上 下
89 / 110

89話「低等級ポーション」

しおりを挟む
「はぁぁぁぁっ!」
 痛み止めを飲んだとはいえ、ソードオブエビルを一振りする度に、腹部の傷が痛む。
「はぁっ……はぁっ……」
 ミズキは痛みを堪えてソードオブエビルを振るうが、当然、痛みを完全に無視することはできない。痛みによって体力の消耗は激しく、動きも鈍くなっている。魔力の方も、消耗が激しい。

「はぁぁぁぁっ!」
 ミズキのソードオブエビルでは、ストーンゴーレムを倒すことは困難だ。しかし、他の二種、ブラッディガーゴイルとリビングデッドを倒すには十分な威力を発揮している。

「たぁっ!」
 ミズキがリビングデッドに一太刀を浴びせ、斬り伏す。

「はぁ……はぁ……リビングデッドは一撃か。なら、ソードオブエビルのままでいいよね……」
 リビングデッドは、とりわけ光属性魔法に弱いが、他の魔法でも普通程度には効果がある。ミズキはふと、光属性魔法のソードオブシャインにしておけばいいかと思ったが、ソードオブエビルによる一撃で十分なら、無理に変える必要も無いだろうとも思い、引き続きソードオブエビルを使うことにした。

「はぁ……はぁ……」
「おーい! 疲れたんだったら無理しなくていいぞー! こっちに来て休めよー!」
「は、はい……!」
 背後のブリーツの声に、ミズキが答える。

「ほっとするホットケーキが作ってあるからなー! いや、そんなのはないかー!」
「?」
「おお、その代わりにこんなんがあるぞ。カビが生えてるが……」
 ブリーツが胸ポケットから取り出したのは、一つの小瓶だ。その中身はブリーツ以外には判別不能だが、カビの生えたジャムが入っている。

「あはは……え、遠慮しときます」
 肉眼では、ブリーツ持っているカビジャムは見えないが、ミズキはなんとなく嫌な予感がしたので、そう返した。

「ミズキは頑張ってるぴょんが……聖なる雷土いかづちの力を以て、よこしまなる者へ裁きを! セイントボルト!」
 ミーナは目の前の光景に絶望している。敵の目の前に居るミズキには、かえって分かり辛いのでミズキは違うかもしれないが、ブリーツも同じことを思っているに違いない。
 敵は、減らないどころか増え続けている。二人のシャイニングビームによってモンスターは削れたが、草原の土に刻まれたウィズグリフは、一、二個しか消えていない。マッドサモナーの強力な力もあるだろうし、ウィズグリフの生産力にも限界があると思ってモンスターを倒し続けてきたが、ウィズグリフからのモンスター生成は今も続いている。
 どのウィズグリフから、どのモンスターが召喚されるのかは、ウィズグリフ自体が草の下に隠れていてはっきりと見えないため判別はできないが、草原に刻まれているウィズグリフ全体から考えても、モンスターが増える速度は、殆ど衰えていない。つまり、ウィズグリフは、まだ、全部、生きていると考察できる。

「くぅー……っ……! 聖なる雷土いかづちの力を以て、よこしまなる者へ裁きを! セイントボルト!」
 それでもミーナはセイントボルトを打ち続ける。ブリーツもミズキも抵抗をやめない。魔力が尽きるまで抵抗を続けて、治療の時間を稼がないといけない。この状況では、モンスター群の最奥にあるウィズグリフには近づけないからだ。
 ミズキは、エミナの方が魔法の威力があり、それに伴ってモンスターの殲滅力も上だということを知っているし、ブリーツも、サフィーの二刀流による殲滅力の凄まじさを知っている。このモンスターの勢いを削ぐには、二人の回復を待つしかないのだ。

 ――三人の健闘により、戦況がまだ辛うじて膠着状態になっている中、一人の悲鳴が草原に響いた。
「……うあっ!」
 その悲鳴はミズキのものだった。
 モンスター群の突出した部分を叩き、一旦距離を取り、再び、突出した部分に攻撃を仕掛ける。そういった繰り返しの中で一瞬の隙を突かれ、ミズキは脇腹に、ブラッディガーゴイルの爪撃を受けることになった。

「あ……ぐぅ……」
 ミズキは、赤く染まった脇腹を押さえながら、すぐに体を反転させて、走って逃げた。

「ぐ……はぁ……はぁ……」
「お疲れさん。傷に障ったみたいだな、これを飲むといい」
「それはいいです! 傷つきし闘士に癒しの光を……トリート!」」
 ブリーツがカビの生えたジャムを差し出したが、ミズキはきっぱりと断って、トリートを傷口に当てた。

「深くはないみたいだぴょんが、元の傷にかかってるぴょんね」
「うん……でも、まだどうにかやってみるよ。魔力が尽きない限りは、こうしていれば対抗できる」
「魔力が尽きない限りがって条件が、もう俺には無理みたいだが……? エクスプロージョンは、打ててあと数発ってところじゃないか、こりゃ」
 ブリーツも、エクスプロージョンを放つ手とは逆方向の手で頭を押さえて、ため息をついた。

