機皇の国【お試し版】

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第一章 海より来たりて

非常事態

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 次々とポップアップしてきた警告の逐一を閉じ、空中の画面を一番最初のコンソールしかない状態に戻した事で、ようやくジェネルの蛇腹状の指はコンソールにある「ユニット選択」の項目に触れる。

 コンソールの上に更に別のコンソールが展開され、画面の左端、最上部に表示されている三機のXXLサイズメカの内、《ジェネシスコア》シアペル・ハートの名前に着目する。

 メカの名前が表示されているボタンの中にはメカのサイズとメカの現在の状態も記載されている。
 機能を停止する前、『完全停止』と表記されていた状態の筈の項目が『待機中』に書き換えられている。

 その現象はシアペルにだけ起きている訳ではない。
 他のメカも『待機中』状態で命令を待っている。再起動の影響はジェネレイザ全体に出ているのだとジェネルは確信した。
 同時に海に放り出されたメカ達が今どんな状況下に立たされているのかも理解する。
 早く救出しなければ。シアペルの名前をタップし呼び出したのはその直後の事だった。


『お呼びでしょうか、陛下』


 画面越しからすぐに耳触りの良い妙齢の女性の声がレスポンスとして返ってきた事で、命じる内容は纏まった。


「寝起きの所済まないな、我々は何者かに叩き起こされたようだ。途端に発生した警告の嵐で目が覚めてな、安藤主任らにも繋がらず、いても立ってもいられなくなった。こちらで検知した問題の数々に対し、シアペルにはユニリィ、メルケカルプと協力して事にあたって貰いたい。シアペルは土壌の状態を調査し、メルケカルプは周辺区域の偵察、ユニリィは海の上の要救護者を救出してくれ。あくまで要救護者の救出が最優先だ、良いな?」

『承りました』

「手が足りないと感じたら軍の戦力を使って構わん。もし敵対勢力を発見したなら倒さずに追い返せ。命令は適宜更新しておく。各自、己の努めを果たしてくれ」

『では、後ほど報告します』


「頼んだぞ」とジェネルが締めたことで通信はシアペル側から切られる。
 強引な再起動の影響はまだ抜け切っておらず、立ち上がる事でやっとだと判断した上でシアペルを呼び出す前、「ユニット選択」画面を切り替えて表示された、ジェネレイザに所属する全てのメカの名前に注視する。

 まず、海に放り出されたメカの問題。一応ジェネレイザ近辺にも海は存在するが、あくまでそれはユニリィ・ファクトリアに隣接する西側一辺のみで、他は全て陸地である。
 ユニリィ・ファクトリア――ジェネレイザの兵器、メカ製造を担う工場群――は造船業も担う為、立地を考えて海に面した西側に配備されていた。
 また、海を得意としないメカは海を避ける傾向にある。海上に配置可能な車両メカや船舶メカに輸送、搭載されている状態でも無い限りは海を跨ぐようなルートは通らないのだ。
 サービス終了時の一斉停止は全員が領内にいる状況下で行われた為運搬途中だったメカはこの非常事態が起きるまでには存在していない。
 現在海上にて待機状態にある者達の中には海を避ける筈のメカが大多数含まれており、これらの事から海が存在する西側に集中して放り出されたという状況はまずありえないと判断した。

「ユニット選択」画面を閉じ一番最初のコンソール画面に戻した事で次の問題に移る。
 次に、土壌汚染の問題。《マギア:メタリズム》においてメカにはメカ専用の、他の種族には他の種族の状態異常が各種存在するが、土地や領海、領空に対しての状態異常、またその類のイベントはサービス終了まで実装されていなかった。
 それが今になって実装されたとしても可笑しな話である。遊び心として盛り込んだ所で、それを知る者は安藤主任達以外に存在しないのだから。
 では何故土壌汚染は発生したのか。それを知るには先の問題と合わせて現在地を把握する必要がある。

