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31話「ミーナと魔法の資質」

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「あの……お師匠様、これ、ミーナちゃんがやるぴょんか?」
「ああ。アークスと協力して、ことにあたってくれ」
「お師匠様……その、他の人がやった方がいいんじゃないかぴょん?」
 魔女は何の気無しに答えているが、ミーナの顔は緊張で強張っている。
「うん? そんなことはないだろ」
「そんなことあるぴょん。アークスの他に、騎士団の人ならいい魔法使いもいっぱいいるだろうし……」
「さっき聞いたろ、騎士団は、他の事件で手一杯なんだよ」
「それでも、ミーナちゃんよりもマシな人、呼べると思うぴょんよ……ミーナちゃんは……魔法に向いてないし」
「おん……? どうした、今日は随分しおらしいな、お前らしくない」
「その……ミーナちゃんは呪文の覚えも悪いし、潜在魔力も無い感じだし、魔法の効果は真逆になっちゃうし……」
「んー……そうかもしれんし、そうじゃないかもしれんな」
「どっちぴょんかお師匠様! ミーナちゃんは魔法使いに向いてないぴょんか!?」
「ん……まあ、落ち着けよ」
 ぐぐっと前屈みになって魔女に迫るミーナを、魔女は手の平を前にかざして静止した。

「ミーナよ。魔法の資質など、下らんぞ。生まれながらの魔力量や、自分の魔力の性質と精霊力との親和性次第で、そもそも魔法が使えるかどうかははっきりと分かるが、私に言わせれば、それだって眉唾だ。魔法適性が無いとされていた者が、後に魔法が使えるようになる例は、結構多いからな。ミーナの場合は少なくとも、簡単な魔法は使えているだろう? 魔法が使えることさえ分かっているのだから、向き不向きなど心配することはないと思うがね」
「そうぴょんかなぁ……」
「そうそう。難しく考える必要はないんだ。面倒だし……」
「そうだよミーナ!」
 アークスが、突然ミーナの方へと身を乗り出して言った。二人の顔が接近する。
「僕なんて、魔力適性がある人が羨ましくてたまらないよ。僕は痩せっぽちだから、腕力も体力も無くて、騎士としては不利だから……不利を補うためにスピードで相手を翻弄する戦い方を身に付けろって言われるけど、やっぱり、モーチョの時みたいに、不意に一発もらうと、どうしようも出来なくなってしまうから……時々、魔法を羨ましく思うんだ」
「アークス……」
「一緒に行こう、ミーナ! 誰だって、いつかは苦手なものの克服は出来るよ!」
 アークスは、両手でテーブルの上のミーナの手を、ぎゅっと掴んだ。

「ふ……ははは、アークス、やっぱりお前は面白いな。きっとミーナとも仲良くなるぞ」
「え……どういうことですか?」
「どういうことって……別に深い意味は無いが、なんとなくな。ほら、『きっと』って付けただろ、『きっと』と。特に根拠や確証は無い。私は預言者じゃないんだからな」
「ああ、なるほど、確かにそうですね」
「ふむ。ミーナも、何事もやってみなけりゃ分からない。アークスが折角こう言ってるんだから、やれよ」
「んん……いや、確かにこれはミーナちゃんが悪かったぴょん。何事も諦めずにめげずに、初心に戻ってミーナちゃんらしくやってみるべきだぴょん」
「よしよし。その調子だミーナ。じゃあ、アークス、もうこれといって説明することはないので、早速、取りかかってくれるか?」
「はい。じゃあ、ミーナ、行こっか」
 アークスはミーナに話しかけながら、地図の巻物を巻き、紐で閉じた。
「うん! ぴょん」
 二人は立つと、出口の扉へと向かっていった。
「あ……」
 ふと、アークスが立ち止まる。
「ごめん、ちょっと、外で待っててくれるかい?」
 アークスがミーナに行った。
「うん? どうしたぴょん?」
「ちょっと魔女さんに話があって」
「お師匠様と? 別に、ここで待ってるぴょんよ?」
「いや、それは……」
「どうやらアークスは、私と一対一で話がしたいらしい。ミーナ、外で待っててくれるか?」
「んん……そうぴょんか。分かったぴょん」
 ミーナはそう言って、この部屋を出た。

「さて……と……何だい? 用件を聞こうか、騎士殿」
「あ……ええとですね……」
「うん、何だい?」
「これ、一応なんですけど……魔女さんは、トリプルキャストってできますか?」

 魔女を疑いたくはない。しかし、魔女はトリプルキャストの使い手であっても不思議ではない。もしトリプルキャストを使えたら……ホーレ事件の犯人である可能性が出てくる。
 勿論、アークスは違うと思っている。犯人なら、このタイミングで騎士団に依頼をするなんて目立つことは避けると思う。それに、魔女は、フレアグリット王国、ひいては全世界の人々の平和のために依頼を出した。悪い人ではないはずだ。だから……今のうちにはっきりさせておきたい。このままでは真っ先に疑われるのは、凄まじい魔法の使い手である魔女だし、アークス自身も喉のつっかえを取り除きたい。

