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86話「重症のミズキ」

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「ゼェ……ゼェ……」
「ミズキちゃん頑張って!」
 息を荒くして、苦痛に顔を歪ませるミズキに、エミナは絶えず、声をかけ続けている。

「ほ、本当に大丈夫ぴょんか?」
 ミーナが心配そうに、エミナの方を向いた。
「うん……こうやって三人の魔法で治療していれば、町までは持たせることが出来る筈……」
 ミズキの腹部は、相変わらず深く切り裂かれていた。傷は内臓にまで達していて、三人分の魔法が無ければ、今頃は死んでいただろう。

 正気を取り戻したエミナがライトニングフラッシュでコーチを呼んだ後、エミナとミーナは二人でミズキをコーチへと運び、ミズキをコーチに乗せるとコーチをレーヴェハイムへと走らせた。そして、その車中で、ミズキ自身を含む三人の魔法でミズキの治療を始めた。ミズキには辛いことだが、レーヴェハイムに着くまで、ミズキ自身三人で回復魔法や体力増強魔法をかけ続ければ、十分に命は助かる。そう思ってエミナは、ミーナとミズキに協力を頼んだのだ。

「うぐ……ゼェ……ゼェ……」
 血が流れ出すにつれて、意識を保つのが難しくなっていき、コーチが揺れる度に痛みが走る。それでもミズキは、必死に意識を繋ぎ止め、自らの腹部にトリートをかけ続けた。レーヴェハイムまで行けば、外科手術の出来るヘーア先生も居る。それまで耐えないといけないからだ。

「ゼェ……ゼェ……」
 エミナによって壊され、屋根の無くなったコーチの中で、ミズキは自分の腹部にトリートをかけながら、じっと空を見ている。いや、痛みで体を動かせないので、仰向けになって空を見続けるしかないだけだ。
 こうやって空を眺めていると、さっきまでの激戦が嘘のように思える。雲はぷかぷかと浮かんでいて、空の水色は透き通って綺麗 だ――。

「――……」
「ミズキちゃん!」
「う……あ……」
「勇猛なる戦士よ、仮初めの休息により、再びその精神と肉体を動かさん……ナームリカバー!」
 ミズキの意識が途切れそうなことを感じ取って、エミナはすぐさまナームリカバーを使った。体力を増強しているとはいえ、時折、こうやって意識が無くなりそうな時がある。そのため、エミナは疲れを麻痺させる魔法、ナームリカバーを用いて意識をとどまらせている。

「あ……ゼェ……ゼェ……エミナさん、ありがとう……」
「ううん、頑張ってね、ミズキちゃん」
「うん……」

 疲労を感じさせないという効果は、疲れが癒されたと脳を勘違いさせる魔法だ睡眠導入効果を与えることもできるが、この場合は違う。今のミズキのように、体力を使い果たして気絶するくらいの状態だと、逆にまだ体力がある状態なのだと脳が錯覚し、意識を辛うじて維持することができる。
 とはいえ、体力は実際には削られているので、ナームリカバーは諸刃の剣だ。いつ、本当に体力がひと欠片も無くなり、命が尽きるかは分からない。しかし、この場合は、ミズキ自身が魔法を使えないと、ミズキ自身の命が危ないのでナームリカバーを使っている。
 こういた場合には、体に刺激を与えて意識をはっきりとさせる魔法「アローズ」を使う場合が多いが、エミナはナームリカバーの方を使った。瀕死の人間に使うには、アローズによる気付けは刺激が強く、余計に体力の消費を速めてしまう危険があったからだ。

「くそー、ミーナちゃんもエミナみたいに色々と使えたら……」
「トリートだけでも助かるよ、ミーナ。ミーナちゃんとミズキちゃんの回復が無かったら、命を取り留めておくことは出来ないだろうから」
「そうぴょんか……早くレーヴェハイムに……」
「うん……んっ!?」
「ぐっ……!」
 突然、コーチが止まった。コーチは急には停車しなかったものの、衝撃は走っている時よりも強い。ミズキは腹部に強烈な痛みを感じ、思わず唸った。