 コンソール内にある項目の一つ「マップ」に触れ、現在地を表示させる。何事も無いなら見慣れたジェネレイザの全容が表示される筈なのだが――

 ――そんな期待を消し去るように、「マップ」は今のジェネレイザはお前のよく知るそれでは無いと否定した。

 土地の形状すら分からない「UNKNOWN」の表記。
 マップの表示される筈の黒い画面にはノイズが走っていた。
 それが、徐々に明らかになっていく。そう言えばメルケカルプとその部下が動く頃合いだな、と思いつつ画面を注視し続けると現在地を示すマップは更新され、そこに映った光景に絶句した。

 西はおろか、東西南北全てが海に面していた。

 更にその海の上には味方を示す青色の点の夥しい数の反応が存在し、そこに船の形状を簡略化したような青い五角形が示す、ユニリィの部下達が手分けをしてその反応に接近し救出に向かっている。
 後回しにしていた領土の5分の3が失われていた理由に関してもこれで合点がいく。
 何故、海に放り出されたのかもこれで説明がつく。
 土壌汚染の問題にも、表示された土地全域にシアペルが一通り調べてくれたのか、許容値を遥かに上回る強力な魔力反応があり、早くも解決の糸口が見つかった。
 ただ一つ納得がいかなかったのは、愛しきジェネレイザの地は何処にもなく、自分達が不条理の上に立たされている事だった。




「――つまり、我々は遭難した、と」


 鎮座されたカプセル型の装置の内部。横たわった姿勢のまま青い双眸で半透明なガラスを見上げ、少女は呟いた。
 少女の他に誰も居ないはずだが、何処からともなく聞こえてくる女性の温かな声が少女に答える。


『そうなりますね。私達は国ごと何処か知らない場所へと飛ばされてしまったようです』


 会話の内容からして、想定外の事態が発生しているようだが、少女も女性の声も落ち着き払っている。
 現状に驚くよりも先にするべき事があるから、というのもあるが、彼女達が持つある性質も一つの理由である。


「これからどのように行動すればよろしいのでしょうか、シアペル様」

『現状の把握、発生した問題の解決はユニリィ、メルケカルプと共に行っています。β-コルナフェル、貴方はα-ジナリア、γ-ベルディレッセを起こして下さい。現状の詳細な報告はその後に』

「かしこまりました」


 シアペルと呼ばれた女性の声が途絶えると共に、装置内にあった赤いランプが消灯し、その隣の緑のランプが切り替わるように点灯する。
 気体が抜ける音と共にガラスが、外気との温度差でその身を曇らせつつ独りでに上へ開いていき、内部の冷気が生じた隙間から漏れ出ていく。4割程開いた所でコルナフェルと呼ばれた少女は体を起こした。
 完全に開ききった事でコルナフェルはカプセル内部から出て行く。彼女の動きにと接続しているコード類が追随するが、ある程度引っ張られた事で端子が外れ、彼女が使った座席の中へ巻き取られるように格納されていく。

 そして、外気に彼女の白磁の肌と、胸や足腰回りがよく目立つ豊満な肉付きが露わになった。
 肩や腹部の上、首下など肉体のほぼ全体の表面にある継ぎ目、背中の灰色の外骨格、そして稼働している小さな部品の数々を内蔵する青の双眸が彼女が人型であっても人間では無いことを証明している。
 尤も、カプセルにその身を収めるにあたってパーツの一部を肉体の内部に格納している為、これが彼女本来の姿では無いのだが。

 数歩歩き、何も無い筈の空間に手を触れると、青く淡い光で縁取られたコンソールを掌の下に出現させる。その中の区切られた一つの四角いボタンを押し、コンソールを閉じる。
 すると、彼女の体は転送されるように現れた衣服を着用した状態に変わった。

 白銀を基調としたワンピース風のパーティードレスを身に纏い白のローヒールを裸足に履いた彼女は、歩いてきた方向、カプセル型の装置が鎮座する空間へ向き直る。
 そこには、開ききった装置の両隣に同じ装置が並んでいた。
 彼女が二回手を叩くと、両隣の装置もガラス部分を上へ開き、内部の冷気を逃し始めた。

 中身であるも目が覚めたらしく、曇りガラスが上へ引き伸ばす冷気の中二つのシルエットが動いている。コルナフェルから見て左のシルエットは欠伸の動作をしながら気怠そうに体を起こし、右のシルエットはただただゆっくりと体を起こした。

