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7話「アークス、城へ」

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「アークス!」
 アークスが城のミーティングルームに着くなり、一人の騎士が怒鳴った。いつもならマクスン准将がミーティングを仕切っている筈だが、今、怒鳴っているのはマクスン准将ではない。声が全然違うからだ。
 それに、部屋にはもう、アークスを含めて数人の騎士しか残っていない。いつもなら、マクスン准将が全体に対しての周知事項を伝えていたり、仕事の割り振りも行っているはずだ。
 勿論、その原因はアークスにあるのだと、アークス自身も思っていた。アークスが新しい花束をもらったり、お婆さんの手伝いをしていたりしたので、すっかり遅くなって、ミーティングは全て終わってしまっているのだろう。

「はっ! 申し訳ありません!」
 アークスが叫んで、深々と頭を下げた。この遅刻は、さすがに弁解の余地が無い。
「遅いぞアークス! 何をしていた!」
 相変わらず怒鳴っているのは、ミニッツ大佐だ。ミーティングが終わったのなら、皆、それぞれの職務に取り掛かっているはずだ。それはマクスン准将も例外ではない。なので、代理でミニッツ大佐が残っているのだ。アークスはそう推察した。
「アークス! 何でこんなに遅くなったのか、理由を言え!」
 ミニッツ大佐が怒鳴る。

「はっ! 我が城への出勤中、道端で少女が巨漢に襲われているのを発見しました! そのため巨漢と少女の中に割って入り、巨漢を追い払いました!」
 ここまで話して、アークスはふと気付いた。これまでのいきさつが、思ったよりも多くて込み入っているので、全て話すと長くなるかもしれないのだ。
 しかし、騎士たるもの、誠実でなければならない。きちんと、ありのままを話すしかない。
「その後、巨漢に奪われた花束を少女に返しました。しかし、この花束が折れており、僕はその足で花屋へと……」
「もうよい!」
「はっ! 申し訳ありません!」
「その袋は、そのお礼にもらったものか!」
「はっ! 色々あって、壺の上げ下げを手伝ったお婆さんから、お礼にと頂いたものです!」
「お、お婆さん……? まあよい、色々とあったのだな。よし! ではしばしそこで待っていろ!」
「はい! 了解であります!」
 アークスが返事をすると、ミニッツ大佐は軽く頷いて、この部屋で一番大きな准将用の机の方へと向かっていった。

「うまく考えたじゃないかアークス」
 耳元でぼそりとつぶやいたのは、パルパックスだ。パルパックスは、アークスの同僚で、金色の短髪をしていて、茶色い革の鎧を身につけている。
「あのミニッツ大佐は、このクッキーでお前を信用したんだぜ。くそーっ、俺も小道具の一つでも持ってくりゃ、遅刻を誤魔化せたかもしれねえ」
「誤魔化すって……パック……」
 パルパックスとアークスは、一緒にフレアグリット騎士団へと入団し、任務でも同じチームを組むことが多かった。なので、アークスはパルパックスの事を親しみを込めてパックと呼んでいる。
「とぼけんなよ。色々と人助けしてたとか、嘘だろ?」
「え……?」
「へへ……俺の目は誤魔化せねえぜ。そんな出来過ぎた話、あるわけねぇだろ」
 パルパックスが、自慢げににやりとしながら、アークスを見た。
「いや……本当なんだけど……」
「はは、そうかいそうかい。ま、壁に耳あり障子に目ありっていうしな。万全を期さないといけないよな。いや、わりいわりい」
 パルパックスは、ミニッツ大佐にばれないように、クククとお腹の底で笑って見せた。
「……」
 アークスは、心の中でため息をついた。これがパルパックスの悪いところである。パルパックスは日常的に、こうやって問題行動をしては、誤魔化している。だから、人が何かしら、それらしい事をしても、自分と同じに誤魔化しているように見えてしまうのだ。
 今回の事もそんなところだろう。パルパックスは遅刻をしてきていて、どうやって誤魔化そうかと必死に考えていた。だから、それが人と共通なのだと思って、アークスまで同じ考えだと思ってしまっているのだ。
 度々行われる問題行為もさることながら、同時に思い込みが激しいので、こんな誤解が生じてしまうのだ。アークスにとって、パルパックスの近くにいる時に、一番厄介で面倒な部分だ。

