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100話「マッドサモナーの傲り」
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「やれやれ、こんな状態で、よく戦えたものじゃな。立つ事すらもあやういぞ、この傷は」
馬車の中、松明の明かりで照らされながら、ヘーアが呆れた様子で言った。
「二人共、血は止まりましたけど、ちょっと熱っぽいです」
エミナが心配そうに、サフィーの額に手を当てながら言う。
「ん、そうか。エミナの手が冷たいってことはないかの?」
「え……いえ、大丈夫だと思います。自分のおでこと比べてるので」
「そうか。それならいいが……すまんのう、もっと正確に測れる体温計は、町にあるでのう」
「仕方ないですよ、馬車移動だし、あまり、かさばるものは持ってこれませんから」
エミナは回復魔法師としてヘーアの治療を何度も手伝っていたこともあり、体温計の形は知っていた。曲がりくねったガラスの管の一方の先端は丸く膨れ上がっていて、もう一方の先端は、そのまま細くなり、閉じている。
使い方としてはは、細い方の先端を水の入った細長いコップに入れて、丸い方の先端を、診断したい人に口でくわえてもらう。そうすることで、体温計に起こる変化を読み取って体温を測る。といった具合らしいのだが……エミナはまだ、その見方までは分からない。
エミナはその体温計について詳しく聞いたことはないが、恐らくは魔法道具ではないかと思っている。
「……これでよしじゃな。熱の方は、二人の体力で頑張って堪えてもらうしかないじゃろう。もう少し落ち着いたら、エミナの魔法で補助しながら、食べやすいもので体力を補給してやるとしよう」
「はい……」
一通りの治療が終わり、エミナは安堵した。まだまだ予断は許さない状態だが、一命は取り留めた。後は二人の様子を注意深く観察しながら町へと運べば、本格的な治療が受けられる。
「じゃあエミナ、この二人は私が見ているから、お前は休みなさい」
「えっ? いえ、先生の方からいいですよ。私はまだ大丈夫なので」
「いやいやエミナや、お主は回復魔法師じゃよ。魔法使いの回復を優先せねばならんのは、医療の基本じゃよ。それに、魔女の話も気になるじゃろう」
「マッドサモナー、それに、あの改造バエの話ですか」
「そうじゃ。そろそろ始まるんではないかな? さ、行きなさい」
「じゃあ、お言葉に甘えて……ミズキちゃん、サフィーさん、頑張って」
「う、うん。ありがとう、エミナさん」
「大丈夫、これくらいの傷、頑張らなくても楽勝なんだから」
それぞれの言葉を聞いたエミナは微笑んで、馬車から出ていった。
「ふぅ……」
今度もまた、なんとか死ななかったらしい。サフィーはその事を感じ取って、息を吐き出した。少し体を動かそうとするだけで、体のそこら中から激しい痛みが走ってサフィーの神経を刺激するが、動くという選択肢が消えた方が、諦めがついてじっと寝ていられるというものだ。フレアグリット王国の牢屋に入れられる前に、一目マッドサモナーに会って、唾でもかけてやることができないのが心残りなくらいか。
――マッドサモナー。
サフィーは馬車の天井をボーっと眺めているうちに、マッドサモナーの事ばかりを考えるようになった。
サフィーの脳裏にマッドサモナーが悶え苦しんでいる様子が思い起こされる。最初はは、様々な要因が、たまたまマッドサモナーの不利になるように働いたのだと感じた。それだけマッドサモナーは強大な存在だと思っていたからだ。町を全滅させるほどの力を持ち、フレアグリット騎士団が大勢でかかっても手間取るほどの強かさを持っていると。しかし、実際にマッドサモナーに肉薄してみて、そして、こうして何もせずにゆっくりと考えてみると、それは違うのではないかと、徐々に思い始めてきた。マッドサモナーの破滅。それは必然だったのかもしれない。
「……」
