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序章>はじめに
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12時過ぎという早めの放課後、俺らは学校から歩いて数分のところにある、駅前のコンビニに来ていた。雲一つない青空に春らしい陽気。その中を歩いていたところ、美頼が突然ソフトクリームを食べたいと言い出したのだ。
「やったぁっっ!やっぱり!あまおう苺ソフトじゃん!これ楽しみだったんだよ!!!」
入口のメニューを見てすぐに彼女は歓喜の声を上げる。柊木美頼の大好物はソフトクリームだ。一年のうち、このコンビニで季節ごとに出る限定ソフト全て食べ尽くす程である。
ふと見ると、店内のメニューを見て興奮する美頼の前では、若い店員が行儀よくニコニコ笑っていた。彼女の胸には『薪原』の名札がついている。何気なく見ただけだったが、俺は何故か彼女、薪原さんに会ったことがある気がした。気のせいだろうか。
「河原で座って食べる感じでいいよね」
千夜が駄菓子を一通りカゴの中に入れながら俺に言った。そうだった。こいつは安くて美味しい駄菓子が好物だった。いつも鞄の中に二、三枚はなんとか太郎っていう練り物の駄菓子が入っているはずだ。
「あぁ。……昼飯が食えればなんでもいい」
俺は隣の棚の前でそう言って、ハムカツ焼きそばドックとツナマヨのおにぎりを手に取る。迷った挙句ホイップメロンパンと500ml入りのコーヒーも追加してレジへ向かった。レジ打ちする薪原さんの黒髪のポニテがゆらゆら揺れている。俺がそんな彼女をぼーっと見ていると、目が合ってしまう。
「あの……どうかしましたか?」
品の良さそうな声だ。
「い、いや、なんでもないっす」
知り合いではなさそうだ。
ふと気がつくと千夜と美頼はもう会計を済ませていた。俺は特に気にすることもなく、薪原さんにレシートとお釣りをもらって外にいる二人に合流した。
コンビニの前は、ガードレール付きの小道に面している。その小道の向こう側に、わりかし大きな河原があるのだ。近くの階段で土手を降りると、美味しそうにアイスを舐める美頼が座っていた。千夜は俺を待っててくれていたのか、水切りをしている。チョンチョンチョンと石が水面を駆けていく。結構上手だ。
「むはー…幸せだぜ」
「良かったな」
「この幸せを横にいる無愛想な男に分けてやりたいぜ」
「悪かったな。無愛想で」
似合わない語尾を使いながら、俺に勝ち誇ったような笑みを浮かべる美頼。俺は表情を動かすことなく、彼女の隣に腰を下ろす。ちょうど焼きそばドッグの袋を開けた時、千夜が振り向き俺に気づいた。
「ずるいよアキ!抜け駆けするなんて!待っててあげたのに!」
「あっす、すまん……でも美頼だって……」
「ひーちゃんは別だよ!いえ、柊木様!」
「はぁ~……またこのコーンとクリームのハーモニーがたまんない!」
舌をペロリと出して残りのアイスコーンを口に放り込む美頼を見ながら、俺は苦笑いした。川から吹いてくる風が清々しく心地よい。千夜が座り、ようやく俺らはそれぞれ買ったものを食べ始めた。
「そういえばさ、アキ」
千夜は一呼吸置いて続ける。
「さっきの人って知り合い?」
「なっ!?見てたのかよ」
「へ?なんのこと?」
すかさず美頼が食いついてきた。余計なこと言うなよ千夜……説明が面倒だ。説明も何も俺は彼女に関して説明もできないわけなのだが。
「もしかしてアキのお姉さんだったりして??」
見当違いも甚だしい。
「違ぇよ。姉ちゃんはとっくに社会人やってるわ」
「あれー本当かよ。若干似てると思ったんだけどなぁー」
「あ、あの店員さんの話?私あの人どっかで見たことあると思うんだよね」
美頼が何の話か理解したようで、会話に参加しだした。美頼もそう感じたというのか。俺の既視感も偶然ではないのかもしれない。すると、千夜がサンドイッチを食べる手を止めた。
「ていうかさ、アキの家族紹介してよ!お姉ちゃんの話で思ったんだけど……そういえば僕アキのことなんも知らないじゃん」
「そういえばそうだ……お前うち来たことなかったっけか。紹介って言ってもな……」
「写真とかないの?」
柔らかい風が吹き、川面に小さく波が立つ。
千夜自身は何も気にしてないのだろうが、痛いところをついてくる。写真……父に関しては俺も見たいくらいなのだが。俺もメロンパンを食べる手を止めて、コーヒーで流し込む。
「姉ちゃんのしかないな。母親のは俺が生まれた時の写真が一枚だけかな。父親の写真がないんだ。俺もできれば紹介してもらいたいくらいなんだが」
「え私持ってる」
「え、なんで?どゆこと?」
「なんか前の家で全部燃えちゃったとかでよ」
「あ……。そうだ、アキのお父さんって亡くなってるんだっけ……ごめん」
「気にすんなよ。俺そんな覚えてないし。てか俺そのこと千夜に話したっけ?」
「え?あぁ、いや、僕のお父さんが言ってた。アキのお父さん結構有名だったみたい」
「え、まじか」
「ねぇ男子聞いてます??私アキのお父さんの写真、持ってるんだけどさあ??」
スルーされたことに苛立ちを隠せない口調で、美頼がそう言った。息つく暇もないようなスピードで進んでいた会話がそこで断ち切られる。一瞬の静寂。人は信じられない出来事が起こると、少し脳の反応が遅れるものだ。つまり、どういうことだ。俺が16年間どこを探しても見つけられなかった写真を、すぐ近くに住んでいる幼馴染が持っていたというのか?