「マミルトンさん、何が……!?」
 馬車が止まった。なるべく早くレーヴェハイムに戻らないといけない今、馬車が止まるということは、それ以上に急を要するような事態が発生したということだ。エミナはそれをいち早く察し、青ざめた顔をして馬車から身を乗り出した。
「ええ……?」
 エミナは目を疑った。そして、それと同時に目から涙も溢れてきた。
 コーチの前方にあるのは、見知らぬ馬車に、見知らぬ御者。そして、レーヴェハイムで一番の医師、ヘーアだった。





「ふーむ……危険な状態じゃが、幸い、針と糸はある。痛み止めもたっぷりある」
 コーチに乗り込んだヘーアが、ミズキの腹部の傷をまじまじと見ながら木のトレーをバッグから取り出して傍らに置き、そこへ、同じくバッグから取り出した針と糸、痛み止めを置いた。

「傷はだいぶ塞がっているようじゃな、バトルドレスの裂かれた部分と比較しても、肌の見える部分が多くなっておる」
「なんとか、魔法だけで治療はしたんですけど……」
 エミナが心配そうにヘーアに答える。
「ふむふむ、出血が酷いのが問題じゃが、まあ、やれるだけのことはやってみよう。エミナや、いつも通り、サポートをお願いできるかな?」
「はい」
「それとな、例の騎士さんじゃがな」
「例の……」
「アークスとやらじゃ。それと、他にも外の世界から騎士様が来てな」
 ヘーアが針と糸で素早く内臓の避けている部分を縫い合わせながら、喋る。

「え……また来んですか」
「ア、アークス以外にも来たぴょんか!?」
「ああ。二人来てね、それぞれ同じ紋章を鎧やローブに付けていたので、同じ所属の者だろう」
「フレアグリットの騎士が二人ぴょんか……」
「マッドサモナーが魔法を使えるのなら、騎士に化けている可能性もあるけど……」
 エミナは、ヘーアの治療をアシストしながらも、新たに来たという二人の騎士の事について、頭を働かせた。

「いやぁ、彼らはマッドサモナーではないと思うんじゃがな……おお、この馬車の御者、ダーブと言ったかな、彼も騎士団の一員じゃったな」
「じゃあ、この馬車も騎士団のものなんですね。外の世界といっても、こっちの世界と大して変わらないものなのね」
「そうじゃな。で、ここからが重要なんじゃが、この馬車には騎士二人、それにアークスが、ついさっきまで乗っていたんじゃよ」
「えっ!?」
 エミナが思わず声を出す。ついさっきまで騎士が三人乗っていたということは、この馬車に何かがあったということだろうか。それとも無事に、どこかへ送り届けたということだろうか。どちらにせよ、詳しく聞く必要がありそうだ。

「ああ、これこれ、その部分をしっかり押さえておいてもらわないと、上手く縫えんぞ」
 取り乱して、思わず手をふらつかせてしまったエミナを、ヘーアが注意する。

「あ、す、すいません……でも、何でその騎士さん三人は居なくなったんですか?」
「襲われたのじゃ、マッドサモナーに」
「はっ……!」
 エミナは察した。こちらと同じように、騎士達もマッドサモナーに襲われたに違いない。

「この馬車だけは、命からがら逃げてきたのじゃが……草原には大量にモンスターがおってな、騎士達も、そう長くは持たんじゃろうなぁ……」
「えっ、ちょ、ちょっと、じゃあアークスは……! アークスは怪我をしてるぴょんよ!」
「無論、分かっておる。そのために、こうして救急バッグ付きで、儂も同行したんじゃからな」

「助けに行かないと!」
「そうだぴょん!」
「それも分かっておる。御者のダーブ君は、その場所に戻るように走らせているよ。しかし、君らも中々、ボロボロな状態じゃないかね、そこが心配じゃ」
「ボロボロでも、やるしかないです」
「そうだぴょん! ミーナちゃんだって、まだまだ戦えるぴょんよ!」
「ぼ……僕も……」
「ミズキちゃん……ミズキちゃんは無理だよ……!」
「いや……ちょっと意識がはっきりしてきたし……大丈夫……」
「でも……」
「ふむ……そういうことなら、今は一人でも戦力が欲しい所じゃろうし、儂も最善を尽くそうかのう。ただし、傷が開くような激しい動きはしないことじゃぞ?」
「はい、分かりました」

 馬車が目的地に着くと、そこにはモンスターの群れがたむろしていた。ミズキ、エミナ、ミーナの三人は、急いで馬車から飛び降りたが、余りのモンスターの数に、騎士達の姿を確認することはできなかった。
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