上 下
51 / 110

51話「リーゼ」

しおりを挟む
 多種多様な動物、大小様々な木や草が、伸び伸びと息づいている広大な草原。そんな草原を、馬車が優に四台は横に並べるくらいに広い道が貫いている。
 その道は、初めは誰かが一本の草を踏んだことから始まった。その後、周りに集落が出来るにつれて、そこは重大な意味を持つことになった。
 時が経つにつれて、地肌は削られ、道を遮る木は切り倒されていった。広いといっても、大草原の中の一本の道に過ぎない道だが、生態系にも少しは影響を与えた事だろう。
 そんな道には、今では、道の途中、所々にポツポツと、食料や生活用品、飼料等、便利な品物を取り扱っている店も建った。
 草を踏み固めただけの道は舗装され、草を抜いたりの手入れも頻繁にされて、一貫して硬く乾いた土が続く、通行し易い立派な道となった。
 サウスゴールドラッシュ。歴史の中で、交易における重要なルートとして、様々な取引の大動脈となった道を、人はいつからか、そう呼ぶようになった。

 そんなサウスゴールドラッシュを歩くリーゼの、更にその中で、両手に水色の水晶のような物体、リーゼの操作装置を握っているのがアークスだ。アークスとミーナは、魔法によって駆動する人型の巨大兵器「リーゼ」に乗って、サウスゴールドラッシュを進んでいる。

「なんだろうねぇ、最初はどうなることかと思ったけど、なんか穏やかな任務になっちゃったなぁ」
 アークスは、大きな欠伸を一回した。リーゼのコックピットの中に居るとはいえ、リーゼに仕掛けられている魔法効果によって、五感は強化されている。外から小鳥のさえずりは聞こえ、リーゼの隙間からの風も、そよそよと気持ちがいい。
 リーゼの中は、横に長い顔の上部。普通の人間の、丁度目の部分にあたる場所に、横長の覗き穴があるだけだが、外からは、お日様の日差しが降り注いでいて、ポカポカと気持ちよさそうだ。

「いやいや、これからだぴょんよ。アークスは油断するから気を付けた方がいいぴょん」
「え……」
「なに、もう忘れたのかぴょん。モーチョの時、死にかけたぴょんでしょ」
「あ……あれは……確かに……」
 アークスが脇腹をさする。今でも少し違和感を感じるが、魔女の治療後も、ちゃんと王立の医師に検査を受けたが問題無かった。違和感は気のせいなのだろう。

 それにしても、こんな穏やかな場所で、空間のねじれなんて起こっているのだろうか。アークスの頭には、別の任務が浮かぶ。
 みんな、ホーレ事件で右往左往しているに違いない。ホーレ事件は、町が一つ滅びる危険と隣り合わせなのだ。僕はというと、このままでは、結局、いつもの魔女の任務みたいに、退屈な時を過ごして終了してしまうかもしれない。こんな任務をしていていいのだろうか。アークスの頭にもやがかかる。

 アークスは、魔女からの依頼を受け、リーゼを調達して、サウスゴールドラッシュへと出発した。サウスゴールドラッシュ近辺の町へと到着した後は、日が暮れるまで町の人から話を聞いたが、魔女が語っていた以上の情報は得られなかった。
 なので、一泊した後で、とにかくサウスゴールドラッシュをウロウロとしてみようと繰り出したわけだが、予想以上に穏やかな時を過ごしているので、なんだか不安だったり、申しわけなかったりといった感情が浮かんでくるのだ。

「……あれ?」
 レーダーに反応があった。魔法を帯びた硝子板に移っているのは一機だ。
「どうしたぴょん?」
 アークスの様子を察したのか、外でリーゼの手の平に乗っているミーナが、アークスに声をかける。
「いや……レーダーに反応があったんだ」
「ええ!? 異世界の機体ぴょんか?」
「異世界って……」
 漫画等でしか聞き慣れない響きだが、時空の歪みの向こう側から来た機体なら、確かに異世界の機体と言える。

「いや……多分、民間機だと思うけど……」
 異世界の機体がどんなものかは分からない。それどころか存在するのかもわからないが、この世界の識別コードなんて登録している筈も無いだろうから、所属不明機として緑の反応をするだろう。しかし、この機体は黄色だ。
「中立だから、個人所有のじゃない? 裕福な商人さんなんだよ」
 ここはサウスゴールドラッシュだ。富豪が居たところで、珍しい話ではない。

