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3話「ホーレへ……」
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「しかしまあ、リビングデッド退治とはねえ」
倒れたリビングデッドが散乱し、すっかり歩きづらくなった足場を、ブリーツはようやく抜けた。
「不満でもあるのかしら、ブリーツ」
サフィーがじとりとブリーツの方を向く。
「まーな。サフィーは剣技メインだろ? リビングデッドが苦手な剣士なのに、こんな仕事を押し付けられちゃった日にはたまらんよなー。魔法メインの奴らに回せば良かったのに」
「そうだった?」
「そうそう。全く、下の気持ちも考えてくれよなー」
「そっか、じゃあ次から考えてみるわ」
「へぇっ!?」
意図していない、人間とは思えないような素っ頓狂な高音が、口から出てしまほど、ブリーツは驚いた。サフィーのこの受け答えから、このアンマッチングな任務に駆り出されたのは、どうやらサフィーが原因らしい。
「この任務受けたの、私だから」
そうなのか。とブリーツは心の中で思った。
「えっ……だってよぉ……そりゃ、自主的にってことかい?」
「そういう事。最近、腕が鈍ってて。ちょっと歯応えのある任務、やりたかったから」
リビングデッドで埋まった場所をようやく越えた。舗装された、歩き易い道になったので、二人は落ち着いて話し始めた。
「歯応えって……ひとこと言ってくれればキクラゲとか取ってきたのに……」
「固いもの噛みたいんじゃない! 強い奴と戦いたいってこと!」
「まじか。武芸を磨きに自分より強い奴と会いに行きたいと、そうおっしゃるか」
「い、いや……そこまで大袈裟じゃなくて、最近、実戦ってほどの実戦はしてないから、腕がなまってるのを鍛え直したいってだけよ。訓練の強度は変えられるけど、やっぱり実戦で歯応えのある奴と戦わないと、なんか勘が鈍っちゃって」
大層な事を言うブリーツの言葉に、サフィーは少したじろいだ。
「勘……ねぇ……」
「缶詰とか言う気じゃないでしょうね?」
「ま……まままさかかかか!」
ブリーツが顔の前で両手の手の平を振る。
「わざとらしい驚き方はしなくていいわよ。本当は言う気じゃなかったけど、流れに合わせてふざけて見せてるだけだってのは、もう長い付き合いなんだから、分かるのよ」
「む……いや、そんなことを言うから、なおさら出しにくくなってしまったわけなんだが……」
「へ?」
「いや……先読みでボケを潰されてしまった後で、なんだか出しづいんだけど……仕方がないか。一応、小道具だけ」
ブリーツは懐から、気まずそうに鯖の缶詰を取り出した。
「鯖缶!! てか、準備良すぎ! エスパー!?」
この展開は予想外だったが、サフィーが心底驚いているのはブリーツにとって喜ばしいことだ。かさばる鯖の缶詰を、わざわざ懐に入れておいた甲斐があったというものだ。
「ふふふー、なんと、これ一つで魚、鉄、鯖等々、色々なワードに対応できるのだ!」
「なんか、せこっ! てか……あんたと居ると飽きないけど、ほんと、疲れるわ」
「そうか? リビングデッドを操ってる親玉との戦闘が待ってるかもしれないってのに、だらしないなぁ」
「あんたのせいで疲れてんでしょ! ……まったく、少しでもあんたとまともに話そうと思った私が馬鹿だったわ」
一々付き合っていたら、どんどんと疲れが溜まっていくばかりだ。サフィーはがっくりと肩を落とした。
「いや、そっちこそ、何でわざわざ魔法を使わないとならない任務なんて受けたんだよ。その武器だって、魔具じゃ無さそうだし」
魔具。魔法の力を宿した魔法武具の略称だ。魔具ならば、魔法が無くても、また、魔法をかけて魔力を付与しなくても、魔法的な性質の攻撃が可能なのだ。
「魔法はブリーツがかけてくれないと困るわ」
「ええ? 俺頼み?」
「信頼してるのよ、これでも。ブリーツが居るから、こんな任務でも受けられる」
「そんな、人を十徳ナイフみたいに言わないでくれよ」
「万能ってことかしら? だって、実際、万能だったじゃない。あんたの魔法は特別なんだから」
サフィーがちらりとブリーツの方を向いた。
