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104話「信頼のロンダリング」

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「ブリーツ、僕、そんな詐欺みたいなことしてないよ!」
「いや、だってさ、ほら、このホーレ事件のちょっと前に、そんなこと、聞いたからさ」
「ああ、ミーナちゃんもアークスから聞いたぴょん。女の子の花が折れて、花屋に買いに行ったって。でも……花は無料で変えてもらえたって言ってたし、そもそも女の子の花が折れた原因は、もっと体格のいい巨漢のせいだったはずだぴょんよ」
「うん……そのはずだけど……」
「その噂なら私も聞いたことがあるな。あまりに不確かだから、記憶のかなたに放り投げてしまったが……確か、騎士の仕業だったとか、本当は騎士の方が悪くて、ならず者の方が助ける立場だったとか、挙げ句の果ては、花屋と騎士が組んでて、花屋が儲けの何割かを騎士に渡してるとか……」
 魔女は、アークスから直接聞いたわけでもないが、風の噂で聞き覚えはあるらしかった。しかし、その事を聞くと、アークスは無性に悲しい気持ちになった。

「そんな噂が……!? 酷い……」
「アークス、気にするなぴょん。そんな噂、何の根拠も無い、ただの話のタネだぴょん」
「だがミーナよ。マッドサモナーには、そう映っていなかったとしたら、どうだ?」
 ふと、魔女がミーナに質問を投げかけた。
「……ぴょん?」
「確かに噂には何の根拠も無かった。だが、その噂を信じる人だって、一定数居るはずだぞ」
「それはそうぴょんが、アークスには関係ない話だぴょんよ! それを信じる人が居るなんて、胸糞が悪くてしょうがないぴょん!」
「まあ、感情的になるな我が弟子よ。客観的な見かたでは、否定できまい?」

「魔女さん、もしかして貴方は……」
 魔女が何を言わんとしているか、一番先に察したのはエミナだった。
「ああ。事の発端は、そんな噂に感化されて、このマッドサモナーがしでかしたことなのではないかな」
「えっ、そうだぴょんか!?」
「確かに……ホーレ事件のタイミングから考えても、話はそれほど矛盾無く繋がるけど……」
 アークスには、俄かには信じ難い話だ。噂を信じたとして、何故、町を丸々一つ、滅ぼさねばならなかったのか。

「アークスが疑問に思ってることは分かるよ。何故、ホーレの村を襲うなんて、的外れは事をしたのかってことだよな」
「はい……ただ、マッドサモナーさんが善意でやったというのは分かります。だから……すいません」
 アークスは、マッドサモナーに向かって深々と頭を下げた。
「ちょっ……何でアークスが謝るぴょん!? 誤解されてんだぴょんよ!?」

「僕はどんな誤解をされようと構わないし、誤解されているかどうかは問題じゃない。マッドサモナー……ズリシウスさんは、僕が生んだかもしれない誤解のせいで、善意で人助けをやったんだ。ズリシウスさんが、それくらい嫌な思いをしたっていうのだったら、僕はなんとかしなきゃならない。出来るだけの事はやりたいと思う」
「アークス……」
 真っ直ぐな目で見つめるアークスに、ミーナは言葉を失った。

「ぶれないねぇアークスは」
 魔女が愉快そうに笑う。

「なーアークスよ、こいつの言うこと、本当かねぇ」
 ブリーツが、両手を頭の後ろに開いたまま、首を傾げた。
「本当はさ、それって建前だけじゃねーのかな、いくらなんでも、おかし過ぎるだろ。騎士団に花を折られてぼったくられた少女のために、手近な町の人をリビングデッド化させて全滅させたなんてさ」
「それは……」
 実際の所は分からない。アークスは、そう言おうとしたが、マッドサモナーの声がそれを遮った。

「なんて事を言うのですか。あなたは! 恥を知りなさい!」
 声が枯れていながらも、凄い剣幕で起こっている。一同で、そう感じない者は居なかった。

「やれやれ……じゃあ本当なんだな、ズリシウスよ」
「何を言うか……!」
「ふっ……そういうとこ、変わってないよな、お前は。もしかして、神様がどうのこうの信心深いこと言ってるのも、実は建前なんじゃないか?」
「何? おおぉぉぉ……私を侮辱するということは、私を選んだ神を侮辱するということ……許すまじ……」
「ふん……話にならんな」