「そうぴょんか……ああ、本当だぴょん」
「ね?」
 ミーナと同時に、アークスも遠くに普通に歩いているリーゼを発見した。二人が納得したのは、そのリーゼの色からだった。全体を金色に包まれたリーゼは、誰がどう見ても、富豪の乗る姿を思い浮かべるだろう。

「うーむ、なんか異常なカラーリングだぴょんね」
「いや、結構、あるらしいよ」
「そうなんだぴょんか」
「うん……」
 いくら富豪とはいえ、全部を金で作ったリーゼなんて聞いたことが無いので、恐らくは金メッキだろう。なので、それほどお金はかかっていなそうだが、注目点は精神的な方だ。リーゼのカラーリングをいじって楽しむというのは、リーゼを個人所有で楽しむ際の、一つの楽しみになっているが、中でも金色は人気なのそうだ。それが富豪ゆえなのかどうかは、はっきりとは分からないが、とにかく、富豪が全体を金に塗ったリーゼで外を歩くということは、それほど珍しいことではないのだ。

「んー……お金持ちの考えることは分からんぴょんね……」
「そうだね」
 アークスは、レーダーを見て、通り過ぎる中立の表示を見送った。

「あの……魔女さんもさ、結構お金持ちだよね」
「ああ、あの部屋ぴょんね」
「何でお金稼いでるの?」
「うん?」
「いや……話せないならいいけど……」
 アークスは、なんだか聞いてはいけない事を聞いたのかと思って、急いで付け足した。

「んー……実はミーナちゃんも、その辺り良く分からないぴょん。聞いたこともないし、お師匠様から離す事なんて無いぴょんし……ああ、でも……」
 ミーナはなにやら考えている様子で少し沈黙した。
 近づいてきていた馬車が、アークスのリーゼを通り過ぎた時、ミーナは口を開いた。
「うん……ほら、お師匠様、新種とか言ってたぴょん」
「言ってたね。最近は新種が沢山発見されてて、それがミーナの言う異世界から、こっちの世界へ来ているかもしれないって」
 新種が沢山発見される理由を探れば、時空が歪んでる証拠も自然と掴める。このサウスゴールドラッシュを探しても何も無ければ、そっちからアプローチするのもありだろう。

「そうそう。その新種なんだぴょんが、あの二つの瓶だけじゃなくて、何やら大量に狩ってるっぽいんだぴょん」
「ええ? 新種をかい?」
「ああ……新種かどうかは分からないんだぴょんが、毎日、結構頻繁に見るんだぴょんよねー。コレクションか何かだぴょんかねー、それも良く分かんないんだぴょんが、結構毎回違ったのを、籠とか瓶とかで持ち歩いてる姿を見ているぴょん。毎日毎日飽きないなーとか思ってたぴょんが、よくよく考えると、あれを売りに出してたりして……」
「ああ……そういう資金調達方法はあるかもね、なるほど、色々とあるんだろうなぁ」
 アークスとミーナは、いつしか魔女について語り始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

乙女ゲームのサポートキャラなのになぜか攻略対象者とRPGシナリオ攻略しています⁉

朝陽天満
ファンタジー
乙女ゲームのサポートキャラに転生した私。シナリオ通りの学園に入学したけれど、ヒロインちゃんからは距離を置いている。サポキャラじゃなくて単なるモブとして平穏に学園生活を送るはずが、どうして私が前世やり込んでいたRPGの世界設定が出てくるの……? ここって乙女ゲームだよね⁉ 攻略対象者いるよね⁉ 何で攻略対象者が勇者になってるの⁉ 勇者設定はRPGの方で乙女ゲームには出てこないよね! それに平民枠の攻略対象者がRPGのラスボスなんだけど!色々混じってておかしい……!私、平穏無事に学園を卒業できるのかな⁉

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ボッチの少女は、精霊の加護をもらいました

星名 七緒
ファンタジー
身寄りのない少女が、異世界に飛ばされてしまいます。異世界でいろいろな人と出会い、料理を通して交流していくお話です。異世界で幸せを探して、がんばって生きていきます。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

処理中です...