上 下
58 / 110

58話「ルミナグラス」

しおりを挟む
「さてと……んじゃ、俺はこの辺りから探しましょうかね」
 ブリーツは、まずは手近なタンスの引き出しを、上から探索し始めた。

「んー……あのねーちゃん、見かけによらずファンシーなのかもしれんな……」
 真っ先に開けた一番上の引き出しには、可愛いぬいぐるみや、煌びやかなアクセサリー……といっても、ガラスや、あまり価値の無さそうな、低品質の宝石で作られたものばかりだ。
「なんか、女の子の引き出しって感じの引き出しだなー、ちょっと恥ずかしくなるぜ……お?」
 ブリーツは、引き出しの隅っこにあるルミナグラスを見つけた。

「ルミナグラスじゃねーか」
 ブリーツがルミナグラスを手に取った。ルミナグラスとは、覗き込んだ人に映像を見せる魔法雑貨だ。手のひらサイズの筒に、色々な色のガラス片や粉を入れ、簡単なウィズグリフを刻む。すると、それらが動き、光る。それによって、筒の中には映像が映し出されるという仕組みになっている。

「え、ルミナグラス? 何が写ってるの、それに。何か、マッドサモナーに関することじゃないの?」
 ブリーツの声を聞いたサフィーが、ブリーツに寄ってくる。
「何が見えたの?」
「いや、まだ見てねーよ。そう急ぐなって。えーと……どれどれ……」
 ブリーツがルミナグラスを覗き込んだ。
「うおっ……こ、これは……」
 ブリーツの顔に緊張が走る。
「何? マッドサモナーの証拠ね! やっぱり魔女がマッドサモナーなのね!?」

「あー……いや、多分、違うんじゃねーかなー、これは……」
「ええ? ちょっと、私にも見せなさいよ!」
 サフィーはブリーツからルミナグラスを奪い取ると、それを覗き込んだ。
「これは……」

 初めに見えたのは巨大な熊だ。普通の熊ではなく、極端にデフォルメされて可愛らしいキャラクターにアレンジされた熊だ。その熊が、見かけ通りの愛らしい仕草で動き始めたと思ったら、今度は上から何かが降ってきた。白くて丸いボール……いや、柔らかそうな毛に覆われた、白い毛玉のようだ。
 白い毛玉は下の方でバウンドした。そして、くるりと半回転すると、つぶらな黒い瞳が二つ、モフモフの毛の中から姿を覗かせた。
 毛玉の生き物は、画面狭しと薄ピンク色の空間を縦横無尽に飛び回っている。

「か……かわいい……!」
 サフィーが思わず呟く。
「え、何だって?」
「な、何でもない! 多分、これ、違うから! 手掛かりは別にあるはずよ!」
「ん、そうか……あのさ、サフィー、なんか赤くないか?」
 サフィーの顔が、少し熱を帯びているようだ。ブリーツはそれを見て気になったので聞いてみた。
「なっ……! 余計なお世話よ! ブリーツこそ、お喋りしてないで手を動かしなさいよ、手を!」
 サフィーはブリーツに怒号を浴びせ、反対側の壁際にあるクローゼットを探し始めた。

「……なんだよ、別に手は泊めてなかっただろー、理不尽だなぁー」
 ブリーツの方も、一言愚痴を言いながら、一段下の引き出しを開けた。
「意外と綺麗になってるんだよな、整理されてるっていうのかなぁ」
 二段目には筆記用具が一式収まっている。インクやペン、それに、大小様々な紙が置いてある。引き出しの隅には何冊かの小さな本も置かれている。何かに使う飼料だろうか。

「本当に整理されてるのかしらね。見てよ、このクローゼット。虫が食って穴の開いた洋服ばっかりだわ。あのボロボロになったバトルドレス、殆どあれが一張羅よ。しかも、ブリーツの魔法で焼かれなくっても、前からヨレヨレだったやつよ」
「マジかー、なんか悪いことしちゃったかなぁ」
「いい気味よ。いつも騎士団を顎で使ってたバチが当たったのよ。それに、マッドサモナーと繋がってることは分かったんだし、もっと追い詰めてやらないとね。それにしてもブリーツ……あ……いえ……」
「ん? 何だよ、下着とか、使用済みの食器とかは探してないぞ。真面目にやってるんだぞ」