「そんな顔で見ないでよ。私だってこの前見つけたばっかなんだから。押入れ整理してたら古臭いアルバムが出てきて、そこにあったのよ。小さい頃アキと一緒にキャンプに行った時の写真が」
まさに灯台下暗し。
「今持ってるのか?どこにある!?見せてくれ!!!」
ついつい声を荒らげてしまい、美頼と千夜は少し引き気味だ。
「そんな焦らなくても逃げないわよ……ちょっと待って。一ついい感じの写真があったから携帯で撮ったんだよね」
そう言って携帯を取り出し、写真を見せてくる美頼。長年顔を知ることの出来なかった父親とついに対面するわけだ。あっけなさすぎる気もする……と思ったのもつかの間。
「……え」
次の瞬間。写真を見た俺は、戸惑いを隠せなかった。俺の口をついて出た声に、美頼と千夜は疑問符を浮かべる。
それはキャンプ場で俺と美頼が遊んでいる写真だった。青々と茂る木々に、ちょうど今日のような雲ひとつない空。そこに美頼の父親が汗を流して肉を焼いているのが写っている。さらに彼の横に黄色と赤の大きめのテントが並んでいて、その前を髪がまだ長い幼い美頼と俺が鬼ごっこをしているようだ。そしてその傍らから見守る長身の身体が見えるのだが……
だが、その首から上が見えなかったのだ。
12時過ぎという早めの放課後、俺らは学校から歩いて数分のところにある、駅前のコンビニに来ていた。雲一つない青空に春らしい陽気。その中を歩いていたところ、美頼が突然ソフトクリームを食べたいと言い出したのだ。
「やったぁっっ!やっぱり!あまおう苺ソフトじゃん!これ楽しみだったんだよ!!!」
入口のメニューを見てすぐに彼女は歓喜の声を上げる。柊木美頼の大好物はソフトクリームだ。一年のうち、このコンビニで季節ごとに出る限定ソフト全て食べ尽くす程である。
ふと見ると、店内のメニューを見て興奮する美頼の前では、若い店員が行儀よくニコニコ笑っていた。彼女の胸には『薪原』の名札がついている。何気なく見ただけだったが、俺は何故か彼女、薪原さんに会ったことがある気がした。気のせいだろうか。
「河原で座って食べる感じでいいよね」
千夜が駄菓子を一通りカゴの中に入れながら俺に言った。そうだった。こいつは安くて美味しい駄菓子が好物だった。いつも鞄の中に二、三枚はなんとか太郎っていう練り物の駄菓子が入っているはずだ。
「あぁ。……昼飯が食えればなんでもいい」
俺は隣の棚の前でそう言って、ハムカツ焼きそばドックとツナマヨのおにぎりを手に取る。迷った挙句ホイップメロンパンと500ml入りのコーヒーも追加してレジへ向かった。レジ打ちする薪原さんの黒髪のポニテがゆらゆら揺れている。俺がそんな彼女をぼーっと見ていると、目が合ってしまう。
「あの……どうかしましたか?」
品の良さそうな声だ。
「い、いや、なんでもないっす」
知り合いではなさそうだ。
ふと気がつくと千夜と美頼はもう会計を済ませていた。俺は特に気にすることもなく、薪原さんにレシートとお釣りをもらって外にいる二人に合流した。
コンビニの前は、ガードレール付きの小道に面している。その小道の向こう側に、わりかし大きな河原があるのだ。近くの階段で土手を降りると、美味しそうにアイスを舐める美頼が座っていた。千夜は俺を待っててくれていたのか、水切りをしている。チョンチョンチョンと石が水面を駆けていく。結構上手だ。
「むはー…幸せだぜ」
「良かったな」
「この幸せを横にいる無愛想な男に分けてやりたいぜ」
「悪かったな。無愛想で」
似合わない語尾を使いながら、俺に勝ち誇ったような笑みを浮かべる美頼。俺は表情を動かすことなく、彼女の隣に腰を下ろす。ちょうど焼きそばドッグの袋を開けた時、千夜が振り向き俺に気づいた。
「ずるいよアキ!抜け駆けするなんて!待っててあげたのに!」
「あっす、すまん……でも美頼だって……」
「ひーちゃんは別だよ!いえ、柊木様!」
「はぁ~……またこのコーンとクリームのハーモニーがたまんない!」