「アークス!」
「は、はい!」
 パルパックスに気を取られていたアークスは、慌ててミニッツ大佐の方へと向き直って背筋を伸ばした。
「もう、マクスン准将は、自らのお勤めをしに発たれた。よって、私がマクスン准将の代理として、お前に指示を出す」
「はい!」
「しかし、今日はさすがに来るのが遅すぎたようだ。もう仕事は残っていないぞ」
 ミニッツ大佐がかぶりを振った。
「そんな……」
「……と言いたいところだが、一つだけ仕事が残っている。別段、急ぎの仕事ではなく、誰もやりたがらなかった仕事だ。常駐係の仕事だが、こんな退屈な仕事、誰も引き受けたがらなかったのだろう。アークス、遅刻した罰として、お前がやるのだ」
 ミニッツ大佐は、そう言って、手に持った薄茶色の巻き紙をアークスの方へと突き出した。命令書だ。任務の割り当てが確定し次第、その任務にあたる者には、命令書が手渡される。

 命令書は、任務にあたる上での書類上の手続きをするという意味もあるが、他の役割も兼ねている。命令書には、任務についての詳細が書かれている。なので、任務について確認する際には、命令書を元に任務を把握し、遂行することになる。

「はい! ありがたく承ります!」
 アークスは、一礼をしてをして命令書を受け取ると、一歩後ろに下がり、再びお辞儀をした。
「よし、下がれ」
「おいおい! ちょっと待ってくれ!」
 アークスの後ろで怒鳴り声がした。振り向くと、アークスのすぐ隣にパルパックスの姿があった。
「俺もやるぜ! 俺は、皆が嫌がる退屈な仕事だって文句無くやるぞ! いや……今後は退屈な仕事ほど積極的に受けるぜ! 皆がやらないんだから仕方ねえしな!」
「だめだ。パルパックス、君には仕事はやれん」
 ミニッツ大佐はぴしゃりと言った。
「なんでだよ! 冗談じゃないぜ! なんで俺は駄目で、アークスはいいんだよ! 理由は似たようなのだったろ!?」
 パルパックスが憤りを隠せない様子で叫んだ。

「お前は嘘をついている。アークスは嘘をついていない!」
「何でそんなことが分かるんだよ!」
「パルパックス、お前は……」
「パック、僕と一緒に行こう! ミニッツ大佐、パックも一緒に連れていっても構わないでしょうか?」
 アークスは、パルパックスが居た堪れなくなったので、一緒に任務に行けるように、ミニッツ大佐に進言した。
「アークス! ありがてえぜ、やっぱ、アークスはいい奴……」
「ならん!」
 ミニッツ大佐が語気を荒らげる。
「ええ? おいおい、そりゃないだろ!」
「アークス、お前も、そうやって後先考えずに行動を起こすのは悪い癖だ。直したまえ」
 ミニッツ大佐がパルパックスを、そして、アークスをも睨みつける。ミニッツ大佐の目は鈍く光り、その視線が二人を鋭く刺した。
「いや……で……でも……手が空いてるのなら、一緒に行っても問題は無いのでは……」
 ミニッツ大佐の鋭い眼光に気押されながらも、なおもアークスは引き下がろうとしない。
「そうそう。やっぱ、頼りになるよ、お前。……どれどれ、どんな退屈な仕事……」
 パルパックスが命令書を覗き込んだ。
「うん? こりゃ……」
 命令書を見た途端、パルパックスの顔色が激変する。
「駄目だ。よいか、お前達にはお互い足らない所がある。パックは誠実さ、アークスは思慮深さだ!」
 そんなパルパックスを知ってか知らずか、ミニッツ大佐が更に声を荒らげた。どうやら、パルパックスに任務を与える気は毛頭無さそうだ。
「思慮深さ……はい!」
「た、確かに誠実さは大事ですな。うん……俺はやっぱり、やめときますわ。誠実さは、大事ですもんね」
 アークスは、ミニッツ大佐の目を真っ直ぐに見つめて、パルパックスは顔を引きつらせて、それぞれミニッツ大佐に応えた。
「分かったら、一人で仕事に取り掛かれ! パルパックスはそのまま残れ。話がある」
「……了解」
「了解しました! では、行ってまいります! ……パルパックス、ごめん」
 アークスは申し訳なさそうに、パルパックスの顔を見た。しかし、パルパックスは、特に落ち込んでいる様子は無い。アークスはそのことに、少しほっとしたが、同時に釈然としない気持ちも抱いた。
「へっ、気にすんな。しかし、お前、遅刻の罰ゲームとはいえ、あの陰険な魔女の所に行くはめになるとはな。いくら簡単そうな仕事でも、俺はごめんだぜ」
 パルパックスが、にやりとしながら、吐き捨てるようにアークスに言った。
「魔女……か……確かに、あそこは気が進まないけど……」
 アークスが、出口に向かいながらぼそりと口走った。
「でも……騎士の務めは果たさないとな……!」
 アークスは、拳に力を入れた。簡単な任務とはいえ、一人で事にあたる時は、十分に警戒しないと危険だ。気を引き締めてかからないといけない。
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