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47話「傷付いたサフィー」

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「離せぇっ! 私の体に触れるな! 汚らわしい騎士野郎め!」
 男性から、思ったよりも酷い罵声が飛んできたので、ブリーツは少したじろいだ。

「離す……もんですか! あなたはマッドサモナーの……うぐ…はっ……!」
 サフィーの口から血が吐き出される。内臓にも、相当ダメージを負っているようだ。

「ようサフィー。随分と大変そうじゃないか」
 サフィーに駆け寄るやいなや、ブリーツがサフィーに声をかけた。
「ふぅー……ふぅー……これくらい平気よ。でも、治癒、頼むわ。こいつ、結構力が強い」
 口の端から血を垂らし、荒い呼吸をしながらサフィーが言った。
「なるほど。……安らかにそよぎし凱風がいふうよ、傷付きし者を包み込み癒さん……イヤシノカゼ!」
 ブリーツの手から巻き起こった、ほんのりと緑色に色づいたそよ風が、サフィーの身に纏わりついた。

「はぁ……はぁ……ありがと、ブリーツ」
 サフィーは、イヤシノカゼによって、自らの体が徐々に癒され、それに伴って苦痛も和らいでいくのを感じている。とはいえ、傷は完全には塞がりはしないし、消耗した体力は回復しないことも同時に分かっている。
「うおぉぉぉ! 私は悪くない! 悪いのは私の技術力を認められない世間の方だ!」
 男性は、相変わらず手足をじたばたさせて、サフィーから逃れようとしている。
「ええい、鬱陶しい奴ね。あんたが頭がいいのは分かったから、おとなしくしなさい! あんたマッドサモナーの重要参考人なのよ!」
「うるさい! 今に見ていろよ、我が友は、私の発明で世界を滅ぼす! その時、私の技術力! そして才能がっ! 世間に認められるのだぁぁぁ!」
「あぁー! もう! うるさいのはどっちなのよー!」
「……回復しても大変そうだなサフィー」
「た……大変なのが分かるなら、押さえるの手伝いなさいよ! こんな状態じゃあ、城まで送れないわっ……!」
 サフィーの傷口が、ずきりと痛む。治りかけていた傷口だが、老人がもがくので、またじわじわと広がっているのかもしれない。

「おう、そうだなえーと……」
 ブリーツは、男性の周りをうろうろとしながら戸惑っている。
「くそー、取りつく隙が無えぜ……」
「こいつを押さえるのは私だけでいいわ! 縄とか魔法とか、あるでしょ!」
「ああ、そっちね」
「僕、縄、持ってきます。ポチ、行こう!」
「おお、頼むぜドド。ついでにポチも。じゃあ俺は魔法で……そよぐ風、時にゆるりと吹きにけり、人の世もまた、同じものなり……ブリーズクリンキング」
 ブリーツがブリーズクリンキングを唱えると、男の動きが急激に鈍った。

「ふぅ……ようやく落ち着いたわね。でも、手を抜くつもりは無いわ。あなたは油断ならない奴だって、痛いほど分かったんだからね」
 サフィーの頭に、あの白い館で起こったことが思い起こされる。





「……フレアグリット騎士団の者です! 誰か居ますか!?」
 館の扉を開くなり、サフィーは努めて精神を穏やかにして大声を発した。外ではブリーツとドド、そしてポチがブラッディデーモンと戦う音と声が、相変わらず響いている。
 ここがマッドサモナーに関わりがあるのは確かだ。だが、この館に居るのがマッドサモナーの関係者だけとは限らない。
 あのブラッディガーゴイルが現れた以上、マッドサモナーにこちらの存在が気付かれていることは確かだ。ならば、こちらの所属を明かして、何も関係の無い一般人を戦いから遠ざけて、安全を確保するのが優先だ。

