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32話「ルニョーの研究室」

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「これは?」
 サフィーが首を傾げる。サフィーとブリーツが、王立研究所生物研究員のルニョーに渡されたのは、黒い粉だった。
「ふーむ……俺が考えるに……こいつは黒い粉だな」
「それは見れば分かるから!」
 ブリーツとサフィーは、ほかの騎士団員と同様にホーレ事件に関することで町を回っていた。そして、少年魔獣使いの一件の他にも、行く先々で魔獣使いと話し、時に対峙し、争いになることもあった。が、結果的には全ての魔獣使いを、この城へと足を運ばせることに成功している。
 ここは、そんな城の中の片隅にある、研究棟だ。薬品や専門器具、魔法を使って、様々なものを研究し、分析や解析も行う建物だ。
 一旦城へと戻ってきたサフィーとブリーツは、何やらホーレ事件の手掛かりが見つかったらしいということで、それを見に実験棟へと足を運んだところなのだ。
 今は二人共、木の椅子に座っている。前には石のテーブルがあり、更に前には白衣を着た王立研究所生物研究院のルニョーが居る。

「で、何なのよ、これ」
 サフィーはブリーツに向かっていた体をルニョーに向けて、ルニョーの前に黒い粉の入った瓶を突き出した。

「うん、ブリーツの言う通り、それは黒い粉だ。サフィーの言う通り、誰でも分かる表面上ではね。こんな黒い粉が手掛かりたりえるのは何故なのだろうね?」
「ふふん、俺には簡単だな」
 ブリーツが自慢げに喋り始めた。
「この瓶の蓋を開けて、手の上で逆さまにするだろ?」
「手にかかったからてがかりとか、ふざけたことを言い出すんじゃないでしょうね」
「ええ? ええとだな……瓶はひとまず置いといて、手が痒いなー、カリカリと」
「手がカリって……大して変わってない! ほら、ルニョーが勿体付けるから、いつにも増してキレの無いギャグを飛ばすようになっちゃったじゃない!」
「ええ? 僕のせいなのかい……まあいい。説明するとだね、黒い粉自体は珍しくはないので、まずは外見は手掛かりにはなり得ない。それと、ブリーツが話したように、人体に触れさせたら何が起きるか分からない。まだ、試してないからね」
「えっ!?」
「良かったわねブリーツ、実演しなくて」
 青ざめるブリーツに、サフィーはそれ見たことかといった様子で言葉ををかけた。
「そ、そうだな……」
「試してないということは、やはり手掛かりにはなり得ないんだ。だから、違う。我々が分析したのは、これがどういう性質を持っているかだ」
「性質……」
「そう。形状……と言い換えた方が分かり易いかもしれないな。意味は少し違ってくるがね。
「形状……つまり、どんな形をしているかってことね」
「一言で言うとそうなるね。この粉の一つ一つは実に微少だが、平たいんだ。そして、僅かに端が波打っている。魚の鱗を一枚剥がしたようなのをイメージしてくれ」
「あー……なるほどな、あんなかんじか……」
 ブリーツが、首を天井に向かせながら思い浮かべる。
「そう。これは昆虫の鱗粉に多くある形状なんだ。それがホーレの町の至る所にあった」
「昆虫の……それで?」
「それでって……それが手掛かりだよ」
「……」
 意味があるのかも分からない、妙にあっけない答えが返ってきたので、サフィーは思わず沈黙した。

「昆虫に気を付けろってことだろ?」
 あっけらかんと、ブリーツが言い放った。
「そう。昆虫には注意を払った方がいい」
 ルニョーもそれを肯定した。
「もっとマッドサモナーを特定できるような証拠だとばかり思ってたけど……」
「そうだよ。マッドサモナーは昆虫と関わりが深い可能性があるね」
「昆虫……か……ううん……それが分かったところで、別にマッドサモナーに近付けたわけじゃないわね」
「ああ。だから、ブリーツの言う通り、昆虫に気をつけろとしか言えないね、現状は」
「でも、証拠としても怪しくないの? ホーレは森の中の町よ。昆虫なんて腐るほど居るでしょ?」
「それについては大丈夫。鱗粉って、昆虫によって色や形状が違うよね? ホーレの村には、この鱗粉だけが至る所にあったんだ。他の手掛かりに比べて、はっきりと目立つ程度に多くの鱗粉がね」
「へえ……そういうことか……」
「そういうこと。今のところはこれだけだよ。こっちも、この鱗粉から出来る限りの情報は引き出してみせるけどね」
「そう……分かったわ」

 ブリーツがちらりとサフィーの顔を見る。サフィーは少し残念そうだ。きっと、マッドサモナー探しに少しでも有効な情報を求めていたのだろう。
「よお、ちょっと気を張り過ぎだぞサフィー」
 ブリーツが、サフィーの肩に、ポンと手を置いた。
「え……何、それ。気持ち悪い……」
「気持ち悪いってお前……」
「だって、ふざけた様子も無いし……本当に真面目に励ましてくれたの? この鱗粉の影響じゃないでしょうね」
「それはない筈だが……我々研究者も、こうやって瓶に入った状態でなら、平気で触って持ち歩いたりしているからね……特異体質の可能性もあるが……」
「あー、ひでーの! 俺が真面目に喋っちゃだめなのかよー!」
「だめじゃないわ。むしろ喜ばしいけど……んー……やっぱりなんか気持ち悪いわ」
「うわー……真面目な俺、全否定……」
「そう思われたくないなら、日頃の行いから正すことね。さて、これ以上ここに居ても仕方がないわ。出発しましょう」
「おや、もう行くのかい? 別にゆっくりしていったっていいんだよ。お茶くらい出せる」
「お茶ぁ? 怪しい粉とか入ってないだろうなー……でも、確かにこの頃忙しかったし、ここらでゆっくり……」
「いえ、すぐ出発しなくちゃ」
「あのサフィー……」
 ブリーツが、嫌そうな顔をしながら、なるべくサフィーの気に障らないように休憩時間の確保を要請しようとしている。

「ホーレ事件の惨劇は、二度と繰り返せない。一分一秒でも早く、マッドサモナーを捕らえないといけない」
「あー……そういうことだから、俺達は先を急ぐとするぜ……はぁー……」
「随分と忙しいことだね。こちらも、それに応えて、また何か手掛かりが見つかったら連絡するよ」
「ええ、お願い。なんとしてもマッドサモナーを捕らえるのよ……!」
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