「ん? ……ふふ、さあ、出来ると思うかい?」
 魔女が愉快そうに言う。
「はぐらかさないでくださいよ。ホーレ事件の実行者、騎士団ではマッドサモナーと呼んでいるんですが、その人についての重要な事項なんですから」
「といってもな、お前は今は、その件じゃなく、違う仕事をしているのだろう? そして、その仕事の依頼主は私だ。お前はホーレ事件とは関係無い。分かるか?」
「そんな……ブラッディガーゴイルの事件だって、騎士団が追っている事件なんです。僕にだって、関係あります!」
 アークスの語気が、自然と強くなった。何故、こんなに大きな事件なのに我関せずといった風に構えていられるのか。このままいけば、トリプルキャストを唱えられるかもしれない魔女自身だって、疑われるかもしれないのに。

「ああ、もう、うるさいな。依頼主は私だ。依頼主の言うことには従ってもらうぞ。嫌なら、力ずくでもな」
「……魔女は話したくないからはぐらかした。そう解釈してもいいのなら、もう何も言いません」
「そうかい。じゃあ、もう何も言うなよ?」
「魔女さん、このままじゃ、疑われるのは貴方かもしれないんですよ?」

 アークスは思った。マッドサモナーは、トリプルキャストを行えるくらいの大魔法使いの可能性がある。性別は女性で、サフィーとブリーツが聞いた声から、年齢は高く、四十代から上の可能性が高いという。魔女は女性だ。声や容姿は二十代くらいの若いイメージだが、実際には年齢は不詳だ。ミーナに聞いても年齢は分からないというし、騎士団の人間も誰一人として年齢の事は知らない。そして、他に魔女と関わりのある人は、ごくごく少数だ。
 すなわち、魔女の年齢を明確にするのは困難となる。ということは、騎士団は魔女の年齢を調べ、はっきりする前に魔女に疑いをかけるだろう。
 どのみち魔女は素性不明で不穏な存在なので、たとえ特徴がマッドサモナーと違っていても、真っ先に疑われると思うが……なんにしても、ここで疑いを晴らして僕が報告すれば、魔女は要らぬ疑いをかけられずに済むだろうし。

 アークスの思考が、突然、止まった。ただならない空気を周りに感じたからだ。
「なあ、アークス、何も言わないって言ったよな?」
「う……!?」
 魔女の目が、急に鋭くなった。突如として魔女から放たれた威圧感は漏れるように周囲に充満し、一瞬のうちに、辺りに殺気が満ちる。
 アークスは、その殺気に気圧されて、その場に硬直した。少しでも動けば、すぐに殺される。そう思いすらした。
「……」
 動くことも危険、声を出す事すら躊躇われる。何かすれば、僕の命は無い……アークスは何も出来なくなった。

「……おっと、すまないなアークス。でも、人には話したくないことの一つや二つ、あるもんなんだよ」
 魔女からの殺気が、現れた時と同じく一瞬で消えた。
「あ……はぁ……はぁ……」
 無意識のうちに呼吸を止めていたアークスは、ようやく呼吸を再開した。全身には、いつのまにやら冷たく嫌な汗が滲み出ている。
「ええと……いや、すまんな、つい……で、依頼なんだが……」
「あ……い、依頼は受けますよ。それに、トリプルキャストの事も、そんなに嫌なら、もう聞きませんよ。だからそんなに凄まないでください」
 まだ体が震えていて、魔女を直視することにすら恐怖を感じているアークスだが、更に言葉をつづけた。
「ただ、僕、魔女さんが要らぬ疑いをかけられるのと思ったので……」
「ああ、その気持ちは嬉しいよ、ありがとう。でも、私は慣れてるからな……アークス、悪かったな。私も、どうにも、ちょっとしたことでムキになってしまう性格のようだ。直そうとは思うのだが、なかなかどうして、性格というのは一朝一夕には治せないものらしい」
「でも、どうして……いえ、これ以上は聞かないんでしたよね」
「いや、理由を話そう。本当に、ちょっとカッとなっただけなんだよ。大した理由でもないんだ。ただ、私は……」
「いえ、いいですよ。だって、ついさっき、何も言わないって約束したんですから」
「そうか? ……そうだな。しかしまあ……」
「え……何です?」
「いやあ……お前、糞真面目だねえって」
「似たような事、良く言われます。同僚だけじゃなくって、町の人にも」
「ちょっとはズル賢くなってもいいんだぞ? ミーナもちょっと世間知らずのところがあるからな。まあ、一番世間知らずなのは私かもしれんが」
「分かってます。ちゃんと世の中、正直な人ばかりじゃないってのは、理解してますから」
「そうかい。頼もしいことだ」
「じゃあ、出発しますから」
「ああ。なんか色々すまなかったが、宜しく頼むよ」
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