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49話「サフィーVSマイティガーゴイル」

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 サフィーが走りながら、すぐに戦闘に移れるように、両手の剣を構える。老人を守る仕掛けが、他にどれくらいあるのかは分からない。なので、ここから先に何が起こるかは読めないのだ。サフィーは祈った。老人を守る仕掛けが、なるべく少ない事を。出来るなら、今の仕掛けだけしかないようにと。

「……あっ!」
 老人の叫び声が聞こえる。その声は、明らかに驚きの感情を帯びている。サフィーが走って自分に近付くのを見たからだろう。つまり、この瞬間に、老人はサフィーの存在を認識したというわけだ。
 老人は狼狽した様子で体の向きを変え、別のウィズグリフに血を垂らし始めた。

「く……!」
 来る。老人の様子を見るやいなや、サフィーは周りを更に警戒し始め、体には緊張が走った。老人は、何かしら、次の手を打ったらしい。
 ブラッディガーゴイルのと同じ、仕掛けはウィズグリフによって発動するもので、老人は侵入者用のウィズグリフに血を垂らしたのだろう。サフィーにはウィズグリフが読めないので、今からサフィーの身に何が起こるのかを予測することは困難だ。

「うおぉぉ!」
 これ以上仕掛けを発動される前に、老人の自由を束縛する。サフィーは老人に手傷を与えようと剣を振り上げた。が、サフィーはその剣を、一旦構え直すしかなかった。

 サフィーの前に現れたのは、二体のブラッディガーゴイルだった。サフィーは足を前に突き出し、走る速度を弱め、軽く間合いを取りつつブラッディガーゴイルに斬りかかる。
 このブラッディガーゴイルはマッドサモナーの仕掛けから召喚されたものだ。それはつまり、老人ではなくマッドサモナーの意思が反映された仕掛けになっているということだ。だとすれば、老人に危害を与えないという保証は無い。
 口止めのために老人を殺す可能性が考えられるのであれば、老人を捕らえるより、ブラッディガーゴイルを倒す方が優先される。

「はぁっ!」
 サフィーがブラッディガーゴイルを仕留めきれる最低限までスピードを押さえながら、ブラッディガーゴイル二体に、それぞれの剣でいっぺんに斬りつけた。ブラッディガーゴイルが、低い呻き声を上げて倒れる。

「ぐ……」
 ブラッディガーゴイルは倒したが、サフィーの方も無傷ではない。脇腹に一撃、ブラッディガーゴイルの爪撃を受けてしまった。
 激痛に顔が歪み、額には汗が滲むが、勢いはこれ以上殺してはいけない。サフィーは、より早く老人に接近するために、右足で思いきり床を蹴った。ブラッディガーゴイルを一掃した隙に、老人との距離を詰め、サフィーの剣で老人を無力化しなければならない。

「……!」
 サフィーが足を踏ん張らせて、スピードを殺す。背後に気配を感じたからっだ。
「うぉりやぁぁ!」
 振り向きざまに、両手の剣で同時に横一閃を浴びせる。

 ――ガキッ!
 後ろのモンスターに、サフィーの剣が弾かれる。
「う……」
 こいつはブラッディガーゴイルではない。サフィーは己の迂闊さを呪った。
 ……いや、迂闊な事は、この館の二階に足を踏み入れてから、ずっとやっている。スピードを重視した賭けを、常にやっているのだ。たまたま今回は、それが外れただけだ。確立としては、むしろ幸運だと言えるだろう。

「くっ!」
 サフィーは伸びきった腕を元に戻しつつ、モンスターとの距離を取るために後ろに跳躍しようとした。だが、どちらも満足に出来ないうちに、モンスターから更なる一撃を受ける。

「ぐああっ!」
 サフィーの下腹部に、モンスターの拳が深く食い込む。サフィーの意識は激痛によってまどろみ、体は自然とうずくまっていく。

「ぶぐぅっ!」
 更にサフィーの右頬に、モンスターの拳による一撃がヒットする。その衝撃と、頭を殴られた事による視界の揺らぎで、サフィーの体は大きく吹き飛ばされ、壁際の棚に激突した。
 サフィーが床に横向きに倒れ、その上に棚の空き瓶や本が落ちる。

