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92話「イレギュラー」

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「そうですか……はい……はい、分かったです。ええ……気を付けるです。そちらも引き続き、気を付けるです……はい……じゃあ……お互いに、無事を祈るです……」
 ――ピ……。
 梓がスマートフォンの通話を切った。

「公園まで、もう少しです。近いようで、神社からは、結構遠かったです」
 梓が、誰に聞かせるでもなく口走った。冬城さんに肉薄し、怪物を二体倒した場所も、つい先ほど通り過ぎた。となれば、約束の公園は、目と鼻の先だ。
 そこはイレギュラー中のイレギュラーが発生した場所、梓がさっき、呪いを倒した場所だ。呪いの対象と生贄を両方救った場合の呪い返しはどうなったのか。人知れず、どこかで人が二人死んだのだろうか……。答えは、もう少し時間が経たなければ得られないだろう。
 梓は、その時のことを思い描いて考察している。さっきの杏香さんとの電話で、杏香さんが怪物と遭遇したのなら、答えは明白だった。呪い返しは、冬城さんと秘密を共有する関係となった空来さんの所へと行ったと結論付けられるからだ。しかし、どうやら違うらしい。
 空来さんを守っている杏香さんは、怪物と遭遇したら、すぐに私のスマートフォンに電話をかける手はずだった。しかし、私のスマートフォンには電話はかかってこなかった。もしかしたら、二人共怪物にやられてしまったのか。そう思いながら、恐る恐る自分の方から電話をかけてみたら杏香さんが電話に出た。そして、やはり怪物は今のところ現れていないそうだ。
 つまり、呪い返しは空来さんの所へは来ていないという事だ。

「……ということは……冬城さんは、かなり性質たちが悪そうですね」
 思考を巡らせた梓は、一つの、最も可能性の高い答えへと辿り着いた。恐らく、呪い返しは別のまじないで弾かれたのだろうということだ。だとすれば……冬城さんは、二重、三重の呪いを駆使して抵抗してくるかもしれない。しかし、逆に考えれば、冬城さんは、いよいよ追い詰められているとも考えられる。
 恐らく、さっきの呪い返しを防いだまじないは、そう何回も使えないだろう。呪いが失敗し、自分と近しい人も呪い返しの生け贄に出来なかった場合の最終手段だ。そして、その最終手段は、さっき、もう使った。次に失敗すれば……本人の命は無いだろう。
 そう、私はさっき、イレギュラー中のイレギュラーを発生させ、呪いの対象と生贄を両方救ったのだ。それは場合によっては危険な状況を招きかねなかったが……今のところ、私の所にも、杏香さんの所にも、死人が出たという情報は入ってきてはいない。
 となれば、いよいよ冬城さんの所に乗り込むことになるだろう。その時は……。

「……お待たせしました」
 梓は、思考を一旦停止させた。公園に着いたからだ。
「二人共、揃ってるですね。私が一番遅かったみたいです。申しわけないです」
 梓がぺこりとお辞儀をした。

「気にしないでくださいよ。それほど時間がかかったわけじゃない。俺はただ、少しお守りとかの類を持ってきただけだし、家も近いから、早く着いただけっすよ」
「そうそう。僕なんて寝てただけだし」

「そうですか……体の調子、どうです?」
「だいぶ、良くなってきたかな……冬城さんがどこにあるかは知らないけど、そこに着くまでには、回復してると思う」
 瑞輝は、その自分の言葉に偽りは無いことを、口に出して、初めて自覚した。「回復してると思う」。その言葉は適切ではあるが、御幣を招く言葉だろう。
 瑞輝は、魔力の回復が、そんなにすぐには出来ない事を知っている。もう一撃ディスペルカースが放てるくらいの魔力を回復することが出来たかといえば、かなりシビアなところだろうと踏んでいる。
 場合によっては、魔力を使い果たしてしまうかもしれないし、自分が保有する魔力を使い切ってもなお、無理矢理にでも魔力を供給することになるかもしれない。そうなれば、消費するのは生命だ。そうなったら……体がどうなるかは分からない。

「そうですか……じゃあ、早速、出発するです。必要以上に急ぐこともないですが、早く着いた分だけ、有利になることも確かですからね」
「……いきましょう」
「なんか、緊張してくるなぁ……」
 駿一と瑞輝がベンチから立ち、梓を見た。
「……出発するです」
 梓が一歩、足を進めた。一歩、また一歩と踏みだすその足が、梓には物凄く重く感じる。それは、巫女服の各所にに詰め込んだ装備のせいもあるだろう。背中には、破魔の矢を打つための弓や矢に加えて、接近戦用の薙刀も背負っている。怪物相手に接近戦に持ち込まれた時点で、梓の命の危険は相当に高まることになるが……それでも、少しの希望を切り開くため、そして、場合によっては一矢を報いるために必要だと思って持ってきたのだ。そして、ポケットには、様々な状況に対応するための札も詰め込んでいる。それらを合わせれば、かなりの重さになるだろう。なので、物理的な重さもある。しかし……それ以上に、心の重さが現れているのだと、梓自身、感じざるを得なかった。

「その……今回、ちょっと分が悪いです。ほら、さっき怪物を撃退した時も、瑞輝さんの魔法があったお蔭で、二体目に破魔の矢を命中させることが出来たです。それで……今から行くのは冬城さんの家です。冬城さんの家は、連続殺人犯の本拠地でもあるです。さっきみたいに怪物二人だけじゃなくて、もっと居るかもしれないし、別の何かが襲ってくる可能性もあるです。だから……」
「だから、俺達は休んでろって? それ、おかしくねーか?」
「僕もそう思う……って、なんか駿一君の後追いばっかりな気がするけど……でも、僕も、僕の意思で一緒に行きます。だって、梓さん一人だけじゃ、危ないんでしょ? だったら、なるべく危なくないように強力しないと」
「ああ。俺も同じ意見だ。俺も、それなりに呪いに対しての知識と、対処手段を持ってる。もっとも、素人だから、たかが知れてるが……それでも、居ないよりはマシなんだろ。あの時、声、かけたんだから」
「二人共……」
「なんとなく、梓さんの気持ち、分かります。だから、協力しなきゃって思ったんです。会って間もないけど……梓さんは、余程のことがなければ、僕達に協力を頼まないんじゃないかって」
「そうだな。一時の気の迷いであれ、プロが素人に協力を頼むなんて、余程のことだよな。危険なんだったら、尚更だ。命の心配をしなきゃいけないってことだからな。これで何もしないで、梓さんが死んだなんてことになったら、寝覚めが悪いなんてもんじゃない」
「……ありがとうです。とっても、頼りになります」
 駿一と瑞輝、二人の優しさを感じつつ、梓はお礼を言った。
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