上 下
9 / 110

9話「魔女の住処」

しおりを挟む
「いいかアークス、空間が異常だということは、その周辺で、突然見知らぬ空間へと迷い込んでしまうかもしれないということだ」
 アークスに地図を渡し終わった魔女が人差し指をピンと上に立てて言う。
「見知らぬ空間……」

「ああ。地図と違う所に出たとか、見知らぬ所へ迷い込んだとか、考えられる事は様々だが、一言で言うとそんなところだ。それが新世界かどうかは分からない。が、何かあるのは間違いない。決定的なのは『日常的にそこを通る人が、いつしか同じところを通ると必ず道に迷うようになったので、仕方が無く遠回りすることにした』という情報だ。これは、どこか見知らぬ空間へ辿り着くための通路が、どこか一定の場所にあることを示している。固定されてるってことだ」

「迷った人と同じところを探すってことですか」
「そうだ。だが、二点ほど注意してほしい。一つは、あちら側への通路の出口が、こちら側への入り口となっているとは限らないってことだ」
「……」
 ミーナが難しい顔をして無言になっている。

「えと、つまり、あのドアを使って、隣の部屋に入るだろ?」
 ミーナが説明に付いてこれていない事を見かねたアークスは、魔女の解説を補足しようと試みた。
「うんうん」
「同じドアを使って、またこの部屋に戻ろうとしても、違う所へ出てしまうかもしれないってことだよ」
「うんうん……うん?」
「ここへ戻る扉がある可能性すら無いってことだが……どちらにせよ、ミーナは分かってなさそうだな」
「んー……」
「まあ、空間というのはイメージしにくいからな。今は説明する時間は無いので、これを貸してやる」
 魔女が、分厚い本の一つを取って、ミーナの前へとスライドさせた。
「む……座学ぴょんか。しかも厚い……」
「空間関係の事は面倒だし、魔法とは直接関係無いからな。私が直接教えることもあるまい」
「師匠、魔法関係もこんな感じな気がするぴょんが……」
「ははは、それは気のせいだろう。さて、そういうことなので、帰りの事はよく考えておけよアークス。それから、もしかすると、通路は移動しているか、既に無い可能性も、少しだがあるから、それも気を付けてな」
「え、無いんですか……?」
「可能性は低いよ。ただ、騎士殿が使っている『新世界』というイメージで思い浮かべてほしい。つまり、通路は別の空間に繋がっているということだ。別の空間に繋がる通路というものは、不安定なものなんだよ。しかし、今回の場合は、通路の入り口が同じところにあるようだから再現性が高い。もう不安定さは無くなって、すっかり固定されてしまっている可能性が高いということだ。しかし、もしかすると、それも一時的なものだったかもしれない。少なくとも、日常的にそこを利用していた人は、もう回り道をしているので、大概は、そこを通っていないだろうからな」
「なるほど……確かに注意が必要ですね」

「注意ついでに言えば、サウスゴールドラッシュは、あくまで目安だからな。空間がおかしくなってるんだ、その周辺全体に影響が及んでいると考えていい」
「周辺全体にですか……」
「空間の乱れの中心がサウスゴールドラッシュとは限らないからな。そのための地図だ」
「この周辺から探せばいいってことですか……」
「ああ。だが、その地図は完全には信じるなよ、信頼性が低い。もうその地図は、百パーセント信頼できるものじゃなくなっているんだ。目安としては使えるがな。空間が不安定になっているんだから、常にその周辺の空間は書き換わっている」
「そっか……」
「逆に言えば、その地図と違う所が、時空の歪み。騎士殿の言う新世界ということになる。つまり、今回の目的地だ」
「そこが目的地ですか……周辺で聞き込みすれば、何か分かるかな」