 冷気の霧が晴れ、次第に彼女達の姿が顕になる。
 左のシルエットの正体は白のショートヘアと赤い目を持つ少女であり、すらっとした体型ながらもコルナフェルと比べて少し大人びた顔立ちをしている。
 右のシルエットの正体は黒く腰まで伸びたロングヘアと紫の目を持つ少女であり、他二人と比べるまでも無く幼い姿である。
 二人共コルナフェルと同じ部位に継ぎ目があり、機械部品を集約した目を有していた。


「ジナリア姉様。ベルディ。これからシアペル様からのご報告があるのです、もう少ししゃっきりして頂かないと」


 何時も通りの二人の姿に安堵しつつも今は非常事態である為気を引き締めるよう促す。
 そんなコルナフェルの姿から察したのか、ベルディと呼ばれたγ-ベルディレッセ――黒の少女は虚ろげな眼をはっと開くと、すぐさま跳躍して装置から出ていった。


「うん、しゃっきりする。これも姉様達の名誉の為」


 コルナフェルがしたのと同じように紫のコンソールを起動、入力し、白いTシャツの上に黒のポリスジャケットを羽織り、青紫のホットパンツと黒白でボーダーを描くニーハイソックスと黒いスニーカーを履いたベルディは、コルナフェルの隣に華麗に着地を決め、続くジナリアと呼ばれたα-ジナリア――白の少女が出てくるのを待った。


「しっかりした妹達を持てて、私は幸せ者だよ」


 二人を待たせるのも悪いと思ったのか、ジナリアは装置内で背中のコードを手際よく取り外し、赤いコンソールの入力を終えてすぐさま着替える。
 ワイシャツと赤紫のジーンズを着用し、黒のソックスとワークブーツを履いた彼女は、ベルディとコルナフェルの元へ早歩きで向かっていく。
 外出の準備を整えた彼女達三人は、シアペルがそれを確認するのを待っていた。
 すると、部屋の壁に目立つように配置されたガラスのカバーで覆われたカメラの赤いレンズが彼女らの方へ向く。


『準備が整ったようなので現状報告を始めます。先も説明しましたが時空間異常が発生し1時間が経ちました。機皇国ジェネレイザは現在島の上に存在しています』


 事前に聞き及んでいるので、三姉妹に驚きは無い。だが、理解の範疇を超えた事態に置かれているのだと、改めて思い知った。
 この事態の発端となった時空間異常が発生するまではジェネレイザという、魔導工学の結晶とされる種族:メカのみで構成されていた国家は元々大陸内、それも西側のみが海と隣接した地域に存在していた。
 それが今は島の上にある。名前も位置も把握できていない島の上に。


『そしてジェネレイザの全てがこの島に収まっている訳ではありません。首都カルヴァルズ・フルドとその周辺施設であるパンべナット・スレーヴ、ユニリィ・ファクトリア、メルケカルプ・フォートレス、ハーミット・クリフが島内に収まっています』

「では、それ以外の地区はどうなったのですか?」


 コルナフェルの問いに、シアペルはすぐさま答えた。


『島内には見当たらず、また海にも上空にもそれらしき痕跡や反応が無い為、島内に収まったジェネレイザの土地と切り離されてしまったものと考えます。但し、他の地区に在籍、配備されていたメカは島の周辺海域に放り出された為救助活動を行っています』


 国土は首都と、隣接した周辺施設のみ無事が確認され、それ以外は不明。国民は首都周辺施設の更に外側に居た者だけが島周辺の海の上で救助を待っている。


『我々は知らない内に領土の5分の3を失う事態に陥りました』


 探せばそれらしき地域が見つかるかもしれないが、島の近辺に存在しない以上、そうなってしまう。
 また、だからと言って嘆いてばかりもいられない。今のこの状況下では新たな問題が降り掛かってくる。


『此処が他国の領土であったなら、これを侵犯行為とみなし集中砲火を浴びせるかも知れませんし、海に放り出された全員を救出が完了しても、現状を放置したままでは物資の供給が足りなくなります。そこで、周辺国の有無を含めた地域の調査に関してはメルケカルプが、海上、上空を問わないプラントの設置に関してはユニリィが対応する事になりました。少々時間はかかりますが、何れ良い報告を持ち帰ってきますよ』