マッドサモナーの、あの、人を見下した仕草や、人をからかうような話し方は、こちらを挑発し、判断力を鈍らせるためのものかと思っていた。しかし……この結果を見れば、それは計算によるものではないだろうことが分かる。魔女は改造バエを封じられ、ウィズグリフから生まれるモンスターが尽きた時も、ああやってもがき苦しむ直前まで……いや、もしかするともがき苦しんでいる時も、今ですら、まだ本気で人を見下している。そんな気がする。
マッドサモナーは、一つの町を滅ぼして、それはホーレ事件と呼ばれる大事件になった。そして、この突如として現れた世界でもまた、一つの町を滅ぼした。それは明らかに脅威だ。呪いの力で多大なリスクを背負ってまで行った行為が、人々の目を引きつけ、騎士団を中心に様々な人を動かした。騎士団以外で目立ったところだと、魔女やドドだろう。魔女は騎士団とは別にマッドサモナーについて調べ、ホーレ事件を解決すべく動いていたようだし、ドドも、老人の時だけでなく、ポチの鼻で匂いを辿ってこの世界へと来ることになった。騎士団ではない人物ですら動いたのも、ホーレ事件の重大さ故だろう。
そして、この世界においても、魔女はホーレ事件と同じことをした。今度はキャルトッテ村を全滅させたのだ。それにより、この世界の人達にとっても脅威となった。
そう、魔女にとっては、大勢の人が敵に回ることになったというわけだ。魔女がこの世界にまで手を出し始めたからこそ、ミズキは改造バエの性質の一つを発見することができ、ディスペルカースによって、魔女の魔力供給を妨害することができた。その後にブリーツが猿真似してディスペルカースで改造バエを撃ったのは、ミズキのおこぼれだが……。
こうして冷静に振り返って考えてみると、マッドサモナーは魔法使いとしての実力も、召喚モンスターを動かす手腕も凡庸か、またはそれ以下だったのかもしれない。
マッドサモナーの呼び出すモンスターは、召喚モンスターとしては凡庸なものだ。マッドサモナーが魔法使いとして、並の召喚系魔法使いよりも優れている点は、召喚モンスターを大量に召喚できる魔力量だろう。しかし、それも改造バエによる補充を行ったからだった。
召喚モンスターを操る手腕も、サフィーの攻撃から、自身を守るためにモンスターを盾にするという行為にも表れている。それが一時凌ぎのためで、解決策になり得ないのは、少し考えれば分かりそうなものだが……マッドサモナーは、その判断をした瞬間、自分を守るという一時凌ぎのために、大量のモンスターを失うことになった。
そして、最後のペイングロース。あれは、改造バエによる魔力の補充が出来なくなったために底をつきそうになっていた、なけなしの魔力を使った最後の抵抗だったのだろう。ペイングロースは、ファイアーボールやセイントボルト等、各属性の基礎に当たる、魔力消費の少ない魔法と同等の魔力消費だ。それを使った直後に苦しみはじめたということは、その時点で、魔力はほぼ尽きかけていたと言っていい。
最後に大量のリーゼによって抵抗した時は、魔女が居なければ、こちらが全滅していたかもしれない。しかし、リーゼを呼び出すウィズグリフを使ったタイミングについては上手いとは言い難い。もっと早く……少なくとも、最後の改造バエを使う前にリーゼを出し、それから改造バエによる魔力の供給を行っていれば、大量のリーゼを、召喚に限らず魔法の力で補強できただろうし、自身も苦しまずに済んだだろう。マッドサモナーの力量次第では、魔女が来てもなんとかなったかもしれない。
「マッドサモナー……」
自身の力量以上の事件を起こし続けた結果、マッドサモナーは改造バエの多大な副作用を背負って騎士団に捕まった。特に、最後のリーゼを呼び出すタイミングに感じられるのが、マッドサモナーのおごりだ。そして、それはこのホーレ事件の発端にも紐付くことではないだろうか。全てはおごり高ぶったズリシウスという人物が起こした、捨て身で自滅的な出来事だったのではないだろうか。
サフィーには、マッドサモナーが、どうしてここまで歯止めの効かない暴走状態に陥ってしまったのかが理解できない。狂信的に神を崇拝していたが故の安堵感のためか、それとも改造バエの力を手にしたことで感じた万能感によるおごりなのか……。いずれにしても、マッドサモナーは自滅の道を、自分が強大な力を持っていると思い込みながら歩いてきたということだ。なんと愚かな事なのだろう。
