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63話「勇者と言われた存在」

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 別に、直也を信用していないからじゃない。これは、秘密を打ち明けてくれた礼子さんに対する、私の人間としての礼儀。

 それにしても、直也って、お魚、綺麗に食べるよねぇ。

 と、焼きサンマ定食のサンマを、まるで作法でも会得しているのかと思うほど綺麗に食べる様子に見ほれていると、不意に直也が視線を上げた。

「あ、そうだ」
「え?」

 メガネの奥の黒い瞳は、心の中を見透かされそうで、意味もなくどぎまぎしてしまう。

 なんだろう、この感じ。
 一番近いのはそう、『後ろめたさ』。

 なにが、後ろめたいの?

 別に、後ろめたくなるようなことなんか、してないのに。

「肝心な用件を忘れていた。亜弓、今度の週末、時間あいてるか?」
「え? ああ、今週末は実家に帰る予定なんだけど……、何か、用事があったの?」
「そうか、実家に……。じゃあ、仕方ないな。今度にするよ」

 そう言って、少し肩をすくめると、直也は又食事を再開した。

 これは、何か用事があった様子だ。

「え、なに、何? 気になるなぁ、言ってよ」
「ああ。ちょっと、家の両親が、会いたいっていうもんだから」

 ――はい!?

「ご……両親って、直也のご両親!?」

 思わずすっとんきょうな声が出てしまい、周囲の視線が集まってしまった。でも直也は気にする様子もなく、たくあんをポリポリとかじりながら頷く。

「そう。でも用事があるんだから、又今度で良いよ」

 こ、これは、行くべきか?

 行くべきなんだろうなぁ。

 プロポーズしてきた相手のご両親が『会いたい』って言ってるんだから、プロポーズされた側としては、馳せ参じてしかるべきよね。

 実家に帰るといっても、同じ県内だから、無理すればなんとか往復できるんだけど。でも……。

 迷ったのは、ほんの少し。
 正直言うと、今は陽花はるかの病状の方が心配だった。

 それに、もしも今直也のご両親に会っったとしても、きっと陽花のことが気になって、何か失敗をやらかすかもしれない。そんな変な自信がある。直也のご両親に会うなら、万全の気持ちで望みたい。

 だから、申し訳ないけど、今回は見送らせてもらおう。

「ごめんね。田舎のいとこから、高校の時の共通の友達が病気で入院したって連絡がって、そのいとこと一緒に、お見舞いに行くことにしたんだ。私だけなら、なんとでも融通きくんだけど……」
「そうか、友達が……。それは心配だな」
「本当に、ごめんね……」
「気にするなって。俺の方はいつでも大丈夫だから、あせることはないよ」
「うん……」

 嘘は、言ってない。

 なのに、心配げな眼差しを向けてくる直也に対して、やっぱり私は、心の何処かで『後ろめたさ』を感じていた。


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