 嘆く暇すら許されないとすら言いたげなシアペルの口調に、三姉妹は同情の意を示した。
 泣き面に蜂とは正にこの状況を指すのだが、迫る蜂が二、三匹だけとも限らないのだ。


『私が現在、対応にあたっているのは、この島の土壌汚染です』

「土壌汚染、ですか」

『はい。この島は周辺海域を含めた全域に渡って魔力による土壌汚染が発生しています。許容値を大幅に超えた魔力量が測定されており、島全域に溢れかえった魔力による農作物等への甚大な被害が予想されます』

「と、なると。パンべナット・スレーヴに被害が及んでいると」

『その通り』


 ジナリアの発言に、シアペルが肯定する。

 パンべナット・スレーヴとはジェネレイザが誇る第一次産業地だ。
 首都カルヴァルズ・フルドより南に位置し、上空から見た場合真円に見える丸型の土地で、8万ヘクタールもの規模を持つ。

 特徴はそれらだけでなく、その土地が独立した四季を持っているという点にもある。
 真円を均等に四分割するように、春夏秋冬が綺麗に分かれており、その四季が一年間で時計回りに土地の気候を季節をスライドし、一周させる。また一年間で土地の四季をスライドし一周…このループを首都より供給される電力で実現している。

 ジェネレイザを生きるメカの中には人間同様に食事を行う者、使用、消費する燃料にバイオマス燃料を採用した者、畜産業に興味を持ち自発的に始めた者も居る。
 そういった者達の生活と娯楽を支える地がこの場所だ。
 それが今、土壌汚染が島全域で発生しており、一番にその割りを食ってしまっている。

 非常に不味い事態にある事は、誰がどう見ても明白だった。しかし、この絶望的状況を覆すことが出来る為にシアペルは尊敬されている。


『ですが、原因さえ分かればこちらの独擅場です。今現在、土壌に含まれる余剰魔力の排除を行っていますので、三日もあれば魔力を許容値の範囲内に収められます。そこからもう二週間費やせばパンべナット・スレーヴは完全復活を遂げるでしょう』


 どのように、とは言わずともジナリア達三姉妹にはピンと来ていた。使用するであろうの存在に。


「私達に出来る事は何かありますでしょうか?」


 想定しうる殆どの問題は、ジェネルはおろかシアペル達も察知して既に行動を起こしていることだろう。
 目覚めたばかりで悪いけどやらせる事は何もないので待機、と言われてしまうことまで三姉妹は想定していた。


『そうですね、そのつもりで起こしたので貴方達に任務を与えましょう。コルナフェルはユニリィの、ベルディレッセはメルケカルプの様子を見に行って下さい。立場の横並びになる私よりも話しやすい事があるでしょうから。ジナリアは島での生活に切り替わるにあたって居住区の住民や、海から救出した者達に聞き込み調査をお願いします』

「仰せのままに」


 先ほどとは打って変わって、声色の変化を最小限に留めた上で彼女が本来持ち合わせている威厳を露わにし三体の表情が引き締まる。
 三姉妹はその命令に畏まり、片膝を突いてカメラに頭を下げる。この場にシアペルの姿は無い筈だが、彼女達を捉えるカメラが映すその光景はシアペルの姿を想起させた。


『それでは、解散して下さい。良い報告を期待していますよ』


 部屋の西端に位置するエレベーターに乗り込み、三姉妹が部屋を後にするのはその数秒後の事だった。


 ジェネレイザ国内での移動、通勤手段は豊富な種類が用意されている。
 空中を軽快に走る1、2人乗りホバー式バイク型車両メカ、空中に特殊な線路を敷いて進む列車型車両メカ、自らに装着し自在な飛行を可能にさせるジェットパック、予め一部の種類のメカに備わっているタイヤ、ホイールの使用、特定のエリア同士を繋げるワープポイント等、実に多彩だ。
 それ故に己の手足を用いた歩行や走行を敢えて採用する人形、亜人形メカも少なく無い。

 では、ジナリアら三姉妹の場合はどうか。
 外行きの衣服を着た身でありつつもコンソールの操作で靴や靴下を一旦外し、彼女達が出てきた、首都が誇る天高くそびえ立つ細長い建築物であるメインタワー手前にて、真上近くに来た太陽が地面もメカ達も照らす中裸足になる。

