上 下
83 / 110

83話「モンスター軍団の猛攻」

しおりを挟む
「くっ……」
 アークスが振り返り、馬車を見る。まだ馬車の所にはモンスター群は辿り着いていないが、アークス達三人が、モンスター群よりも先に辿り着けるとは思えない。

「サフィー、このままじゃ馬車が……!」
「ええ、それは分かってるけど……どうする……?」
 サフィーの顔が曇る。おびただしい数のモンスター達に囲まれたサフィー達三人は、このままでは何分も持ちこたえられないだろう。このままでは、大量のモンスター達に、更に厚く囲まれて、四方八方からの攻撃に晒されることになるからだ。そうなれば三人共、モンスターの大群による圧倒的な攻勢の前に、なす術も無くやられるしかない。
 そうならないためには、ひとまず馬車に戻ってモンスターとの距離を取り、体制を整えないといけない。
 しかし、馬車がそのままの所に留まっていたら、三人よりも先に、モンスターが馬車へと辿り着くことになってしまうだろう。

 馬車に残されているのは二人、レーヴェハイムの医師ヘーアと、騎士団所属の御者ダーブだ。彼らは戦闘できない。ヘーアは医師で、歳も取っているので戦闘能力は皆無だし、ダーブの方も、最低限の訓練を受けているものの、自分の身を守れる程度の装備と技術しか持ち合わせていない。一部の特殊な経歴を持つ、熟練した御者なら、その限りではないのだがダーブはそうではない。アークス、ブリーツ、サフィーの三人よりも戦場での経験は豊富だが、戦士としては熟練しているとは言い難い。馬の飼育や操車技術等を主に学んでいるし、実戦でも主に御者としての役割を担っているからだ。
 そのため、三人が付く前に馬車が襲われたら、馬車が危うくなる。いや……ぎりぎり馬車に辿り着いたとしても、モンスターの数が多過ぎる。馬車を守り切れずに、馬車もろとも一網打尽にされてしまうだろう。

 サフィー達が馬車で逃げるには、絶望的な状況だ。この状況下で馬車の元へは素早く戻るなんてことは不可能だ。サフィーが歯を食いしばる。非戦闘員の乗っている馬車を守るにしても、敵の攻撃が激し過ぎる。サフィー達も健闘はしているし、馬車もそれほど遠くにあるというわけではない。しかし、それだけに、圧倒的なモンスターの勢いは、すぐさま馬車を捉えてしまうだろう。これ以上、馬車を待機させておくわけにはいかない。

「く……仕方ないわよね……このまま全滅するのなら……ダーブ!」
 サフィーがブラッディガーゴイルの一体を斜めに両断しながら、馬車の方を向いて叫んだ。ダーブが鞭を高く掲げて、聞こえていると合図する。

「ダーブ! 先に馬車を逃がして!」
 サフィーが更に叫ぶと、ダーブは鞭を横に振って、了解だと合図をした。その後ダーブは、馬をモンスターが手薄な方に方向転換させ、馬を走らせた。
 サフィーは、迫りくるモンスターを、どうにか処理しながら、馬車がどんどんと離れていく様子を見守った。

「……ごめんね、アークス、ブリーツ」
「俺、賛成した覚えはないんだけど」
「この方法しかなかったでしょ! 男なら腹を決めなさいよ!」
「そんなー……」

「ははは、ブリーツは冗談を言ってるんだよね、サフィー。僕も……いいよ。これからは、馬車が無事に逃げられるように戦わないとだね」
「ごめん、私がもっと強かったら……」
 戦士である私が強ければ、手負いのアークスや魔法使いのブリーツを守りながら馬車に付けたかもしれない。サフィーはそう思うと、剣を握る手に、自然と力が入った。

「そんなの、僕だって同じだよ。僕がもっと強ければ、こんなことにはならなかった」
「お互いさま……なのかしら。でも……」
「悔やむのは、負けてからにしよう。今は、出来る限り抵抗しなきゃ!」
「望みはある……とも思えないけどね……」

「てか絶望しかねーぞ!」
「ちょっと! ブリーツはヤジみたいなの言わないでよ!」
「だってさー……紅蓮の大火炎よ、全てを覆い、燃やし尽くせ……エクスプロージョン!」
 ブリーツが、口を尖らせながらエクスプロージョンを唱えた。

「これだって、結構魔力消費激しいんだぜ。あんないっぱいのストーンゴーレムとか、無理だっつの!」
「こっちだって、こんなに大量のブラッディガーゴイルとリビングデッドなんて裁ききれないわよ!」
「やっぱり無茶だよね……でも……後はきっと、ミーナ達がやってくれるから……!」

「おお……彼女らがまだ生きてると思っているのですか、貴方達は」
「その声……!」
 サフィーには、その声は聞き覚えがあった。忘れもしない、ホーレ事件の発端。ホーレでリビングデッドを退治していた時だ。リビングデッドから、この声が聞こえてきた。
 その時は誰の声だか分からなかったが……今、再びこの声が聞こえてきたという事は……。
「マッドサモナー!」
 サフィーの頭に血がのぼる。この甲高い中年女性の声が、実に気に障るのだ。