「ち、ちょ……お師匠様、どういうことだぴょん? 話が見えなくなってきだぴょんが……」
「こいつの癖というか、常套手段だ。こうやって大袈裟に否定して、凄みで押しきろうとする。相変わらずワンパターンな奴なんだよ。ズリシウスがこういうリアクションを取る時は、自分に何かやましい事があるときなんだ」

「えっ……そうなのかぴょんか?」
「いや……俺に言われてもな……」
「僕も、ズリシウスさんとまともに喋ったのなんて、今が初めてだし……」

「お前、アークスを……もっと言えば、騎士団を悪者にすることで、自分の罪を隠す……いわば、信頼のロンダリングをしようとしたんじゃあるまいな?」
「なっ……!」
「ん? 図星か? いや、直前でとどまったか。今言ったばかりだからな」
「おおおぉぉぉぉ! まさに神を侮辱する行為である! お前達にはいずれ天罰が下るであろうぞぉぉ!」

「ご苦労なことだな、声を発するのも精一杯だろうに……ま、これから騎士団が調べれば分かるだろう。お前が本当は何をやりたかったのかがな」
「おおぉぉぉぉ……神よ、ふしだらな者達に天罰をぉぉ……」
 マッドサモナーは、コーチの天井に向かって、枯れた声で叫ぶばかりだ。
「なんだよ……ったく、信心深くなりやがって」
「あ、あの……」
「ああ、アークス、悪いな。私のせいで、あんな状態になってしまった。ありゃ、もうまともに喋れそうにない」
「いえ……聞きたい事は、大体聞けましたから……」
 アークスの顔が曇る。
「アークス、お前がどう感じたのか、全て分かるわけではないが、色々と感じるところはあったみたいだな」
「はい……まだうまく、頭の中で整理が出来てないので、上手く話せないですけど……」
「そうか。ま、時間をかけて消化していけばいいさ」
「そう……ですね……」

「というわけだ。他のみんなも、色々と聞きたかったかもしれんが……」
「おおぉぉぉ! 神を侮辱するとはなんたる……」
「まあ、こんな調子になってしまったので、落ち着くまで待つとしようか。さ、食事の続きをしよう」
 魔女が困った様子で頭を掻きながら、焚き火の所へと戻るべく、踵を返した。

「……」
 アークス、ブリーツ、ミーナも、それに続いた。

「ポチ、ブラウリッター、もうちょっとお願いね」
 ドドが言うと、ブラウリッターとポチはこくりと頷いたので、ドドもその場を任せて立ち去っていく。

「お前達が神を侮辱する限り、私のような存在は、また必ず現れるであろう! 第二、第三の神の鉄槌が、この世に下る日は近いぞ!」

 一同の背後に、かすかにマッドサモナーの声が聞こえた。そこに居る全員が、立ち止まって後ろを振り返った。ブリーツは相変わらず腕を頭に回して無関心そうにしていて、魔女は「はぁ……」とため息をついてうんざりしている。
「魔女さん……」
 ドドは心配そうな顔をして、魔女の顔を見た。

「体と同じで、心もボロボロなんだよ。暫く一人にさせて、休ませておいた方がいいな」
 アークスは、そう喋る魔女の顔が、どこか暗くなっていく気がした。
「あの……魔女さん、ああなったのは、魔女さんのせいじゃなくて、もともと精神が摩耗していたんだと思います。だから……」
 気休めかもしれないが、アークスは魔女には原因が無いと言って励まそうとした。
「ああ……分かってるよ。ただ、あそこまで精神が疲労しているとは思わなかったから、ちょっと意外だっただけだよ。ま、あまり元気になられても困るが……後は騎士殿のさじ加減一つってところだな。今度は、私に面倒な仕事が回ってこないことを、今から祈っておかねばな」
 魔女が喋り終わると、辺りは沈黙に包まれた。聞こえてくるのはマッドサモナーの枯れた叫び声だけだ。
「……さあ、あまり立ち止まってると、逆に魚が焦げてしまうかもしれんぞ。歩いた歩いた!」
 アークスは、魔女が、こんな感じに自分から雰囲気を盛り上げる姿を、初めて見たのだった。
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