「ぐ……あ……う……ぅ」
 朦朧とする意識の中で、サフィーはモンスターを睨みつけた。
 マイティガーゴイル。血のように赤いブラッディガーゴイルとは対照的に、鈍い灰色の全身を持つマイティガーゴイルが立っているのを見て、サフィーはむしろ幸運に思った。

 マイティガーゴイルはブラッディガーゴイルとは比べものにならないほど頑丈な体を持っている。シルエットは、ほぼブラッディガーゴイルと同じだ。悪魔のような翼と角、白目の無い鋭い目も同じだ。大きく違うのは長く鋭い爪の有無。サフィーはそれを見逃して、後ろに居るのがブラッディガーゴイルだと思ったまま、剣による攻撃を浴びせてしまったのだ。

 しかし、爪が無い分、ブラッディガーゴイルよりも攻撃力は低い。斬撃ではなく打撃というのも、致命傷を負いにくい攻撃方法だ。恐らく、エビルサモナーは、今のようにブラッディガーゴイルとの錯覚を利用して、頑丈なマイティガーゴイルに不用意に攻撃させたのだ。
 サフィーはその罠にまんまとはまってしまったというわけだ。しかし、サフィーはその事を、不幸中の幸いだと思った。これがもし違う、殺傷力の高い攻撃方法を持つモンスターだったら、自分は死んでいたかもしれない。そう思うと、起死回生の機会があるだけ幸運だ。

「く……」
 サフィーはよろよろと立ち上がろうとしたが、マイティガーゴイルは素早く近付くと、サフィーの肩を殴りつけた。
「うわぁっ!」
 サフィーがまた吹き飛ばされそうになったが、足を突っ張らせて耐えた。が、マイティガーゴイルは、素早くサフィーの腹に、もう一撃を浴びせた。
「うぐっ……ぐは……」
 サフィーがよろめく。

「ふ……はは……! そいつは斬れんだろう? 並の戦士ではな」
 老人は、自分が優位に立っていることに気付いたのか、余裕綽々でサフィーに罵声を浴びせ始めた。
「ぐ……あぁっ!」
 更にマイティガーゴイルのパンチが、数発サフィーを捕らえる。
「あぐ……あ……」
「忌々しい騎士どもめ! 死んでしまえ!」
「……!」
 負けられない。老人の罵声はサフィーにとって、倒れそうな体を、どうにか踏み止まらせる助けとなった。
 マイティガーゴイルの拳は、そんなやりとりは歯牙にもかけずにサフィーを襲おうとした。
「……私をそこらの騎士と一緒にしないでほしいわね!」
 サフィーは、ふらふらで今にも倒れそうな体を無理矢理に動かした。横に一歩分だけ体をずらすことでマイティガーゴイルの一撃は、サフィーの体に全く触れることなく、空振りに終わったのだ。

「……」
 サフィーが、マイティガーゴイルの攻撃を避けることで生まれた一瞬の隙を利用して目を瞑った。
「すぅー……」
 そして大きく息を吸い、剣先に精神を集中させる。
「……やぁぁぁぁ!」
 二つの剣を素早く構え、マイティガーゴイルの胴体に向けて、剣を横に打ち振るう。マイティガーゴイルも次の一撃を放っていたが、サフィーの方が一瞬、早かった。
「たあぁぁぁ!」
 マイティガーゴイルの胴体と、サフィーの持つ剣が触れた瞬間、サフィーの手を凄まじい衝撃が襲う。しかし、サフィーはそれに怯むことなく、強引に剣を振り抜いた。

「グアァァァ……」
 上下真っ二つに断ち切られたマイティガーゴイルが叫ぶ。マイティガーゴイルは、ガラガラと硬そうな音を立てながら、地面に転がった。
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