上 下
43 / 110

43話「ルリエイルの白い館」

しおりを挟む
「ポチが反応したの、あそこで間違いないのね」
 サフィーの声のトーンが控えめになる。
「はい。馬車から降りた時、事前にサフィーさんに言われてたので止まりませんでしたけど、ポチは確かに、あそこで反応しました」
 中心地から、程よく離れた所にある、白い館。鉄の簡素な柵で仕切られている館だ。その館の外見から住んでいる人は富豪とは言わないまでも、そこそこ裕福なのだろうと思われる。
 ドドは、その館に差し掛かったところで、ポチが匂いを嗅ぐのをやめたと言った。それはつまり、十中八九匂いはその白い館に通じている。ということを表している。
「そう……」
「まさか、こんなのどかな町になぁ……」
「ええ……なんだか、嫌よね。こんな平和な村なのにね……でも、だからこそ、あの白い館は調べなくちゃ」
 サフィーが意気込む。
「ドド、手筈通り、いけるわね?」
 サフィー達は、黒い鱗粉の匂いの元らしき建物を通り過ぎていた。このルリエイルの外で馬車から降りた時、サフィーはドドに言っていた。






「――こんな格好で町中をうろつくんだから、マッドサモナーが居たら当然、警戒するでしょう。だから、もし、この町の中にマッドサモナーの根城があっても、立ち止まらないようにしたいわ」
 サフィー達は騎士の格好をしている。ドドやポチは別だが、一緒に行動することになれば、一緒に怪しまれることは間違いないだろう。
「ドド、ポチは匂いが途中で無くなっても、そのまま嗅いでるふりをして進み続ける事って出来る?」
 ドドとポチが二人だけで行くという方法も、サフィーは思いついていた。が、魔法使いと魔獣の組み合わせで、多少は戦闘慣れしているとはいえ、正規の訓練はしていない。また、ドドとポチが、本当にマッドサモナーと関係が無いのかどうかは、サフィーの中ではまだ、僅かに疑念が残っていた。なので、ドドとポチだけでの行動は、サフィーとしてはなるべく避けたかった。

「ええと……出来ると思いますよ。実際にやったことはありませんけど」
「んー、そりゃ、やったことは無いよなぁ。そっか、ちょっと不安だな。ポチにも出来ない事はあるだろうしなぁ……」
「……!」
 ポチがドドを見つめる。
「お……サフィーさん、ポチは自信がありそうです、大丈夫だと思いますよ」
「そう? 頼りになる魔獣ね。じゃあ、それでいきましょう――」





「はい。……ポチ、大丈夫だよな」
 ドドがポチを見ると、ポチは当然だと言わんばかりに軽くドドの目を見ただけだ。次の瞬間には、もうフルーツポンチ舐めに戻っている。
「大丈夫みたいですね。自身たっぷりみたいです」
「そうなのか……?」
「見たところ、どっしりかまえてる感じに、相当な自信がうかがえるわね。これなら大丈夫そうじゃないの」
 ブリーツとサフィーは、それぞれポチを見据えている。

「ということは、いよいよですね……」
「構える必用は無いわよ。遠目で見るだけだから。逆に、変に緊張して周りから浮かないようにしないと」
「そ、そうですか? 難しいな……」
「ああ、別に、意識することはないのよ」
 サフィーはドドが、更に緊張して硬くなっているのを見て、少し吹き出しそうになった。騎士として訓練していないので、場慣れしていないのは当たり前なのだが、ドドの小さな体格が、更に小さくなったように見えて、少し面白かったのだ。

「だって、今回はひとまず、遠目から見るだけだから。もう一回、さり気無く素通りしてみて……その後は、あの鉄柵の門をくぐることになるわ。そうなった覚悟が必要になるけど……そこまでボボ達を巻き込むつもりは無いわ。そこから先は、私達騎士団の仕事だから」
「え……? いえ、ちょっと待ってくださいよ。ここまできたら、僕だって付いていきたいですよ。ポチだって、そのつもりですよ」
 サフィーがポチに目を落とす。ポチはサフィーの方を向いて、じっと立っている。ドドの言う通りだ。サフィーにもポチの決意がひしひしと伝わってくる。

「そう……でも……いえ、分かったわ。こちらとしても、助かる」
 サフィーはドドとポチの目を、順番に見つめた。
「じゃあ……あの館に行きましょうか。まずは下見よ」
 サフィーが立ち上がると、他の二人とポチも立ち上がった。
 これで追い詰めた……といえるのだろうか。ドドには意識するなと言ったものの、サフィー自身は緊張していた。もうすぐ、マッドサモナーと直接対決することになるだろう。
 黒い鱗粉に関係しているであろう白い館は、この店から、この町の中心部を挟んで向こう側にある。
 その距離を二、三往復すれば、恐らくあの館に乗り込むことになるだろう。そうなったら、ようやくマッドサモナーを追い詰めることが出来るのだ。そう思うと、否応無しに、体が硬く硬直してくる。
「……いけないわね。いけない、いけない。さ、行きましょう。悪事の根源まで、もう少しよ!」

