上 下
92 / 110

92話「ミズキの見たもの」

しおりを挟む
「あれは……」
 マッドサモナーと思しき、黒いローブの女性が取り出したのは、一つの小瓶だった。ミズキはその小瓶の中に蠢くものを見るなり、体に寒気が走った。
 瓶の中を、何かが高速で縦横無尽に飛び回る様子が、ミズキの居る所からでも、なんとなく感じ取れる。その速さ、軌道から、それは何らかの虫だろうと、ミズキは考えた。そして、その考えに至った時、もう一つの、別の事柄も、電撃的に思い出された。

 暴走したエミナと、エミナを噛んだ虫。そして、今、目の前にある瓶。三者が一つに結び付いた時、ミズキは一つの結論に至った。
 あの黒いローブの女性は、人を狂暴にさせる虫を撒こうとしている。そして、そのことから引き起される事態は目に見えている。
 それが魔獣に有効かどうかは不明だが、恐らく人間になら、どんな人間にも効くだろう。虫はこの中の誰かを噛むことによって、あの時のエミナのように暴走させるだろう。
 この激しい戦いの中では、全員が虫の動きに常に注意を払い、虫を見失わないようにするのは不可能に近いだろう。つまり、虫が放たれたら最後、誰かが狂暴化し、辺り構わず暴れるようになって、戦線は、いとも簡単に崩壊する。そうなれば、このモンスター達は勢いを取り戻し、一気にこちらを殲滅するだろう。ドドの加勢によって、頭数、質共に、さっきまでとは比べものにならないほど充実することとなったが、それでも、この中の誰かが一人、敵に回っただけで、戦局はがらりと変わってしまうだろう。

「おお……かの方からの贈り物よ、我に更なる魔力を授けたまえ……」
「……?」
 黒いローブの女性は、大袈裟に抑揚をつけて叫びながら、瓶の蓋を開けた。

「……まずい! みんな、虫が……!?」
 虫が、この一帯に放たれる。ミズキは、そう警告しようと思った。だが、実際に起きたことは違っていた。黒いローブの女性は、自らの腕に、瓶の口を押し付けたのだ。

「ええっ!?」
 ミズキが思わず声を上げる。そんなことをすれば、黒いローブの女性自身が、瓶に入っている複数の虫に噛まれ、暴走してしまう。

「おおおお……神よ……!」
 瞬間、黒いローブの女性を包む、黒いオーラが増大し、倍以上に大きくなった。それは、黒いローブの女性に肉薄できる距離まで切り込んでいたミズキに届きそうなほどだ。

「これは……!」
 ミズキは直感的に、この後に起こる事を察し、身を翻して走った。

「……くっ!」
 しかし、その行動は、遅きに失していた。ミズキは、急激に増えるモンスターに飲み込まれるように囲まれてしまったのだ。

「うおぉぉ……」
 それでもミズキは走った。速度を緩めず、目の前のモンスターを、すれ違いざまに一体、また一体と斬り伏せていく。

「……ぐあっ!」
 しかし、モンスターの群れを突破するためとはいえ、その行動は無謀過ぎた。ミズキに横から迫るモンスターの群れまで攻撃の手が行き届くはずがなく、ミズキは両脇のブラッディガーゴイルから、それぞれ左肩と右胸に、爪撃を受けてしまった。

「う……ううっ……!」
 それでも、攻撃の手を緩めるわけにはいかなかった。無謀なのは百も承知なのだ。ここで少しでもスピードを緩めたり、横から襲うモンスターに対応しようものなら、たちまち四方八方から攻撃を受け、ミズキは一瞬にして死に至ってしまうだろう。

 ミズキは、体に走る激痛を感じる余裕すらなく、ただひたすら、目の前のモンスターを斬っていく。一体、二体、三体……。それでも、切れ目は見えない。

 とにかく、走るんだ。そうすればまだ、希望は……。
「あぐぅっ!」
 一本の槍が、ミズキの肩を貫く。その感覚から、ミズキは背後からの攻撃だと当たりをつけた。

「うう……っ……」
 胸、肩、そして脇腹に、常に激痛を感じているが、しかし、それに構っている暇は無い。とにかく、前に進まないといけない。ミズキは傷を無視するように、ただ前のモンスターを倒し、進む。

「あぐっ……がはぁっ……!」
 リビングデッドの持つ棍棒で、頬を一撃、同じくリビングデッドの剣で、右腕を一撃……。

「うがぁぁぁぁ!」
 そして、ストーンゴーレムの拳が、ミズキの体全体を捉える。全身に激しい衝撃をうけたミズキの体は、宙へと跳ね飛ばされた。
 混乱する頭、朦朧とする意識の中で、宙を舞うミズキの目に映ったのは、一体のブラッディガーゴイルだった。ブラッディガーゴイルは右手を上げていて、その表情は、どこかミズキの事を嘲笑っているようにも見えた。
「――ぐは……っ!」
 ミズキの落下した先に待ち構えていたのは、ブラッディガーゴイルがミズキの方へとかざした、鋭い爪だった。
 ミズキは、ブラッディガーゴイルが上へと掲げた鋭い爪に吸い込まれるように落下し、爪はその体の中心、まだ傷が塞がれきっていない腹部を貫通した。