ブリーツは、魔法をアドリブでアレンジして繰り出すことができる。ぐにゃりと曲がるホーリーライトも、普通ならあり得ない魔法だ。しかし、そんな事を出来る人物なんて、サフィーは他に見たことがない。
それは、サフィーだけではない。
サフィーは、そんなブリーツの無茶苦茶ぶりを、一目見てから気になって仕方が無かった。だから、一時期は、魔法をアレンジして繰り出せるような人を探して、色々な人に聞きまわっていた時があったのだ。
しかし、結局、そんな珍妙なことができる人物は、ただの一人も居なかった。その事をブリーツは積極的に話してはいないようで、ブリーツの、大道芸人の曲芸のような魔法の使い方を知るものは、サフィーとブリーツの所属する、フレアグリット騎士団の中でさえ少ない。
「あんたのそういう所、結構、期待してるんだからね」
「そういう所って……何だよ、それ」
「ユニークな所が……あっ! そうじゃないのよ?」
ブリーツの表情を見て、サフィーはたった今口走った言葉を、慌てて取り消した。
「ユニークな喋りは疲れるし、お寒いのでやめてね」
「お寒いってお前……なんか、地味に傷付く言い方だなぁ」
「仕方ないじゃない。こうでも言わないと、まともに喋ってくれないんだから」
「へいへい……ってか、もっと楽な任務、あったよな?」
「あったわよ。でも、どれも歯応えの無い任務だったから、これにしたの。アンデッド相手となると、多少、対応はしづらいけど……丁度いいのが無かったから」
「丁度いいって、湯加減じゃないんだからさぁ。給料だって、変わらないっしょ、キョウカみたいに傭兵ってわけじゃないんだから。要領よくいこうぜ、要領よく」
傭兵という言葉が頭の中に思い浮かんだ瞬間、ブリーツは、過去に敵として、そして、味方として戦った、杏香のことを思い出した。杏香も随分とインパクトの強い奴だった。
「そういう考え、気に入らないわ。この任務だって、魔法使いで編成されたメンバーで行けたら効率がいいし、その方が確実だから、譲ってやってもよかったんだけど……はぁ、まったく……」
「まったく、何?」
「愚痴は言いたくないけど、今回は、やる気の無いメンツと当たっちゃったなって思ってさ。思い返しても、ちょっと腹が立ってくるわ」
「あっ、そう」
「何?」
「いや……愚痴は言いたくないっていう割に、いっつも愚痴言ってるし、腹も立ててるよなーって」
「うるさい!」
サフィーが鼻息荒く怒鳴る。
「あら……本当にご機嫌斜めだな……まあ、理由は分かるが……」
「でしょうね。思考が似てるとお互い通じ合うんでしょ」
「って事は、当たりか。まったく、若いうちの苦労は買ってでもしろっていうけど、こんなにバカ買いしてたら身が持たんぜ」
「その言い草なら、本当に分かってるわね。そういう事よ。楽したい奴らばっかり集まっちゃったみたい。一人は遅刻してくるし」
「なんだってぇ!?」
ブリーツの声が、森の中に響く。
「……いや、そこで止まるの、やめてくれないか。シーンとして滑ったみたいになってるんだが……」
「ん……確かにそうね。悪かったわ」
サフィーは、珍しくブリーツも鼻息荒く叫んだので、少し驚いて沈黙してしまったのだ。
「でも、あんたにしちゃ、随分とまともな感情を抱いてるみたいじゃないの」
「勿論だ! くそーっ! そいつに押し付けてやれば良かったのに!」
「そっちかい! 実は、それは指示を出してるマクスン准将も考えてたみたいなんだけど……」
「お前がかっぱらったんだな。分かってる分かってる。だから、こんな余計な苦労するんだもんなぁ」
ブリーツはこくこくと頷きながら、己の運命を呪った。
「分かればよろしい。でも、余計な苦労じゃないわよ。剣の腕を落とさないため。そして、騎士団としての職務を果たすため。一石二鳥の任務でしょ?」
「サフィーにとってはな。……おっ?」
ブリーツの眼前に、木の影から僅かに覗く家が見えた。
「どうやら、着いたみたいね。あの先が集落よ」
サフィーの声が緊張を帯びているのを感じ、ブリーツは、あたりをきょろきょろと見渡した。
「結構近づくまで分からんもんだなぁ」
「この辺りは、森も深いから。……準備はいい?」
「そんな、唐突に準備がいいかと言われましても……」
「じゃあ、早く準備をして。もう何が起こるか分からないわよ」
あの集落が、既にリビングデッドに脅かされているのなら、近くにも何らかの罠が仕掛けられているかもしれない二人は辺りを注意深く見渡し、警戒し始めた。