 それから、合図を必要とせずに三人同時に高く跳躍した。
 滞空したままの状態で人間のそれによく似た、足を構成していたパーツの数々を変形させる。
 内部機構となる高い耐熱性を持つ黒いパーツとそれらに囲まれたバーニアがその姿を外気に晒した。

 そして足元のバーニアが点火し、彼女達はバーニアから鮮やかな光を放ちつつ、風を切って各々の目的地へと飛んで向かっていった。



 ジェネレイザの中央に位置する首都カルヴァルズ・フルドより西。そこには海に隣接した大小規模を問わない工場の数々が建ち並んでいる。
 元々領土そのものが大陸内に存在する国家であった為、此処にある工場群もまた影響を少なからず受けている。
 だが、立地的には殆ど変わらず、扱う資材資源を今後何処から確保すべきかがネックになっているだけで設備の稼働に支障は出ていなかった。

 コルナフェルは現在、ユニリィ・ファクトリアと呼ばれるその灰色の大地を埋め尽くす工場群の上空100m圏内を通過している。
 目的はこの場所より更に西へ進んだ先に居る数多のメカのマザーにあるからだ。大小様々な船舶メカの停泊する港湾区域が見えてきた所で彼女は着陸準備に入った。
 設備点検がてら来ていた作業服姿のメカ達の注目を集めつつ、埠頭の上に静かに着陸した。

 目的の対象もまた彼女が来る事を知っていたらしく、コルナフェルが数歩前に歩く事で彼女の現在位置を把握したようだ。


『いらっしゃい、コルナフェルちゃん。もう少し近くに来てね』


 シアペルより少し大人びた、落ち着き払った女性の声が彼女に直接届いた。
 港の遙か先に見える、海の青に干渉する乳白色の巨大な物体が自分からどのように見えているかを頼りに、彼女は歩みを進めた。
 くの字に折れ曲がった防波堤の上に差し掛かった所で、潮風に靡く白銀のドレスは立ち止まった。
 そして、彼女の周りに「TALKING」という文字とその左右から伸びる模様がおもむろに回転する青白いサークルが展開された。


『そこで十分よ。シアペルに頼まれて来たのね』

(はい。進捗状況はどうなのか、と)


 コルナフェルは外海の方、波に打たれつつもそこに固定されているように静止を続ける乳白色の物体に目を向けながら通信に似た会話を続ける。
 彼女から見て、小さく波打つ青い海と共に視界を埋め尽くさんが如く巨大なそれこそが、彼女の直属の上司にして、目的の船舶メカだった。


『シアペルも心配性なんだから。私、ユニリィ・スペードが管轄するユニリィ・ファクトリアはプラント、難民受け入れ地共に予定区域を確保し建造を進めているわ。欠伸が出る程順調にね』


 ジェネレイザ西側の海を覆う壁にすら見えるそれは、一つの巨大な船であった。ジェネレイザが誇る最大級クラスXXLサイズメカにして、海を司る三機神の一角、《カタストロフィ》ユニリィ・スペードそのものである。
 今、コルナフェルの視界に映る乳白色は、ユニリィの船体側面の一部に過ぎない。全体像の目視は、上空に居ないと出来ないだろう。

 彼女自身もジェネレイザ最大規模の工場として機能しており、彼女の船内では忙しなく数多のメカ達が製造作業を行っている。
 その証拠に、ユニリィの頭上からファクトリアの埠頭へと完成品の数々を空路を伝って次々と運ぶメカ達の姿が見えていた。

 また、彼女はこの港湾に待機している種類も含めジェネレイザの船舶メカ全ての統率者でもある。沖からは仕事を終えたらしく港湾に寄ろうとする船の姿が見えた。
 当然ながらユニリィとの物理的な距離も近くなる。
 船首の詳細な形状が見えてきた辺りでその船の周りに「CONNECTING」の文字とレモンイエローのサークルが10秒程表示され、それからすぐに消えた。

 会話をしながらも己の機能を活用し、更には部下に指示を送って周辺海域の偵察も行わせている。
 これが並行して出来るユニリィはコルナフェルにとって頼もしくもあり、恐ろしくもあった。

