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第2章>仔羊の影踏[ゾンビ・アポカリプス]

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 『たった一人の少年を監視するだけでこんな最高の環境が得られるとは』

 手帳の最初のページは、そんな一文から始まっていた。

 が、すぐにそれは最初のページではないことに気づいた。

 「破られてる……?」

 「何見てんのアキ」

 バルコニーを背に手帳を見ていた俺に、後ろから覗き込んでくる美頼。麻尋の方はと言うと、また電話している。相手は内容から察するに、彼女の両親だ。

 「俺は咲夜に監視されてたらしい」

 「はぁ?あのオッサンに?にしてもなんでまた。アキに恋してたのかな」

 「んなわけねーだろ」

 とんでもない冗談を言いやがるので、無視して手帳を読み進めることにしよう。俺はページをめくった。

 『愛している。そう言ってもいい』

 いや、言うな。

 「え、マジ……?」

 「お前が変なこと言うからそう見えるんだろ!なんで俺がそんな目で見られなきゃなんねぇんだよ。いいから読むぞ」

 ページは所々破れて読めないが、その後にはこんな文章が続いていた。

 『俺はこの子を創り上げるためにどんだけ魂を売っただろう。ついに完成した。我が子が。』

 つまり、あのフルダイブの機械のことだろう。破れているページに何が書いてあるのか、気になるところだが……。



 『あの火事から11年……少年はいまだに何も知らずに生きてるなんて。まだ』

 『尋の方は上手くいっている。実験なのかはよくわからないが、順』

 『11年前の愁さんもよく考えたものだ。人』



 「ちくしょう読めそうで読めねーじゃねぇかこいつ!!」

 「まるでわざと破られてるみたい」

 美頼はそう言って、横からペラペラと手帳をめくっている。「まるで」ではない。確実にこれは誰かが破ったものだ。俺たちが目覚めた時に、真相に辿り着けないようにするためにこの手帳を破ったに違いない。

 でもだとすればなんで手帳がここにあるんだ?

 『警察にハッキングして、偽の通報の工作が成功。俺の腕も捨てたもんじゃない』

 ここは破られていない。つまり誰かが知って欲しい情報なのか?

 「アキ、これってキイちゃんの時の……?」

 「多分」

 三川文が死んだあの日。あの時通報したら、警察が駆けつけるまでに何時間もかかるほど彼らは撹乱されていた。

 それも全て咲夜の仕業だったのか……?でもなんで?

 腑に落ちないまま、次のページをめくる。

 『恐らく俺は殺される。最期くらい長年の夢を叶えて終わってもいいだろう』

 そう書かれたページの次から、真っさらなページが何枚か続いていた。つまりこれは最後のページだ。

 「やっぱあいつは咲夜じゃなかったってこと?」

 そう言ったのは美頼じゃない。麻尋だ。いつの間にか普通に手帳を一緒に見ている。顔が近い……そう思いつつ、俺は答える。

 「文面からするにそうだろう。いや、待てよ……だめだ、疑いだすときりがない。誰かが偽装するためにこの手帳を書いてここに置いていった可能性も……」

 「あ、それは多分大丈夫。ほら」

 今度は机の上を物色していた美頼が顔を上げる。彼女が手にしていたのは、パスポートだった。

 「まあこれも偽物かもしれないけど……サインと字の形は一緒じゃない?」

 俺は意図がわからないまま、そのパスポートを睨んだ。

 「これがあるならそうだな……この手帳は本物だ」

 「え?なんで言い切れるん?」

 首をかしげる麻尋。

 「この不自然な破れ方からして、偽物にしろ本物にしろ誰かが関わってるのは間違いない。これが偽物だとしたら、犯人は偽物と信じ込ませたいはず。こんな身分証明書みたいなのあからさまに置いとくわけが無い。逆に本物だったら……」

 「そっか!あえて置いとけば、本物だって示せる!」

 美頼にセリフを取られた。ともかく、この机の上に手帳とパスポートが一緒に置いてあるなんて、偶然とは思えない。意図的に何者かがここに書いてあることは本物だと示そうと置いたことになる。

 じゃあつまり、彼自身、自分が死ぬことはわかってたということだ。

 最後に俺が話したのは咲夜じゃない。

 こんな手帳をわざと残して、咲夜のことを殺そうとしていたやつだ。しかもそいつは咲夜に濡れ衣を着せようとしていた……つまり11年前、俺の父さんを殺した犯人?

