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第3話:満員電車の押し競まんじゅう押されて泣かない

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 洗面台に立つ自分。
 洗面台の鏡に映る自分。
 スマホの自分撮りに映る自分。
 とても同一人物とは思えない3人の自分たち。
 顔を洗っても変わり映えのない顔立ち。目は覚めた? わたしは正気? まだ夢見てる?

 部屋には森のテディベア。コップ一杯の水。落としたハンカチ。壁掛けセーラー服。スマホは午前6時10分をお報せします。ぼー……っとしてちゃ駄目だよ? 着替えなきゃ。

 わたしは二本の腕と、その先にある五本ずつの指を器用に使い、パジャマを脱ぎます。わたしはお母さんに似た外見を持つことから、「鴨川さん家の娘さん」と呼ばれることもあります。
 その発達した腕と指は、パジャマを脱ぐだけではなく、セーラー服を着たり、靴下を穿いたり、片手にブラシを持ちながら、もう片手にコップを持って水を飲んだりと、とっても器用というか、ちょっと気持ち悪さを覚えるほど。起きているときは絶え間なく動きます。
 体毛のないチンパンジーを想像してもらえれば、大きな違いはないと言えるでしょう。

 頭部の髪は黒色。ボブカットな一人っ。目の色は黒褐色。形はアーモンド型。

 身長155㎝。
 体重45㎏。

 16歳の平均身長を下回る大きさ。一般的には女子高生と呼ばれるお年頃。成人するには、あと4年ほどかかるとか。
 毒はありません。毒吐くこともあまりありません。でも、脳天気と呼ばれるわりには、とても臆病な性格をしています。お見かけの際は大きな声を上げないようお願い致します。

 スマホぽちぽち女子高生。鞄ハンカチ価値ないし? あるよ。鞄とハンカチは持たなきゃ。
 2階から1階へ。じゃんけんアプリ。最初はグー。「グ」「レ」「イ」「ニ」「ア」「イ」「タ」「イ」。階段下りる。「ア」「ワ」「セ」「テ」「ソ」「ロ」「ソ」「ロ」「マ」「テ」「ナ」「イ」「ヨ」。階段下りた。

「……っと」

 朝ご飯食べて、 あったか豆乳飲んで、TV見て、ソファーでスマホぽちぽち女子高生。「今日の朝ご飯は玉子サンドとミニトマトだよ。マヨネーズとスライスチーズは終了です」とメモ帳アプリ。スマホは午前6時45分をお報せします。さぁ、学校行かなきゃ。

「行ってらっしゃい」「行ってきます」

『黄色い線の内側まで──』

 ここから本番。車両は2番目。開いた扉に飛び乗って──さっと角を取る。手すりに掴まって居場所をキープ。これで揺れる電車も怖くない。満員電車の押し競まんじゅう押されて泣かない。通学1時間の旅路は続く。今日は何を空想しよう? 今日は何を想像しよう?

 ていうか今日の夕ご飯なににしよう?
 お父さん出張から帰って来るし、いつもの500円ご飯は出せないな。奮発して750円かな? でも、五つ葉クローバーの栞を見つけたから850円にしよう。金運UP期待大。

 放課後はスーパーへGO。
 カートのカゴに鞄入れて、蚊取り線香とカリフラワー。二つとも棚に戻して、家庭シェフの味方A──豆腐を三丁100円なり。家庭シェフの味方B──鶏ミンチ150円なり。家庭シェフの味方C──うどん三丁100円。合わせましては350円なり。

 すごいかも。
 家庭シェフの味方。
 卵と玉ねぎは冷蔵庫に残ってるし。
「豆腐」+「鶏ミンチ」+「うどん」+「卵」+「玉ねぎ」×「フードプロセッサー」=「肉団子」の出来上がりだよ?

 重要なのは「主婦」という概念の不要さにあるはず。
 4/1白菜と白ねぎ200円を加えれば「ふわふわ肉団子スープ」の完成です。

 残金300円は「マカロニサラダ」に使おう。

 豪華食卓。並ぶお皿の数を数える。1枚……2枚……3枚……。
「ふわふわ肉団子スープ」+「マカロニサラダ」+「炊き立てご飯」=「家庭シェフの味」

 お父さんはビール飲んで夕ご飯食べてお風呂入ってご就寝。わたしもご就寝。「おやすみ」して朝起きたら、夢だったことに気付いてションボリするのかな?

「こんにちわ」誰もいない日常。「さようなら」わたしの空想。

 毎朝の押し競まんじゅう。毎朝の満員電車。毎朝のガタンガタンの音の中──今日で3日目。きっと同じ人だと思うけど。やっぱり……。


 お尻に触れてるような?

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