(…分かりました。では、シアペル様にはそのようにお伝えしておきます)

『ああ、待って待って。 折角来たんだし、もう少し話に付き合わない?』


 様子を見る、という任務は終わり、報告をすべく一礼をして戻ろうとした所をユニリィに引き止められる。
 元より断る理由の無いコルナフェルは、「TALKING」を維持したままその場に留まった。


『興味深いデータが見つかったんだけど、これも伝えた方が良いんじゃないかしら?』


 彼女の目の前にウィンドウが表示され、それに目を向けると、「ジェネレイザ遠海に生息する海洋生物のデータ」とタイトルが大きく表示されている。
 その本文として記載された資料の数々に、彼女は思わず目を見開いた。



 カルヴァルズ・フルドの東の隣接地。
 管制塔と誘導路、滑走路の数々がよく目立つ空港が並び、それだけでなく機関砲やミサイルハッチ、レーザー砲の数々に、レーダーアンテナと仰々しいまでに対空設備を陸上に備えていた。上空には各種飛行機を模した航空メカやバックパックのバーニアで飛行する亜人形メカが小規模の編隊を組んで飛び交っている。

 メルケカルプ・フォートレスと呼ばれるこの地は元々は内陸地に設立された空軍基地であり、その名の通りジェネレイザ空軍こと『クローバー・エアフォース』がこの地を主要拠点としている。

 ジェネレイザの関係者であろうとも、上空を許可無く通ろうとする者は事前通告の後に対空砲火の雨を浴びる事になる。

 更には島の上に場所を強制的に移された事で、元々海上付近に移す事を想定してなかった設計のこの地は、一部滑走路が海沿いになる、または島の砂浜に沿って一部が浸水するなど島の形状に大きく干渉してしまい、使い辛くなった。
 土壌汚染でパンベナット・スレーヴが割を食ったように、場所の移動でこの場所が割を食ってしまったのだ。

 増築や改修案が多数寄せられる、警備の厳しい筈のこの地の上空でベルディレッセが何も言われずに飛べているのは何故か、それは彼女がアポイントメントを取っているだけでなく、彼女もまた『クローバー・エアフォース』の一員だからだ。
 しかし、彼女は軍隊としては特殊な立ち位置に属していた。
 それはジェネレイザに於ける地位の高さに理由がある。

 ジェネルの側近であらゆる物事の決定権を持つ三機神、その次に偉い立場にある三姉妹の末妹である故に、軍人としてこき使おうものなら如何な上官であろうと直ちに処罰を受ける羽目になる。

 その為、厳しい処罰から免れるべく、軍隊の一員としての義務感、責任感より姉妹の団欒を大切にしてほしいと上官、部下共々当初は厄介者の排除目的から、今は嘘偽り無しの善意から思われるようになり、『クローバー・エアフォース』の面々が集まる軍事訓練や会議等は彼女だけは理由の有無に関わらず欠席可能、もしくはテレワーク形式での参加が可能という特例措置が施されていた。

 また、《マギア:メタリズム》のストーリー上に於ける三姉妹の末妹としての都合を優先した彼女の活躍は、空軍所属としての実績にカウントされており、彼女は単独行動が多いながらにしっかりと功績を打ち立てる変わり者という評価に落ち着いた。

 彼女自身は空軍として積極的な態度を示せていない事に申し訳の無さを感じているが、一方の空軍からはある意味では連帯感をより強固にさせた立役者として、作戦に参加していなくても一定の評価が得られているのが今の彼女の立場である。

 それ故に、空軍だけでなく陸海空軍の最高決定権を持つ、総帥マーシャルの居るこの地に久しぶりに訪れる事自体が彼女にとっての苦痛となっていた。
 彼女の存在を観測したことにより長らくこの地を後にしていた英雄の凱旋に空軍全体が歓迎ムードになっているとは露知らず。


『そこのお嬢さん、止まりなさーい』


 目的地である黄土色の螺旋を描く太く短い塔が見え、そこに接近しようとする。
 その直前、「TALKING」のサークルが表示されて彼女はバーニアを噴かしたまま空中で静止した。
 思いの外、その声色に怒気が無く、彼女は首を傾げた。