「やれやれ……他のみんなは楽な任務、受けてるんだろうなぁ……」
倒れたリビングデッドが散乱し、すっかり歩きづらくなった足場を、ブリーツはようやく抜けた。
「不満でもあるのかしら、ブリーツ」
サフィーがじとりとブリーツの方を向く。
「まーな。サフィーは剣技メインだろ? リビングデッドが苦手な剣士なのに、こんな仕事を押し付けられちゃった日にはたまらんよなー。魔法メインの奴らに回せば良かったのに」
「そうだった?」
「そうそう。全く、下の気持ちも考えてくれよなー」
「そっか、じゃあ次から考えてみるわ」
「へぇっ!?」
意図していない、人間とは思えないような素っ頓狂な高音が、口から出てしまほど、ブリーツは驚いた。サフィーのこの受け答えから、このアンマッチングな任務に駆り出されたのは、どうやらサフィーが原因らしい。
「この任務受けたの、私だから」
そうなのか。とブリーツは心の中で思った。
「えっ……だってよぉ……そりゃ、自主的にってことかい?」
「そういう事。最近、腕が鈍ってて。ちょっと歯応えのある任務、やりたかったから」
リビングデッドで埋まった場所をようやく越えた。舗装された、歩き易い道になったので、二人は落ち着いて話し始めた。
「歯応えって……ひとこと言ってくれればキクラゲとか取ってきたのに……」
「固いもの噛みたいんじゃない! 強い奴と戦いたいってこと!」
「まじか。武芸を磨きに自分より強い奴と会いに行きたいと、そうおっしゃるか」
「い、いや……そこまで大袈裟じゃなくて、最近、実戦ってほどの実戦はしてないから、腕がなまってるのを鍛え直したいってだけよ。訓練の強度は変えられるけど、やっぱり実戦で歯応えのある奴と戦わないと、なんか勘が鈍っちゃって」
大層な事を言うブリーツの言葉に、サフィーは少したじろいだ。
「勘……ねぇ……」
「缶詰とか言う気じゃないでしょうね?」
「ま……まままさかかかか!」
ブリーツが顔の前で両手の手の平を振る。
「わざとらしい驚き方はしなくていいわよ。本当は言う気じゃなかったけど、流れに合わせてふざけて見せてるだけだってのは、もう長い付き合いなんだから、分かるのよ」
「む……いや、そんなことを言うから、なおさら出しにくくなってしまったわけなんだが……」
「へ?」
「いや……先読みでボケを潰されてしまった後で、なんだか出しづいんだけど……仕方がないか。一応、小道具だけ」
ブリーツは懐から、気まずそうに鯖の缶詰を取り出した。
「鯖缶!! てか、準備良すぎ! エスパー!?」
この展開は予想外だったが、サフィーが心底驚いているのはブリーツにとって喜ばしいことだ。かさばる鯖の缶詰を、わざわざ懐に入れておいた甲斐があったというものだ。
「ふふふー、なんと、これ一つで魚、鉄、鯖等々、色々なワードに対応できるのだ!」
「なんか、せこっ! てか……あんたと居ると飽きないけど、ほんと、疲れるわ」
「そうか? リビングデッドを操ってる親玉との戦闘が待ってるかもしれないってのに、だらしないなぁ」
「あんたのせいで疲れてんでしょ! ……まったく、少しでもあんたとまともに話そうと思った私が馬鹿だったわ」
一々付き合っていたら、どんどんと疲れが溜まっていくばかりだ。サフィーはがっくりと肩を落とした。
「いや、そっちこそ、何でわざわざ魔法を使わないとならない任務なんて受けたんだよ。その武器だって、魔具じゃ無さそうだし」
魔具。魔法の力を宿した魔法武具の略称だ。魔具ならば、魔法が無くても、また、魔法をかけて魔力を付与しなくても、魔法的な性質の攻撃が可能なのだ。
「魔法はブリーツがかけてくれないと困るわ」
「ええ? 俺頼み?」
「信頼してるのよ、これでも。ブリーツが居るから、こんな任務でも受けられる」
「そんな、人を十徳ナイフみたいに言わないでくれよ」
「万能ってことかしら? だって、実際、万能だったじゃない。あんたの魔法は特別なんだから」
サフィーがちらりとブリーツの方を向いた。
ブリーツは、魔法をアドリブでアレンジして繰り出すことができる。ぐにゃりと曲がるホーリーライトも、普通ならあり得ない魔法だ。しかし、そんな事を出来る人物なんて、サフィーは他に見たことがない。
それは、サフィーだけではない。