 わからない。考えれば考えるほどわからなくなる。

 一体犯人は何が目的なんだ……??真相をばらさずに推理させたいのか??そう誘導されている気がするが……。


 「アキ、パトカー来たよ」

 「あ、あぁ」

 美頼の声で我に帰ると、夜の街に赤いランプが点滅していた。慌てて手帳の写真を何枚か撮る。そして、何人かの捜査官らしき人とすれ違いながら外に出た。多分咲夜の死体を見に行くのだろう。

 「麻尋……っ」

 六成さんと久枝さんが麻尋の元に駆け寄る。

 同じく、美頼の両親も来ていた。そして……

 「アキ……ほんと心配したんだから……」

 俺の姉、霞もいた。その姿を見るのは何日ぶりだろう。見るなり俺に抱きついて来た。く、苦しい……。

 「姉ちゃん、もう体調は大丈夫なのか?」

 「大丈夫。そういえば私も心配かけてたんだった」

 力の抜けた笑顔が返ってくる。その笑顔を見て、姉に会ったら聞くつもりだったことを思い出す。

 「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」

 「なに?」

 「白夜叉優衣、って人知ってる?」

 その瞬間、姉の顔色が変わる。

 「どうして……いや、知ってるもなにもお母さんの旧姓じゃない」

 「いや、父さんの写真もそうだけど、俺母さんの名前も知らなかったから……」

 やっぱりそうだったか……。優衣さんは、俺の父さんが送り込んだ救世主だったわけだ。

 何者かが俺のことを狙っている?それを知っていた父さんは11年前から優衣さんを使って俺を助けようとしていた?

 咲夜はその何者かの手下で、何かに協力し、用済みになったから殺された。そう考えるのが妥当だ。

 一体なぜ俺は監視されていたんだろうか。



 ──こうしてどんどん増えて行く謎は、まだ序の口に過ぎなかった。




 *

 「仲山秋……仲山愁の息子……?」

 だとすればこれはチャンスかもしれない。私にとって、これ以上の手がかりは無いのだから。

 「一目見ておくべきだわ」

 「モモちゃん、ヒトメって誰かのことですか?」

 「うわっ!?なんであんたがいんのよ!ややこしいんだから!!」

 後ろから聞こえてきた声の主は、サラサラの金髪野郎だ。

 「いい?声出さないでよ?」

 「はい!モモちゃん!」

 「ちゃん付けやめてって言ってるじゃない」

 「モモ?」
 
 「あーもういい、黙って」

 このやり取りも何回しただろう。私は溜息をつきながら、目にかかった前髪を払う。

 彼はあの建物から出てくるはずだ。パトカーの影からその建物の玄関を睨む。

 「あっ!誰かでてきましたモモちゃん!!」

 「黙れって言ったでしょ!!」

 出てきたのは女二人と、男一人。多分通報の内容からして、柊木美頼と薪原麻尋。そして仲山秋。

 「あれが仲山秋ね」

 「モモちゃんの好きな人ですか?」

 「はぁ……」

 「あ、痛い、痛いですよモモちゃん」

 金髪野郎の白い手の甲を、思いっきりつねってやる。そして鋭く睨みつけると、ちょっとは静かになった。

 ともあれ、仲山秋の顔を目に焼き付ける。

 「お母さん……一体どこに……」

 
 彼女達が推理問答部に入って来たのは、その翌日かそこらのことだった。
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