然、私がそんな警察官に憧れることはなかった。
「システムは信用できるの?」
「何か細工があるってことかい?でもあのシステムにハッキングしてまで奈那仔を隠す理由に見当がつかない。あいつの戸籍データや、当時の行動、周囲の人々、全て調べたが、何も怪しいものは出てこなかった。大体俺はこれでも警察のトップだ。情報も全部流れてくる」
一瞬話が途切れる。私が尋ねようと口を開きかけると、それに気づいた父は続けた。
「もちろん、仲山愁も調べたさ。だが最終的に本人と直接会う前に死なれてしまった」
私の目を見て、父は言う。それは彼自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
「申し訳が立たないと思っている。言い訳はしない。ただ、お前の母さんはまだ生きてるはずだ。11年もの間、遺体は発見されてないんだ。生きてなきゃおかしいんだ……。俺はこれからも責任を持ってあいつを捜し続ける。だから、待っていて欲しい」
何を言えばいいかわからなかった。
「わかったわ」
ポツリと、そう一言残すだけで精一杯だった。
──そして何も無いまま、あれから3年。晴れて高校一年生となった私は、とある事件を耳にした。
「屋上からうちのクラスの女子が飛び降りたらしいよ……ダイイングメッセージ付きで」
「えーまじ?噂でしょ?」
「ほんとだってぇ。それで同じ部活の男子が解決したっていう。なんだっけ……確か……」
仲山秋。
教室の隅で駄弁っていた彼女達はそんな話をしていた。初めはそんな気にも留めなかったが、そのうちふと彼があの科学者の息子だと気づき、いてもたってもいられなくなった。
秋は愁の手下ではないのか。愁が死んでもなお、その意思を引き継ぎ、私の母親をどこかで利用しているんじゃないか。
そんな疑いを持たずにはいられなかった。そして推理問答部に潜り込んで……
──今に至る。
11年前となっては、思い出せる記憶も少ない。
自分の記憶が完全に正しいかと言われたら、怪しい。でも私は確かに、覚えている。まっさらな白衣を身に纏い、こちらに気づくと優しく微笑んでくれた母の顔を。母がことある事に必ずくれたミルクキャンデーは、今でも私の好物だ。
母は外科医だった。何人もの命を救い、人生を救い、それはそれはとても優秀な医師だった。私の憧れだった。
「──URAY脳科学研究所……?」
「あぁ、そうだ。もうお前も子供じゃないからな。伝えておこうと思う」
13歳の誕生日から数日経った、夕食の最中。私の父は徐ろに話し始めた。もともと母が行方をくらましたことは聞かされていたが、詳しいことは何も知らなかった。尋ねると、不穏な空気になる。それが嫌で、私は今までその話題を避けるようになっていた。
「その研究所に呼び出された。いや、招待されたらしかった。奈那仔は喜んでいたよ。何しろノーベル賞受賞者の研究所だからな。何やら脳に関する研究を手伝って欲しいなどの要件だった」
「そんなことがあったの」
「でも、その日家を出たきり、あいつは帰ってこなかった」
母はその研究所にも姿を見せなかったのだという。つまり目的地へ向かう途中、姿を消したのだ。父はやりきれない表情で重いため息をつく。
私はそんな父の姿に、少し情けなく感じた。
「そういう時のためのお父さんじゃないの?」
言わずにはいられなかった。父は険しい表情になる。
「だってお父さんは……」
「わかってるさ……あらゆる手段を使ったよ。SNS、GPSの分析もしたし、防犯カメラの映像だって全国範囲で顔認識システムを使ったよ。でもシステムには引っかからなかった」
そう。私の父、辻堂八雲は警察官だ。それも刑事局長、トップから2番目。別に嫌な父親ではないが、いい父親とも思っていない。
母がいなくなってからは、父は仕事に明け暮れ、幼い私が一人で夜を過ごすことも多かった。なのに行方不明の母はいつまで経っても見つからない。
当然、私がそんな警察官に憧れることはなかった。
「システムは信用できるの?」
「何か細工があるってことかい?でもあのシステムにハッキングしてまで奈那仔を隠す理由に見当がつかない。あいつの戸籍データや、当時の行動、周囲の人々、全て調べたが、何も怪しいものは出てこなかった。大体俺はこれでも警察のトップだ。情報も全部流れてくる」
一瞬話が途切れる。私が尋ねようと口を開きかけると、それに気づいた父は続けた。
「もちろん、仲山愁も調べたさ。だが最終的に本人と直接会う前に死なれてしまった」
私の目を見て、父は言う。それは彼自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
「申し訳が立たないと思っている。言い訳はしない。ただ、お前の母さんはまだ生きてるはずだ。11年もの間、遺体は発見されてないんだ。生きてなきゃおかしいんだ……。俺はこれからも責任を持ってあいつを捜し続ける。だから、待っていて欲しい」
何を言えばいいかわからなかった。
「わかったわ」
ポツリと、そう一言残すだけで精一杯だった。
──そして何も無いまま、あれから3年。晴れて高校一年生となった私は、とある事件を耳にした。
「屋上からうちのクラスの女子が飛び降りたらしいよ……ダイイングメッセージ付きで」
「えーまじ?噂でしょ?」
「ほんとだってぇ。それで同じ部活の男子が解決したっていう。なんだっけ……確か……」
仲山秋。
教室の隅で駄弁っていた彼女達はそんな話をしていた。初めはそんな気にも留めなかったが、そのうちふと彼があの科学者の息子だと気づき、いてもたってもいられなくなった。
秋は愁の手下ではないのか。愁が死んでもなお、その意思を引き継ぎ、私の母親をどこかで利用しているんじゃないか。
そんな疑いを持たずにはいられなかった。そして推理問答部に潜り込んで……
──今に至る。
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