「あらあら……不本意な言われ方をしたものです。私、二つの町を滅ぼした実力者ですよ?」
「マッドサモナー……ようやく見つけたのに……」
 サフィーは自分に群がるリビングデッドやブラッディガーゴイルを次々と切り裂いていく。だが、魔女に化けていたのが、ホーレで会ったマッドサモナーと同一人物だと分かった今、マッドサモナーに一撃を浴びせることに欲求が働いてしまう。
「く……今は……でも……」
 このまま抵抗したところで、やられるのは時間の問題だ。ならば、マッドサモナーに一撃でも与えてから死にたいものだが……。

「く……マッドサモナー……何で……」
 息が早くも上がる。動く度に傷がずきりと痛む。痛みはアークスが剣を一振りする度に、少しずつ悪化しているようだ。痛み止めの効果が薄れてきたのか、それとも傷が更に悪化しているのか……どちらにせよ、この状況を切り抜けることは不可能だろう。だったら、傷の事なんて気にする必要は無い。
 ただでさえ、同じ戦士のサフィーとは力や体力の差が大きいのに、傷のおかげで動きも鈍いし、体力の消耗も激しくなっている。これ以上、動きが鈍くなったら……いや、すでに足手纏いかもしれない。

「くっ……」
 アークスの頬を、リビングデッドの斧がかすめる。

「はぁぁぁ!」
 頬に、ごく浅い傷をつけられただけで済んだアークスは、片足をリビングデッドの方へと踏み出して、リビングデッドとの距離を更に縮め、アームズグリッターをかけられた剣で袈裟懸けに斬った。

「はぁ……はぁ……」
 リビングデッドは両断されたが、逆に考えれば、そうまでしないとアークスには一撃で倒せないという事だ。モンスターが加速度的に増えていき、恐ろしい勢いで包囲されていく現状、アークスはあまりに無力だ。いや……この三人、全員の力を合わせても、じりじりと後へ下がりながら、自分に迫るモンスターだけに対処していくだけで精一杯な状態だ。

「うあっ!」
 サフィーの肩に、リビングデッドの斧が深く食い込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

装備製作系チートで異世界を自由に生きていきます

tera
ファンタジー
※まだまだまだまだ更新継続中! ※書籍の詳細はteraのツイッターまで!@tera_father ※第1巻〜7巻まで好評発売中!コミックス1巻も発売中! ※書影など、公開中! ある日、秋野冬至は異世界召喚に巻き込まれてしまった。 勇者召喚に巻き込まれた結果、チートの恩恵は無しだった。 スキルも何もない秋野冬至は一般人として生きていくことになる。 途方に暮れていた秋野冬至だが、手に持っていたアイテムの詳細が見えたり、インベントリが使えたりすることに気づく。 なんと、召喚前にやっていたゲームシステムをそっくりそのまま持っていたのだった。 その世界で秋野冬至にだけドロップアイテムとして誰かが倒した魔物の素材が拾え、お金も拾え、さらに秋野冬至だけが自由に装備を強化したり、錬金したり、ゲームのいいとこ取りみたいな事をできてしまう。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

滅びる異世界に転生したけど、幼女は楽しく旅をする!

白夢
ファンタジー
 何もしないでいいから、世界の終わりを見届けてほしい。  そう言われて、異世界に転生することになった。  でも、どうせ転生したなら、この異世界が滅びる前に観光しよう。  どうせ滅びる世界なら、思いっきり楽しもう。  だからわたしは旅に出た。  これは一人の幼女と小さな幻獣の、  世界なんて救わないつもりの放浪記。 〜〜〜  ご訪問ありがとうございます。    可愛い女の子が頼れる相棒と美しい世界で旅をする、幸せなファンタジーを目指しました。    ファンタジー小説大賞エントリー作品です。気に入っていただけましたら、ぜひご投票をお願いします。  お気に入り、ご感想、応援などいただければ、とても喜びます。よろしくお願いします! 23/01/08 表紙画像を変更しました

妹の結婚を邪魔するために姉は婚約破棄される

こうやさい
ファンタジー
 お姉ちゃんは妹が大好きですよ。  今更ですが妹の出番がほとんどなかったためタイトルを変更しました。  旧題『婚約破棄された姉と姉に結婚を邪魔された妹』  元は『我が罪への供物』内の一話だったんだけど、アレンジしたらどうなるかなとやってみた。それとカテゴリから内容は察してください(おい)。元の方も近いうちに出します。『我が罪~』はなかなか出すタイミングがとれないからちょうどよかった。  そういう理由なので互い同士がネタバレと言えなくもないですから、細切れで短いシロモノなのにあれですがあまり需要がないようなら中断して向こうを優先する予定です。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。

処理中です...