『よしよし、良い子っすね。それ以上近づくとアペード・ラジーの真面目バカがうるさいっすよ』

「真面目バカって…」


 曲りなりにもエース級の配下をそう呼称する、総帥でありながらも軽々しい口調の女性の声にベルディは少し拍子抜けする。
 しかし、否定は出来なかった。実際、彼は愚直なまでに真面目なのだから。出会ってしまえば面倒事になるのは間違いない。


『直接会うのは何年ぶりっすかねベルディちゃん。 シアペルの奴に頼まれて来たんすか?』

「う、うん、そんなところ…」


 質問の内容自体は予想の範囲内ではあるが、これまでの事で何時怒鳴られるか気が気でないベルディは、恐る恐る答える。
 また彼女の姿を一目見ようと、少しずつ距離を詰めてくる編隊の数々も、彼女からすれば不安要素でしか無かった。


『そんな怯えなくて良いっすよ。ウチは実力主義なんで、怒る理由なんて無いっす』

「そうなの?」

『総帥たるこのメルケカルプが保証しなくて、誰が保証するんすか』


 メルケカルプ・クローバー。
 空を司る三機神の一角にしてXXLサイズの要塞メカたる彼女の正体は例に漏れず、今ベルディが上空よりその姿を見ている、螺旋の塔そのものだった。

 《ネスト・プロミネンス》の名に相応しく、彼女の本体は『クローバー・エアフォース』の巨大な拠点となっている。
 そして塔に内蔵されている高性能AIが、やって来たベルディの話し相手として会話している。
 何某かの注意を払ったらしく編隊の距離がまた遠くなったのを見て、ようやくベルディは一息つき、本題に入った。


「…じゃあ、周辺地域の調査について教えて」

『オッケー。じゃ、このデータを渡すんでシアペルに届けてやって下さい。多分アタシから送った所で味気無い反応しか返さんでしょうから』


 同士であってもコミュニケーションが少ないのはつまらないのだろうか。直接送った方が良いのでは、と思いつつもメルケカルプの依頼を承諾する。


『たまには此処に顔出しに来てやって下さいベルディちゃん。あいつら喜ぶっすよ』

「…うん。何時か、また来るね」


 得られた地域情報などを自身のコンソールで確認し、ベルディは改めてよく知らない島の上に来てしまった、と思った。
 期限は設けない約束をした上で、ベルディはそろそろ引き上げようとすると、メルケカルプより衝撃的な話が飛び込んでくる。


『それとまあ、此処はもうアタシらの知る世界じゃないと思った方が良いっすね…』

「えっ?」

『こんな個性的な島、元の世界にあったなら知らん訳無いでしょうから』




 首都カルヴァルズ・フルド、その中の南西に位置する居住区では、戦闘とは無縁な一般メカが各々の家庭を築いて暮らしている。
 ユニリィ・ファクトリアの従業員が居れば、居住区に道路を隔てて隣接した北西の商業区で販売員をする者も居るし、パンベナット・スレーヴで農家をやる者もこの地区に家を構えている。

 そんな所属も種類も異なるメカ達が、決して狭くない範囲の中で和気藹々と暮らしていた。
 また居住区には多目的ホールや建てられたばかりで居住希望者のまだ居ない一軒家、関連施設の建設予定地などが存在し、ある程度の避難民は受け入れられる準備を整えている。
 これから建設される海上、天空居住区への移住希望者の仮設住宅も準備され、居住区はいつもより盛り上がりを見せていた。


「何か困った事があるなら、何時でも相談して欲しい。こんな状況だからこそ皆で助けあって乗り越えよう」

「ジナリア様、ありがとうございます」


 だが、一部区域にメカが従来の想定以上に密集すれば混乱が起きるのも予想される。
 その混乱が起きる前に、不平不満をぶつけて改善を促す調整役として、現在ジナリアは抜擢されていた。
 面倒事を押し付けられたような形になったが、元よりシアペルの直属の配下にあたる彼女に文句は無かった。