「違うわよ、また言わんでいいことをぺちゃくちゃと……でも……ブリーツ、ナイスフォローだったわ。助かった」
 サフィーが、照れくさそうに言った。

「ああ? ああ……そりゃ……どうも」
 ブリーツはサフィーにいきなり艶っぽい声でダイレクトに褒められたものだから、少し狼狽えた。

「ふふっ……」
 サフィーが吹き出し笑いをした。

「え? 何?」
「いえ……褒めると戸惑うんだなって。あんた、意外とかわいい所、あるのね」
「いやいや、かわいさじゃサフィー様には負けますよ。あの真っピンクな……ああ、さっさと探さないと、魔女が戻ってきちまうかもしれんぜ! ほら、サフィーも手伝って!」
「ちょっと、何て言おうと……あ! 私の勝負下着!」
 サフィーの脳裏に、フリフリでピンク色の勝負下着の形が鮮明に浮かんだ。その途端、サフィーの顔に、いつにも増して鬼の形相が浮かぶ。

「な、何のことかなぁぁ? ……おっ、手掛かり、あったぞ!」
「サイテー! 誤魔化すな!」
「いや、本当だよ! ほら!」
「なーにが本当よ! 大体……えっ……」
 ブリーツが付きだした小瓶には、ハエが入っていた。生きた状態のだ。
「な?」
 ハエも当然、ただのハエではない。頭が巨大で、体にも毒が入っているであろう、改造バエだ。
「魔女……許さない……!」
 改造バエ。あの老人の館にあった、忌まわしきものが、魔女の住処にも存在していた。しかもそれは瓶の中を元気に飛び回っている。完全に生きている状態だ。

「これって、魔女が改造バエを作ってたって事かしら?」
 ブリーツは、サフィーの声が、少し震えているのに気付いた。魔女のやったことを腹に据えかねているのだろう。
「うーん……それはなんとも言えないんじゃないか?」
「そうね……でも、魔女が何かしらホーレ事件に関わっているのは確かよ!」
 サフィーの語気が強い。相変わらず気が立っている様子だ。

「そうかぁ? 他にもなんか色々あるぞ?」
 ブリーツが、改造バエの入っていた引き出しの中から、大小様々な瓶を取り出した。羽が透き通っている蝶や、真っ赤で普通の三倍くらい大きなアリ等、様々な虫が収納されている。

「うおっ、これ何て派手だなぁ」
「ひっ! よしなさいよ!」
 ブリーツがサフィーの方へ突き出した大き目の瓶に入っているのは、間接毎に色の違う、カラフルなムカデだ。しかもそこそこ大きい。

「まったく、気色悪いたらないわ……老人の館もこんな感じだったわよ。変な生き物が瓶に入って、いっぱいあったわ。老人の方は科学的な感じだけど、こっちだって分かりゃしないわよ。魔女は魔法の達人。だったら、こんな合成くらい朝飯前のはずだから。魔女とあの老人、改造バエを作ってたのはどっちなのかしら……」
「さあなぁ……魔女だったら、これまで騎士団へ依頼したのって、改造バエを作る為だったのかなぁ?」
「そうだとしたら、屈辱ね。今だって……はっ!」
「お、どうした?」
「アークスが危ない! アークスは魔女の依頼で動いてたのよ!」
 サフィーの背筋が凍る。

「ええ? でも、今までだって大丈夫だったし……」
「今は違うわ! だって、魔女の正体がバレたんですもの。だったら、今、依頼を受けてるアークスにちょっかいを出すに違いないわ!」
「ん……そうか……じゃあ、俺が城にこのことを報告しに行くから……」
「いえ、人になるのはまずいわ。私達だって、真っ先に魔女に狙われる対象のはずだから。慎重に、でもできるだけ急いで城に戻って、馬車でアークスの後を追いましょう!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

加工を極めし転生者、チート化した幼女たちとの自由気ままな冒険ライフ

犬社護
ファンタジー
交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。 僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。 僕の夢……どこいった?

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

ボッチの少女は、精霊の加護をもらいました

星名 七緒
ファンタジー
身寄りのない少女が、異世界に飛ばされてしまいます。異世界でいろいろな人と出会い、料理を通して交流していくお話です。異世界で幸せを探して、がんばって生きていきます。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

処理中です...