サフィーの気持ちは、憎きマッドサモナーを捕らえたにも関わらず、何故か重苦しくなっていった。
馬車の中、松明の明かりで照らされながら、ヘーアが呆れた様子で言った。
「二人共、血は止まりましたけど、ちょっと熱っぽいです」
エミナが心配そうに、サフィーの額に手を当てながら言う。
「ん、そうか。エミナの手が冷たいってことはないかの?」
「え……いえ、大丈夫だと思います。自分のおでこと比べてるので」
「そうか。それならいいが……すまんのう、もっと正確に測れる体温計は、町にあるでのう」
「仕方ないですよ、馬車移動だし、あまり、かさばるものは持ってこれませんから」
エミナは回復魔法師としてヘーアの治療を何度も手伝っていたこともあり、体温計の形は知っていた。曲がりくねったガラスの管の一方の先端は丸く膨れ上がっていて、もう一方の先端は、そのまま細くなり、閉じている。
使い方としてはは、細い方の先端を水の入った細長いコップに入れて、丸い方の先端を、診断したい人に口でくわえてもらう。そうすることで、体温計に起こる変化を読み取って体温を測る。といった具合らしいのだが……エミナはまだ、その見方までは分からない。
エミナはその体温計について詳しく聞いたことはないが、恐らくは魔法道具ではないかと思っている。
「……これでよしじゃな。熱の方は、二人の体力で頑張って堪えてもらうしかないじゃろう。もう少し落ち着いたら、エミナの魔法で補助しながら、食べやすいもので体力を補給してやるとしよう」
「はい……」
一通りの治療が終わり、エミナは安堵した。まだまだ予断は許さない状態だが、一命は取り留めた。後は二人の様子を注意深く観察しながら町へと運べば、本格的な治療が受けられる。
「じゃあエミナ、この二人は私が見ているから、お前は休みなさい」
「えっ? いえ、先生の方からいいですよ。私はまだ大丈夫なので」
「いやいやエミナや、お主は回復魔法師じゃよ。魔法使いの回復を優先せねばならんのは、医療の基本じゃよ。それに、魔女の話も気になるじゃろう」
「マッドサモナー、それに、あの改造バエの話ですか」
「そうじゃ。そろそろ始まるんではないかな? さ、行きなさい」
「じゃあ、お言葉に甘えて……ミズキちゃん、サフィーさん、頑張って」
「う、うん。ありがとう、エミナさん」
「大丈夫、これくらいの傷、頑張らなくても楽勝なんだから」
それぞれの言葉を聞いたエミナは微笑んで、馬車から出ていった。
「ふぅ……」
今度もまた、なんとか死ななかったらしい。サフィーはその事を感じ取って、息を吐き出した。少し体を動かそうとするだけで、体のそこら中から激しい痛みが走ってサフィーの神経を刺激するが、動くという選択肢が消えた方が、諦めがついてじっと寝ていられるというものだ。フレアグリット王国の牢屋に入れられる前に、一目マッドサモナーに会って、唾でもかけてやることができないのが心残りなくらいか。
――マッドサモナー。
サフィーは馬車の天井をボーっと眺めているうちに、マッドサモナーの事ばかりを考えるようになった。
サフィーの脳裏にマッドサモナーが悶え苦しんでいる様子が思い起こされる。最初はは、様々な要因が、たまたまマッドサモナーの不利になるように働いたのだと感じた。それだけマッドサモナーは強大な存在だと思っていたからだ。町を全滅させるほどの力を持ち、フレアグリット騎士団が大勢でかかっても手間取るほどの強かさを持っていると。しかし、実際にマッドサモナーに肉薄してみて、そして、こうして何もせずにゆっくりと考えてみると、それは違うのではないかと、徐々に思い始めてきた。マッドサモナーの破滅。それは必然だったのかもしれない。
「……」
マッドサモナーの、あの、人を見下した仕草や、人をからかうような話し方は、こちらを挑発し、判断力を鈍らせるためのものかと思っていた。しかし……この結果を見れば、それは計算によるものではないだろうことが分かる。魔女は改造バエを封じられ、ウィズグリフから生まれるモンスターが尽きた時も、ああやってもがき苦しむ直前まで……いや、もしかするともがき苦しんでいる時も、今ですら、まだ本気で人を見下している。そんな気がする。