「外にはブラッディガーゴイルが居ます! この館の中も危ない! 誰か居たら、姿を見せてください。私と一緒に行動すれば安全です!」
 サフィーが更に叫ぶ。しかし、人影は見当たらない。
「誰も居ないということかしら……それとも……」
 この広い館にマッドサモナーが、若しくは、マッドサモナーの部下が潜んでいるということか。最悪の場合、ここがマッドサモナーの根城で、要塞化されているという事まで考えられるかもしれない。

「……誰か、居ませんか!」
 サフィーが叫び続ける。定期的に叫び続けながら、玄関からエントランスへ、その奥のロビーへと足を運ぶ。人影は、まだ見当たらない。

「誰も居ないの……?」
 人の気配の無い一階を、更に探索する。一歩足を踏み出す度に、床はギシギシと軋みを上げる。天井、壁等、他の様子を見ても、この館は若干痛んでいると見受けられる。とはいえ、まだまだ住むには十分そうだ。軽い改修を施すだけで、立派な館に戻すことが出来るだろう。

「……」
 声の届く範囲を考えると、少なくとも館の一階には、全体的に声は届いただろう。サフィーは一旦、叫ぶのをやめることにした。
 あれだけ呼びかけにもかかわらず、物音の一つも、声の一つも聞こえてこないということは、一階には本当に誰も居なさそうだ。だとすると、後はどこかに潜んでいるであろうマッドサモナーの手の者を警戒しながら、一階の探索をして、二階に進めばいいだろう。

「今度は……逃がさないんだから……」
 サフィーが呟く。もたもたしていたら、マッドサモナーは逃げてしまう。慎重に調べるのもいいが、二階もある。一階だけに手間取るわけにはいかない。
 注意深さは多少犠牲にしても、二階へ急ぐべきだ。サフィーは少し急ぎながらも、引き続き一階を調べ続けた。が、やはり人は一人も居ないようだった。
 一階を調べている間、二階からも物音はしなかった。ということは、この館の住人は、既に逃げた後なのだろうか。ならば、この館の住人は、みなマッドサモナーの手の者だということだ。

 サフィーはその後も寝室、書斎、キッチン等、次々と、足を踏み入れ、誰かが隠れている、また、隠されている可能性がありそうな所を調べていった。
 本棚の陰になっている部屋の隅、クローゼットの中、床下収納、ベッドの下と布団の中……広い館の中を歩き回りながら、サフィーは注意深く見回っていく。一階をあらかた見回り終わった時、サフィーはロビーに居た。たまたま最後に調べることになったのがロビーだということもあるだろうが、別の必然性もあった。ロビーに最も、人が居た痕跡があるからだ。

 この館に人が居たのは間違いない。キッチンには、何かの肉をローストしたであろう残り香が漂っていた。ベッドは一応、整えてあったが、それでも若干の乱れが感じられた。頻繁に使われている証拠だ。
 それら、人の居た痕跡が、特にロビーに顕著に表れているのだ。グラスに入った蒸留酒は、グラスの四分の一ほど残った状態で放置されていたし、床には読みかけの本が落ちていた。加えて大きな木製の机のまわりのいくつかの椅子のうち、一つは少し傾いている。誰かが慌てて部屋を出た証拠だ。

「……」
 サフィーが、部屋をじっくりと観察する。椅子の傾きと、この慌てぶりから考えると、ここに居た人は入り口側に移動したのではないだろうか。
 サフィーが入り口側の扉をくぐった。
「あ……」
 壁にかけてある大きな絵画。これが少しずれていることに、サフィーは今、気付いた。壁画がずれた方向の先には、階段がある。二階へと続く階段だ。
「二階……か……」

 この様子だと、誰かが二階に逃げていったのは間違いなさそうだ。この館の大きさから考えるに、マッドサモナーの手の者が息を潜めているかもしれない。一人か、二人か、それとももっと大勢か……。これからは、更に警戒しながら進まなければならない。サフィーはそう腹に決めて、二階へ進むことにした。
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