「おお……そうだった。もう一つあるぞ、これが偶然じゃなく、時空の歪みだって証拠が」
「え……まだあるんですか……」
「今まででも十分だと思っているな? 私も思っている。が、付近の集落の奴らと話すことも考えると、これだけ耳に入れておいた方がいいと思ってな」
「何か、住民にあったんですか? 空間が歪んだ影響とか……健康被害だったら、騎士団の医師も出せると思いますけど」
「いや……それほどの事でもないと思う。住民達が妙な症状を訴えていることも確かなんだがな」
「症状? 詳しく聞かせてください」
 流行り病の類ならば、一刻も早く対処しないといけないが、医者がいる。僕とミーナだけではどうにもできないので、城に応援を頼む必要があるだろう。恐ろしい流行り病ならば、場合によってはホーレ事件よりも優先すべき問題だ。アークスは気を引き締めた。
「いや……そんな大層な物じゃないと思う。どうも住人たちはな、妙な夢を見るそうだ」
「夢……」
 夢に関する事。アークスの頭に解呪師かもしれないという考えがよぎったが、この状況だと原因は違いそうだ。
「ああ。ふと気付いたら、見知らぬ所を彷徨っていたという夢だ。その夢は、必ず知っている場所に戻ってきたという結末で終わりを遂げている。同じような夢を見た、十数人の人、全員がな」
「ええっ!? そんなこと、普通、ありえるぴょん?」
「あり得ないよ、普通。多分、別の空間へ迷い込んだんだ」
「ああ、私もアークスと同意見だ。私も最初に聞いた時には何事かと思ったが、時が経つごとに、リーゼや新種の生物のことが出てきたのでな。時期も一致するし、夢ではなく、現実に別空間に迷い込んだんだろうろ結論付けた。だが、本人たちはそんな事は知らないだろう?」
「あまり、深く聞いてはいけないってことですか……」
「そうだ。あっちの人達も戸惑っているからな。なにせ、原因不明の出来事が立て続けに起きているんだ。ホーレ事件も含めてな。ナイーブにならない方がおかしいさ」
「確かに……」
「住民たちにとっては夢なんだよ。不可解なな。その考えをかき乱すようなことを言ったら、顰蹙を買うぞ」
「ええ……それ、集団ヒステリックじゃないかぴょん? 集落単位の」
「そういうことだ。実際、集落全体が集団ヒステリックに陥ってしまった例は、ごくごく僅かだが過去にもある。現実には無い、しかし、みんなに共通する夢に出てくる場所は何なのか……不安なんだよ、みんな」
「次に考えることは、呪いとか魔法……」
「そうだ。呪いや魔法による意図的な夢だというのなら、納得できる理由だろう? 不安だからこそ、無理矢理に理由を作って、少しでも安心したがる。それが普通の人の心理だよ」
「そう……なんですか……」
「イメージは沸かないだろうな、こればっかりは、自分がなってみないと実感しにくい」
「そうですね……そういうものかもしれませんね」
 アークスは考え込んだ。騎士団はホーレ事件に全体の八割、もしかすると九割かもしれないが、人員を割いている。確かにホーレ事件も重要な事件だ。このままでは、次にどの集落が全滅させられるか分からない。しかし、この事件を軽視していいのだろうか。今のところは派手な被害はでていないが、空間が歪んでいるのならば、近いうちに大きな被害が起きるかもしれない。付近のみんなも不安に思っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

追放された最弱ハンター、最強を目指して本気出す〜実は【伝説の魔獣王】と魔法で【融合】してるので無双はじめたら、元仲間が落ちぶれていきました〜

里海慧
ファンタジー
「カイト、お前さぁ、もういらないわ」  魔力がほぼない最低ランクの最弱ハンターと罵られ、パーティーから追放されてしまったカイト。  実は、唯一使えた魔法で伝説の魔獣王リュカオンと融合していた。カイトの実力はSSSランクだったが、魔獣王と融合してると言っても信じてもらえなくて、サポートに徹していたのだ。  追放の際のあまりにもひどい仕打ちに吹っ切れたカイトは、これからは誰にも何も奪われないように、最強のハンターになると決意する。  魔獣を討伐しまくり、様々な人たちから認められていくカイト。  途中で追放されたり、裏切られたり、そんな同じ境遇の者が仲間になって、ハンターライフをより満喫していた。  一方、カイトを追放したミリオンたちは、Sランクパーティーの座からあっという間に転げ落ちていき、最後には盛大に自滅してゆくのだった。 ※ヒロインの登場は遅めです。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

処理中です...