マッドサモナーは、一つの町を滅ぼして、それはホーレ事件と呼ばれる大事件になった。そして、この突如として現れた世界でもまた、一つの町を滅ぼした。それは明らかに脅威だ。呪いの力で多大なリスクを背負ってまで行った行為が、人々の目を引きつけ、騎士団を中心に様々な人を動かした。騎士団以外で目立ったところだと、魔女やドドだろう。魔女は騎士団とは別にマッドサモナーについて調べ、ホーレ事件を解決すべく動いていたようだし、ドドも、老人の時だけでなく、ポチの鼻で匂いを辿ってこの世界へと来ることになった。騎士団ではない人物ですら動いたのも、ホーレ事件の重大さ故だろう。
そして、この世界においても、魔女はホーレ事件と同じことをした。今度はキャルトッテ村を全滅させたのだ。それにより、この世界の人達にとっても脅威となった。
そう、魔女にとっては、大勢の人が敵に回ることになったというわけだ。魔女がこの世界にまで手を出し始めたからこそ、ミズキは改造バエの性質の一つを発見することができ、ディスペルカースによって、魔女の魔力供給を妨害することができた。その後にブリーツが猿真似してディスペルカースで改造バエを撃ったのは、ミズキのおこぼれだが……。
こうして冷静に振り返って考えてみると、マッドサモナーは魔法使いとしての実力も、召喚モンスターを動かす手腕も凡庸か、またはそれ以下だったのかもしれない。
マッドサモナーの呼び出すモンスターは、召喚モンスターとしては凡庸なものだ。マッドサモナーが魔法使いとして、並の召喚系魔法使いよりも優れている点は、召喚モンスターを大量に召喚できる魔力量だろう。しかし、それも改造バエによる補充を行ったからだった。
召喚モンスターを操る手腕も、サフィーの攻撃から、自身を守るためにモンスターを盾にするという行為にも表れている。それが一時凌ぎのためで、解決策になり得ないのは、少し考えれば分かりそうなものだが……マッドサモナーは、その判断をした瞬間、自分を守るという一時凌ぎのために、大量のモンスターを失うことになった。
そして、最後のペイングロース。あれは、改造バエによる魔力の補充が出来なくなったために底をつきそうになっていた、なけなしの魔力を使った最後の抵抗だったのだろう。ペイングロースは、ファイアーボールやセイントボルト等、各属性の基礎に当たる、魔力消費の少ない魔法と同等の魔力消費だ。それを使った直後に苦しみはじめたということは、その時点で、魔力はほぼ尽きかけていたと言っていい。
最後に大量のリーゼによって抵抗した時は、魔女が居なければ、こちらが全滅していたかもしれない。しかし、リーゼを呼び出すウィズグリフを使ったタイミングについては上手いとは言い難い。もっと早く……少なくとも、最後の改造バエを使う前にリーゼを出し、それから改造バエによる魔力の供給を行っていれば、大量のリーゼを、召喚に限らず魔法の力で補強できただろうし、自身も苦しまずに済んだだろう。マッドサモナーの力量次第では、魔女が来てもなんとかなったかもしれない。
「マッドサモナー……」
自身の力量以上の事件を起こし続けた結果、マッドサモナーは改造バエの多大な副作用を背負って騎士団に捕まった。特に、最後のリーゼを呼び出すタイミングに感じられるのが、マッドサモナーのおごりだ。そして、それはこのホーレ事件の発端にも紐付くことではないだろうか。全てはおごり高ぶったズリシウスという人物が起こした、捨て身で自滅的な出来事だったのではないだろうか。
サフィーには、マッドサモナーが、どうしてここまで歯止めの効かない暴走状態に陥ってしまったのかが理解できない。狂信的に神を崇拝していたが故の安堵感のためか、それとも改造バエの力を手にしたことで感じた万能感によるおごりなのか……。いずれにしても、マッドサモナーは自滅の道を、自分が強大な力を持っていると思い込みながら歩いてきたということだ。なんと愚かな事なのだろう。
サフィーの気持ちは、憎きマッドサモナーを捕らえたにも関わらず、何故か重苦しくなっていった。
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