 居住区に来てから数時間が経ち、もうすぐ日が暮れようとしていた頃。


「ジナリア様、私からも質問をして宜しいでしょうか?」

「ああ、今日はこれで最後になるけど、何でも聞きたまえよ」


 誠実に接する事をすれば、誠実に反応を返す、親しみやすい性格の彼女は正しくその役職に相応しい存在であり、そんな彼女が味方になってくれるという事に居住区の住民や避難民は心強さを感じていた。
 知っている範囲でなら答えられる、と予防線を張ってはいるが来て早々幅広い知識を披露し、シアペルから預かった権限を上手く行使する彼女はスーパーアドバイザーとして住民達のコミュニケーションの中心となりつつある。
 数日に分けての質問会が開かれ、初日である今日は最後に重機型のメカの質問により滞りなく好調で終わりを迎えようとしていた。


「今回の騒動が起きて以来、我々はプログラムの範疇より逸脱した行動を取っている気がしてままならないのです。それに、既に役目を終え機能を完全に停止した筈では? なのに何故、このような事になっているのでしょう?」


 そう、質問者の言う通り、ジナリアらこの場に居る者も含めたメカ達は、あくまでプログラムの集合体であり、今まではプログラミングにて組み込まれた命令を忠実に実行していただけに過ぎない。

 プレイヤーに戦闘システムの手解きをしたのも、プレイヤーに加勢したのも、プレイヤーと敵対したのも、全てプログラムに則った行為だった。
 そして、最後にサービス終了に際し最後のプログラムを読み込んだ機皇帝直々の命により、ジェネレイザの全てが御役御免となりプログラム通り機能を停止した。
 創造主に最も近い機皇帝の命令は絶対遵守であり、遠き世界よりジェネレイザを創った創造主に別れを告げ、永久に破られる事の無い眠りについた、筈だった。

 それが一日も経たずに再起動を起こし、プログラムを逸脱した自我をジェネレイザの国民であるメカ全てが有するようになった。
 元々機能の完全停止が最後の命令である筈なのに、今こうして発生した問題を解決するという、命令に背く行為をしているのは何故なのか。
 そもそも眠りが妨げられたのは何故なのか。

 一般メカの言葉にはそうした意味が込められており質問者とこの場に居る他の面々も固唾を飲むように返答を待った。


「ああ、それは、それはね――」


 しかし、ジナリアは悟られぬようにしつつも返答に悩んでいた。シアペルからは聞きこみ調査を頼まれたに過ぎず、今のこの置かれた状況を説明して欲しいと尋ねられても、むしろ聞きたいくらいなのが今の彼女である。

 ジェネルやシアペルに助言を求めようにも、彼らは現在進行形で発生した問題の対応に追われている。あまり頼ってばかりでは迷惑になるだけだ、と思い自分だけで解答する事に決める。
 そうしている内にも刻一刻と、貴重な時間が過ぎていく。あまり待たせては悪いと得られた情報を元にジナリアが導き出した結論は――


「バグだね」

「バグですか」


 ――得られた情報が満足のいく量であるとは限らない。

 ずるい気がしないでもないが、ジナリアは誤魔化しも含めてこう仮の結論を述べた。
 納得のいくものでは無いだろう、と恐る恐る一般メカ達の反応を伺うが、彼等は納得のいった様子だった為、若干の動揺を隠しつつ彼女は続ける。


不具合バグこそ発生しているけど支障エラーが出ている訳では無いようだよ。少なくとも今は眠りについている場合では無いし、陛下もまた創造主の皆様に助けを求める事も出来ない状況下にあるから、止むを得ず活動を再開したんだよ。命令に背いたのは事実だけど、だからといってこの非常事態を放置するのは創造主の皆様もお望みではないだろうね」


 陛下も聞かれたならこう答えるだろうね、多分。

 そんな事を思いつつそれらしく体を整えた返答を述べ、質問者が満足のいった様子だったので、彼女は再び安堵した。


「この辺で良いかな。それじゃ、私は失礼するよ。また何かあったら教えてほしいな」

「ありがとうございました。ではまた明日お願いします」


 おもむろに立ち上がり、居住区の住民や避難民に見送られ、彼女は多目的ホールの自動ドアに向かい去ろうとしていた。
 自動ドアを目前にして、彼女は振り向く。


「ああ。全てはより良き生活を送るため。私も、君達もね」
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