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3章 12人の思惟

16話 媚びる狼と綺麗になった智子さん

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良い意味でも、悪い意味でも・・・・

それは普通のピザではない。
思惟の兄、狼図は智子の反応を見つめた。

ピザハウス・オーパーツの、
バイトのウエイトレスの智子は、
サラミとチーズのいっぱい乗ったピザを、
ナイフとフォークでくるりと巻いた。

狼図は、そんな食べ方をする人を初めて見た。
なかなか上品な食べ方だ。

智子は、慣れているのか、
ナイフとフォークの使い方が、
とても美しかった。

それは、祖母の箸の使い方に通じる美しさだ。

智子は、ゆっくりとピザを口に運んだ。

狼図は智子の反応をじっと待った。

「なにこれ!めっちゃ美味しい。
今まで食べたことがない種類の味がする」

満面の笑顔だ。
ピザ職人としてこれ程の栄光はない。

そして、
食べたことがない種類の味・・・
的確な表現だ。

狼図が、嬉しそうにしていると

「・・・で、さっきの話の続きは?」

と、話の続きを催促した。

「ピザハウスの開店資金を投資してくれたのは、
里山旅館の仲居さんたち。
子どもの頃から媚びた甲斐があった。
媚びてみるもんだね。
仲居さんたちも、数年後、貯めこんだ貯金を、
全額俺に、渡してしまうとは思いもしなかっただろう。
成功するかどうかなんて、解らないのに・・・
さすが狼の名を持つ俺。哀れな子羊ちゃんたちだ」

「小っちゃい頃から知ってる旅館の坊やに、
みんな期待してるんだよ。
でも、狼が媚びるって、可愛い」

智子はそう言うと、中学の頃と同じように、
狼図の頭を撫でた。

「過去から抜け出せない女め。子どもの狼なら、喜んだだろう。
今の俺は、成長した凶暴な狼。お前を殺すなんて事は訳ない。
1つ教えておこう・・・狼の狩りは、人の狩りとは格が違う。
お前みたいな無防備な女など、格好の獲物に過ぎない」

狼図が言うと、智子は面白い玩具を弄るように、
狼図のほほを抓った。

「狼キャラ、まだ維持してんだ」
「キャラじゃない。アイデン・・・」
「アイデンティティー?」
「そう!か弱き人類はそう言うね」

ピザハウス・オーパーツの、
オープニングスタッフ募集に、
最初に来たのが、智子だった。

中学で同じクラスだったってだけで、
友達かと言うと微妙な関係だった智子の訪問に、
狼図はちょっと驚いた。

ただの弄られキャラと、
弄るキャラの関係でしかなかったはずだ。

さらにもう一つ、狼図を驚かせた事があった。

中学の頃の智子は、
ぽっちゃりしていて、田舎ぽかった。

しかし、高校に進学してから、
ちょっとだけ痩せて、美少女に成長していた。

智子が綺麗になったと言う噂は、
智子を知る男子の間で、瞬く間に広まった。

しかし、間近で実際に見ると、予想以上の美しさ。
きっと今通ってる高校では、かなりキャラ変してはずだ。

ぽっちゃり智子ちゃんじゃない、智子ちゃん。
狼図の知らない智子ちゃん。

そんな高校生活。

中学卒業後に、料亭に修行に出た、
狼図には、ちょっと羨ましかった。

もしかしたら、同じ教室で、
同じ時間を過ごしていたかも知れない。

料亭への修行は、
自分で選んだ道だし、それは後悔はしてない。
祖母が勧めた料亭だけあって、超1流だったし、
そこで時間を過ごせたのは、貴重な経験だった。

「狼図くんが、料亭に修行に行くって聞いて心配したよ。
みんな地元の高校に行くと思っていたし、
狼図くんが、お祖母さんの怒りを勝って、勘当されたとか、
鬼のような厳しい料理人がいる料亭に送られたらしいって、
噂流れていたし・・」

思惟と狼図の祖母が恐いと言うのは、ちょっと有名だった。
PTA会長とか自治会長とか、いろいろと有名人だった。

「いや・・・修行に行くのは俺の意思で・・・」

狼図の答えに、智子はほっと笑顔を零した。
そして、嬉しそうにテーブルを拭き始めた。

「そう言えば、あそこのピザ屋さん、閉まったままだったよ」

この街が結界によって封鎖されて以来、
フランチャイズ系の飲食店が何店か、店じまいした。

「あそことは客層が違うから・・・」

と狼図は冷静に言ったものの、心では勝ち誇っていた。
「俺らが負けるはずはない」と。

狼図が、高校に行っていたらな高2。
この年齢で、ピザハウスを経営するのは、
かなり難しい。しかし、狼図には、
若干の才能と、ある秘密があった。

バイトの智子にも教える訳にはいかない秘密。

智子は、片付けを終えると、
自分でデザインしたピザハウスの制服から、
学校の制服に着替えて、自分で選んだ椅子に座った。
このピザハウスの店内は、ほぼ智子のセンスと言って良い。

智子の予想外のセンスの良さに、
狼図は心の中でガッツポーズを決めた。

この才能に出会えたことは、
経営者として、かなりの幸運のはずだ。

「ふぅ~今日は忙しかったね」

時間は、23時に近づいているのに、中々帰る様子がない。
明日の準備を始めたいのに・・・

「もう遅いから、帰った方がいい。親御さんが心配する」

「親御さん・・・。」

智子はちょっと複雑な表情をした。
何かあるのだろう。狼図は触れないことにした。

「狼図くん、大人になったね。心配してくれるんだ。
昔はこんなに小っちゃくてお子様だったのに」

「お前の命がまだあるのは、
お前に利用価値が有るからであって、
狼の俺にとって人間の女など、
狩りの対象に過ぎないことを、覚えておくがいい」

「うん、覚えとく。
ねえ、利用価値のある私を家まで送ってくれない?
狼図くんのバイクに乗りたいし」

狼図は原付バイクしか持っていない。
通常なら二人乗りは違反だが、封鎖事件以後、
警察署は、事実上営業停止状態だ。

警察官の警察官である法的根拠がまだあるのか、
そんな事を迷っているらしい。と噂で聞いた。
警察の雇い主は、国と県。

新政府なり新政権が、旧政府に属する彼らを認めているのか?
そもそも新政府等が、存在するのかすら解らなかった。

その点、選挙で選ばれた市長に率いられた、
通常営業中の市役所とは訳が違う。

 断るといつまでも居そうなので、
「わかった、送るよ」
と。


ドアの鍵をしめ、原付バイクが置いたあるところまで、
智子と並んで歩いた。

小学校の頃は、狼図より背が高かった智子の背を、
いつの間にか追い越していた。

智子の横顔は、女の顔をしていた。

このキャラ変・・・狼図の心はまだ受け入れられずにいた。

二人は原付に乗ると、ヘルメットも着けずに、走り出した。
智子の柔らかな身体の感触が、狼図に伝わった。

狼図は、ちょっとだけ高校生活の雰囲気を味わった。



♪。.::。.::・'゚☆。.::・'゚♪。.::。.::・'゚☆。.::・'゚♪。.::。.::・'゚☆



ピザハウス・オーパーツの店内では、
そんな二人を見つめる一団があった。

「狼図くん・・・青春だね、うふ♪」

厨房には、地上には存在しない
色とりどりの調味料が、どっさりと積まれていた。




♪。.::。.::・'゚☆。.::・'゚♪。.::。.::・'゚☆。.::・'゚♪。.::。.::・'゚☆




つづく
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