「あっ……あっ……」
 体を動かそうにも動かない。今がどういう状況なのかも分からない……というより、考えることが出来ない。意識は急激に混濁していく。
「あ……が……あ……」
 仰向けの状態で、逆Uの字にだらりと垂れ下がっているミズキの体を支えているのは、ブラッディガーゴイルの屈強な腕の力だけだ。

「う……ぁ……」
 己の体から流れる血。そして、体の感触が無いのにもかかわらず、ビクビクと勝手に痙攣をおこす体。それを感じ取ったミズキの心もまた、失われようとしていた。

 あの黒いローブの女性……マッドサモナーと思しき存在は、どういう原理かは分からないが、虫の力によって魔力を補充している。あの虫がどれほどあるかは分からないが、あれがある限り、このモンスター群は打ち破れない。ミズキはどうしてもそれを伝えようと思うのだが、その思いもまた、暗黒へと飲み込まれていくのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

美化係の聖女様

しずもり
ファンタジー
毒親の仕打ち、親友と恋人の裏切り、人生最悪のどん底でやけ酒を煽り何を思ったのか深夜に突然掃除を始めたら床がドンドンって大きく鳴った。 ゴメン、五月蝿かった? 掃除は止めにしよう、そう思った瞬間、床に現れた円のようなものが光りだした。 気づいたらゴミと掃除道具と一緒に何故か森の中。 地面には気を失う前に見た円が直径3メートルぐらいの大きさで光ってる。 何コレ、どうすればいい? 一方、魔王復活の兆しに聖女を召喚した王城では召喚された筈の聖女の姿が見当たらない。 召喚した手応えはあったものの目の前の床に描かれた魔法陣には誰も居ない。 もしかして召喚先を間違えた? 魔力の残滓で聖女が召喚された場所に辿り着いてみれば聖女はおらず。 それでも魔王復活は待ってはくれない。 それならば聖女を探しながら魔王討伐の旅へ見切り発車で旅する第二王子一行。 「もしかしたら聖女様はいきなり召喚された事にお怒りなのかも知れない、、、、。」 「いや、もしかしたら健気な聖女様は我らの足手まといにならぬ様に一人で浄化の旅をしているのかも知れません。」 「己の使命を理解し果敢に試練に立ち向かう聖女様を早く見つけださねばなりません。」 「もしかして聖女様、自分が聖女って気づいて無いんじゃない?」 「「「・・・・・・・・。」」」 何だかよく分からない状況下で主人公が聖女の自覚が無いまま『異世界に来てしまった理由』を探してフラリと旅をする。 ここ、結構汚れていません?ちょっと掃除しますから待ってて下さいね。掃除好きの聖女は無自覚浄化の旅になっている事にいつ気付くのか? そして聖女を追って旅する第二王子一行と果たして出会う事はあるのか!? 魔王はどこに? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 不定期更新になります。 主人公は自分が聖女だとは気づいていません。 恋愛要素薄めです。 なんちゃって異世界の独自設定になります。 誤字脱字は見つけ次第修正する予定です。 R指定は無しの予定です。

おっさん、勇者召喚されるがつま弾き...だから、のんびりと冒険する事にした

あおアンドあお
ファンタジー
ギガン城と呼ばれる城の第一王女であるリコット王女が、他の世界に住む四人の男女を 自分の世界へと召喚した。 召喚された四人の事をリコット王女は勇者と呼び、この世界を魔王の手から救ってくれと 願いを託す。 しかしよく見ると、皆の希望の目線は、この俺...城川練矢(しろかわれんや)には、 全く向けられていなかった。 何故ならば、他の三人は若くてハリもある、十代半ばの少年と少女達であり、 将来性も期待性もバッチリであったが... この城川練矢はどう見ても、しがないただの『おっさん』だったからである。 でもさ、いくらおっさんだからっていって、これはひどくないか? だって、俺を召喚したリコット王女様、全く俺に目線を合わせてこないし... 周りの兵士や神官達も蔑視の目線は勿論のこと、隠しもしない罵詈雑言な言葉を 俺に投げてくる始末。 そして挙げ句の果てには、ニヤニヤと下卑た顔をして俺の事を『ニセ勇者』と 罵って蔑ろにしてきやがる...。 元の世界に帰りたくても、ある一定の魔力が必要らしく、その魔力が貯まるまで 最低、一年はかかるとの事だ。 こんな城に一年間も居たくない俺は、町の方でのんびり待とうと決め、この城から 出ようとした瞬間... 「ぐふふふ...残念だが、そういう訳にはいかないんだよ、おっさんっ!」 ...と、蔑視し嘲笑ってくる兵士達から止められてしまうのだった。 ※小説家になろう様でも掲載しています。

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」 学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。 家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。 しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。 これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。 「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」 王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。 どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。 こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。 一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。 なろう・カクヨムにも投稿

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

処理中です...