 サフィー達が外へ出る。そこは何の変哲もない、普通の町だった。なめし革の上等なジャケットや、ツィードのスーツに紺の蝶ネクタイとシルクハット等、裕福そうな服装の人や、サフィー達と同じ、軽装やローブを着た、戦士や魔法使いと思われる服装の人も居る。
 その中でも大半を占めるのは、簡素な作りのチュニックやベスト。ワンピース等を着ている、所謂、平民層だ。勿論、その中でも服装は様々な形がある。ベストだけは、上質な皮で作られたらしきものを着ている人も居れば、ブレスレット等、ピンポイントで貴金属を纏った人も居る。
 それほど上質な衣類をまとってない人でも、着こなしによって、富裕層には劣らない見栄えをしている人もいれば、服装に無頓着なのだろうか、浮浪者のような見た目の人まで居る。

 それが普通の光景だ。普通の町の様子であり、普通の人達の行きかう様子が、サフィーの目には映っている。何の変哲もない日常の光景。この町は、そんな雰囲気に包まれている。
 あの館もそうだ。黒い鱗粉の匂いは、あの館の前で途切れた。その白い館も当然のごとく、このアリエイルの街並みに溶け込んでいる。

 町の中心には、靴屋、本屋、肉屋、酒場等、幅広い層の人に利用される店が立ち並んでいる。小さい町なので劇場や競技場は無いが、小さな公園やフリックボール等、規模の小さなエンターテイメント施設は、しっかりと町の中心に陣取っている。
 中心から離れていくにつれてそれらは少なくなり、住宅地は市役所、農場等が増えていくのだが、そのうちの一つが、あの、白い館だ。この町の日常に当たり前のように溶け込んでいる白い館。サフィーが見ても、それは同じだ。この町に昔からあるような、白い館。この、意識しなければ、何の気無しに通り過ぎてしまうような、当たり前のように建っている館に、もしかすると、何らかの脅威が潜んでいるかもしれないのだ。

「ふぅー……」
 サフィーが辺りを注意深く見渡しながら、白い館の方へと進んでいく。サフィーは自分が騎士団である事が、少し気になった。辺りを行きかう人々に騎士団の恰好をした人が居ないからだ。しかし、騎士団がこの町に居るのは不思議な事ではない。小さい町には駐在所が無い場合が多いが、騎士団は定期的に見回りに来ることになっている。この町も、その例に漏れずに、騎士団が定期的に出入りしている。

「とにかく、まずは良く調べてみないと」
 誰に話すでもなく、サフィーが呟いた。懸念といったら、騎士団が大々的にマッドサモナーを捜索しているという点だ。裏口から逃げられる可能性も、僅かながらあるだろう。白い館に近づく回数は、出来る限り減らさないといけない。

 しかし、どちらにせよ、あの白い館に近づかなければ、マッドサモナーには辿りつけないだろう。
 サフィー達は、一歩、また一歩と、ごくごく普通な白い館へと近づいていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スキルポイントが無限で全振りしても余るため、他に使ってみます

銀狐
ファンタジー
病気で17歳という若さで亡くなってしまった橘 勇輝。 死んだ際に3つの能力を手に入れ、別の世界に行けることになった。 そこで手に入れた能力でスキルポイントを無限にできる。 そのため、いろいろなスキルをカンストさせてみようと思いました。 ※10万文字が超えそうなので、長編にしました。

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

【書籍化進行中】魔法のトランクと異世界暮らし

猫野美羽
ファンタジー
※書籍化進行中です。  曾祖母の遺産を相続した海堂凛々(かいどうりり)は原因不明の虚弱体質に苦しめられていることもあり、しばらくは遺産として譲り受けた別荘で療養することに。  おとぎ話に出てくる魔女の家のような可愛らしい洋館で、凛々は曾祖母からの秘密の遺産を受け取った。  それは異世界への扉の鍵と魔法のトランク。  異世界の住人だった曾祖母の血を濃く引いた彼女だけが、魔法の道具の相続人だった。  異世界、たまに日本暮らしの楽しい二拠点生活が始まる── ◆◆◆  ほのぼのスローライフなお話です。  のんびりと生活拠点を整えたり、美味しいご飯を食べたり、お金を稼いでみたり、異世界旅を楽しむ物語。 ※カクヨムでも掲載予定です。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

妹の結婚を邪魔するために姉は婚約破棄される

こうやさい
ファンタジー
 お姉ちゃんは妹が大好きですよ。  今更ですが妹の出番がほとんどなかったためタイトルを変更しました。  旧題『婚約破棄された姉と姉に結婚を邪魔された妹』  元は『我が罪への供物』内の一話だったんだけど、アレンジしたらどうなるかなとやってみた。それとカテゴリから内容は察してください(おい)。元の方も近いうちに出します。『我が罪~』はなかなか出すタイミングがとれないからちょうどよかった。  そういう理由なので互い同士がネタバレと言えなくもないですから、細切れで短いシロモノなのにあれですがあまり需要がないようなら中断して向こうを優先する予定です。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...