「治療はまだぴょんか?」
「そうかんたんに治るはずないよ。二人共、酷い怪我だから」
「まだ時間は、そんなに経ってないぞ。ものすごーく長く感じるのは確かだが。もう三回くらい転生してるんじゃないかってくらいだが……紅蓮の大火炎よ、全てを覆い、燃やし尽くせ……エクスプロージョン!」
 ブリーツの手から、エクスプロージョンが飛ぶ。なけなしの魔力を消費し、あと何発撃てるかも分からない状況に、ブリーツもまた絶望している。

「やばいぞ、魔力がもうスカスカだぞ……うん?」
 ふと、ブリーツは自分の近くに、僅かに湧き出る魔力を感じた。体内に、微小な魔力が入った感覚だ。こんな不思議な事が、何故、起こるのか。ブリーツは疑問に思って、自分の体を見下ろしてみた。

「……お?」
 ブリーツは、自分の顔のすぐ下に、青白く輝く液体を見た。その液体は、瓶に入ってゆらゆらと波打っている。
「ポーション……」
 それは、空中に浮いている以外はいたって普通のポーションだった。

 魔力回復のための薬であるポーションは、密度によって魔力の回復量が変わるため、等級によって品質が区分けされている。このポーションは、色からすると、低い等級のものだろう。
 ポーションは、自然の中で時間をかけて、じっくりと精霊力を染み込ませた密度の高いものから、井戸水に魔力を注ぎ込んだだけの、密度の低いものまで様々で、密度が高い方が品質が高く、高級とされている。当然、密度の高い、高級なポーションの方が、魔力の回復量は多い。
 目の前のポーションは等級こそ低いが、瓶にいっぱいのポーションは、今のブリーツには有り難い。

「飲んでいいのか? 頂きまーす!」
 ブリーツが、ポーションを掴んで、一気に口へと運ぶ。そして、ごくごくとポーションを飲み干そう。そう思った時、ふっと瓶がブリーツの前から姿を消した。いや……瓶はまだ存在しているが、空中をふわふわと漂って、ミーナの方へと向かっていった。

「な、なんじゃありゃ。幽霊でも見てるのか、俺は……」
 あまりにも不可解なポーションの瓶に、ブリーツは目をゴシゴシと擦って改めて凝視したが、相変わらず、ポーションは宙をふらふらと漂っている。

「良かった! やっぱり、ここだったな! 結構ピンチみたいですね! 助太刀しますよ!」
 ブリーツの背後から、どこかで聞き慣れた声が聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

スキルポイントが無限で全振りしても余るため、他に使ってみます

銀狐
ファンタジー
病気で17歳という若さで亡くなってしまった橘 勇輝。 死んだ際に3つの能力を手に入れ、別の世界に行けることになった。 そこで手に入れた能力でスキルポイントを無限にできる。 そのため、いろいろなスキルをカンストさせてみようと思いました。 ※10万文字が超えそうなので、長編にしました。

大聖女と言われ転生しましたが、大きな仕事もせずに第二王子に愛されています。

ファンタジー
本編完結済み・番外編を綴っています。    二十歳で事故死をした杏。  事故の原因はとんでもない事でした。  彼女は神から大聖女の魂を貰い転生をします。  七歳の少女に転生した杏はジュリアンナとなり妖精と友達になります。  目覚めた日にやって来た神に転生の理由を聞き驚くジュリアンナ。今いる聖女の器がが余りにも小さいので陰から助けろって事ですか。  そして妖精だと思っていた友達が実は○○だったり。大聖女の聖獣だったフォルヴァもある理由によってジュリアンナの元に返されます。  成人を翌年に迎える十五才で社交界にデビューをしたジュリアンナ。  アデライト王国の第二王子バージルとの出会いも強烈でついていけません。  救世主とて転生したにもかからず国にかかわる大事も起きない。  大聖女の力を持て余しておりますが、時々起こる事件に関与しながら転生先でゆるーく楽しく暮らすジュリアンナ。  グイグイ迫ることが出来ないバージルが徐々にジュリアンナとの距離を縮めていくのを見守る側近のダニエル。  バージルに溺愛されてこそばゆいながらも心が惹かれていくジュリアンナ。  時々大聖女のお仕事とラブコメ?の物語。 ※小説家になろうでも投稿した作品を加筆修正しながらこちらに投稿させて頂きます。特にバージル目線を多く入れました。

滅びる異世界に転生したけど、幼女は楽しく旅をする!

白夢
ファンタジー
 何もしないでいいから、世界の終わりを見届けてほしい。  そう言われて、異世界に転生することになった。  でも、どうせ転生したなら、この異世界が滅びる前に観光しよう。  どうせ滅びる世界なら、思いっきり楽しもう。  だからわたしは旅に出た。  これは一人の幼女と小さな幻獣の、  世界なんて救わないつもりの放浪記。 〜〜〜  ご訪問ありがとうございます。    可愛い女の子が頼れる相棒と美しい世界で旅をする、幸せなファンタジーを目指しました。    ファンタジー小説大賞エントリー作品です。気に入っていただけましたら、ぜひご投票をお願いします。  お気に入り、ご感想、応援などいただければ、とても喜びます。よろしくお願いします! 23/01/08 表紙画像を変更しました

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

処理中です...