サフィーは、そんなブリーツの無茶苦茶ぶりを、一目見てから気になって仕方が無かった。だから、一時期は、魔法をアレンジして繰り出せるような人を探して、色々な人に聞きまわっていた時があったのだ。
しかし、結局、そんな珍妙なことができる人物は、ただの一人も居なかった。その事をブリーツは積極的に話してはいないようで、ブリーツの、大道芸人の曲芸のような魔法の使い方を知るものは、サフィーとブリーツの所属する、フレアグリット騎士団の中でさえ少ない。
「あんたのそういう所、結構、期待してるんだからね」
「そういう所って……何だよ、それ」
「ユニークな所が……あっ! そうじゃないのよ?」
ブリーツの表情を見て、サフィーはたった今口走った言葉を、慌てて取り消した。
「ユニークな喋りは疲れるし、お寒いのでやめてね」
「お寒いってお前……なんか、地味に傷付く言い方だなぁ」
「仕方ないじゃない。こうでも言わないと、まともに喋ってくれないんだから」
「へいへい……ってか、もっと楽な任務、あったよな?」
「あったわよ。でも、どれも歯応えの無い任務だったから、これにしたの。アンデッド相手となると、多少、対応はしづらいけど……丁度いいのが無かったから」
「丁度いいって、湯加減じゃないんだからさぁ。給料だって、変わらないっしょ、キョウカみたいに傭兵ってわけじゃないんだから。要領よくいこうぜ、要領よく」
傭兵という言葉が頭の中に思い浮かんだ瞬間、ブリーツは、過去に敵として、そして、味方として戦った、杏香のことを思い出した。杏香も随分とインパクトの強い奴だった。
「そういう考え、気に入らないわ。この任務だって、魔法使いで編成されたメンバーで行けたら効率がいいし、その方が確実だから、譲ってやってもよかったんだけど……はぁ、まったく……」
「まったく、何?」
「愚痴は言いたくないけど、今回は、やる気の無いメンツと当たっちゃったなって思ってさ。思い返しても、ちょっと腹が立ってくるわ」
「あっ、そう」
「何?」
「いや……愚痴は言いたくないっていう割に、いっつも愚痴言ってるし、腹も立ててるよなーって」
「うるさい!」
サフィーが鼻息荒く怒鳴る。
「あら……本当にご機嫌斜めだな……まあ、理由は分かるが……」
「でしょうね。思考が似てるとお互い通じ合うんでしょ」
「って事は、当たりか。まったく、若いうちの苦労は買ってでもしろっていうけど、こんなにバカ買いしてたら身が持たんぜ」
「その言い草なら、本当に分かってるわね。そういう事よ。楽したい奴らばっかり集まっちゃったみたい。一人は遅刻してくるし」
「なんだってぇ!?」
ブリーツの声が、森の中に響く。
「……いや、そこで止まるの、やめてくれないか。シーンとして滑ったみたいになってるんだが……」
「ん……確かにそうね。悪かったわ」
サフィーは、珍しくブリーツも鼻息荒く叫んだので、少し驚いて沈黙してしまったのだ。
「でも、あんたにしちゃ、随分とまともな感情を抱いてるみたいじゃないの」
「勿論だ! くそーっ! そいつに押し付けてやれば良かったのに!」
「そっちかい! 実は、それは指示を出してるマクスン准将も考えてたみたいなんだけど……」
「お前がかっぱらったんだな。分かってる分かってる。だから、こんな余計な苦労するんだもんなぁ」
ブリーツはこくこくと頷きながら、己の運命を呪った。
「分かればよろしい。でも、余計な苦労じゃないわよ。剣の腕を落とさないため。そして、騎士団としての職務を果たすため。一石二鳥の任務でしょ?」
「サフィーにとってはな。……おっ?」
ブリーツの眼前に、木の影から僅かに覗く家が見えた。
「どうやら、着いたみたいね。あの先が集落よ」
サフィーの声が緊張を帯びているのを感じ、ブリーツは、あたりをきょろきょろと見渡した。
「結構近づくまで分からんもんだなぁ」
「この辺りは、森も深いから。……準備はいい?」
「そんな、唐突に準備がいいかと言われましても……」
「じゃあ、早く準備をして。もう何が起こるか分からないわよ」
あの集落が、既にリビングデッドに脅かされているのなら、近くにも何らかの罠が仕掛けられているかもしれない二人は辺りを注意深く見渡し、警戒し始めた。
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