舌をペロリと出して残りのアイスコーンを口に放り込む美頼を見ながら、俺は苦笑いした。川から吹いてくる風が清々しく心地よい。千夜が座り、ようやく俺らはそれぞれ買ったものを食べ始めた。
「そういえばさ、アキ」
千夜は一呼吸置いて続ける。
「さっきの人って知り合い?」
「なっ!?見てたのかよ」
「へ?なんのこと?」
すかさず美頼が食いついてきた。余計なこと言うなよ千夜……説明が面倒だ。説明も何も俺は彼女に関して説明もできないわけなのだが。
「もしかしてアキのお姉さんだったりして??」
見当違いも甚だしい。
「違ぇよ。姉ちゃんはとっくに社会人やってるわ」
「あれー本当かよ。若干似てると思ったんだけどなぁー」
「あ、あの店員さんの話?私あの人どっかで見たことあると思うんだよね」
美頼が何の話か理解したようで、会話に参加しだした。美頼もそう感じたというのか。俺の既視感も偶然ではないのかもしれない。すると、千夜がサンドイッチを食べる手を止めた。
「ていうかさ、アキの家族紹介してよ!お姉ちゃんの話で思ったんだけど……そういえば僕アキのことなんも知らないじゃん」
「そういえばそうだ……お前うち来たことなかったっけか。紹介って言ってもな……」
「写真とかないの?」
柔らかい風が吹き、川面に小さく波が立つ。
千夜自身は何も気にしてないのだろうが、痛いところをついてくる。写真……父に関しては俺も見たいくらいなのだが。俺もメロンパンを食べる手を止めて、コーヒーで流し込む。
「姉ちゃんのしかないな。母親のは俺が生まれた時の写真が一枚だけかな。父親の写真がないんだ。俺もできれば紹介してもらいたいくらいなんだが」
「え私持ってる」
「え、なんで?どゆこと?」
「なんか前の家で全部燃えちゃったとかでよ」
「あ……。そうだ、アキのお父さんって亡くなってるんだっけ……ごめん」
「気にすんなよ。俺そんな覚えてないし。てか俺そのこと千夜に話したっけ?」
「え?あぁ、いや、僕のお父さんが言ってた。アキのお父さん結構有名だったみたい」
「え、まじか」
「ねぇ男子聞いてます??私アキのお父さんの写真、持ってるんだけどさあ??」
スルーされたことに苛立ちを隠せない口調で、美頼がそう言った。息つく暇もないようなスピードで進んでいた会話がそこで断ち切られる。一瞬の静寂。人は信じられない出来事が起こると、少し脳の反応が遅れるものだ。つまり、どういうことだ。俺が16年間どこを探しても見つけられなかった写真を、すぐ近くに住んでいる幼馴染が持っていたというのか?
「そんな顔で見ないでよ。私だってこの前見つけたばっかなんだから。押入れ整理してたら古臭いアルバムが出てきて、そこにあったのよ。小さい頃アキと一緒にキャンプに行った時の写真が」
まさに灯台下暗し。
「今持ってるのか?どこにある!?見せてくれ!!!」
ついつい声を荒らげてしまい、美頼と千夜は少し引き気味だ。
「そんな焦らなくても逃げないわよ……ちょっと待って。一ついい感じの写真があったから携帯で撮ったんだよね」
そう言って携帯を取り出し、写真を見せてくる美頼。長年顔を知ることの出来なかった父親とついに対面するわけだ。あっけなさすぎる気もする……と思ったのもつかの間。
「……え」
次の瞬間。写真を見た俺は、戸惑いを隠せなかった。俺の口をついて出た声に、美頼と千夜は疑問符を浮かべる。
それはキャンプ場で俺と美頼が遊んでいる写真だった。青々と茂る木々に、ちょうど今日のような雲ひとつない空。そこに美頼の父親が汗を流して肉を焼いているのが写っている。さらに彼の横に黄色と赤の大きめのテントが並んでいて、その前を髪がまだ長い幼い美頼と俺が鬼ごっこをしているようだ。そしてその傍らから見守る長身の身体が見えるのだが……
だが、その首から上が見えなかったのだ。
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