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出奔

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悪夢だ。
カルミネは自分に言い聞かせるように、「あれはただの悪夢だ」と何度も心の中で唱えた。悪夢だった、のだと思いたい。こんなの、正気でいられるはずもない。

「おかしいんじゃないのか。」
吐き捨てるように呟いた。
 あの後、あの澱んだ眼のまま薄ら寒い笑みを浮かべたアルバは、何か大切なものに触れるような手つきで身を清めてきた。意味が分からない。まるで言葉が通じない、あれは獣か何かだったんじゃないのか。アルバの面の皮を被った獣、そこまで考えて、腑に落ちると同時にカルミネは身震いした。冗談じゃない。もう同じ空間にも居たくない。クビにするか、追放すればいいのか、カルミネは定まらない思考を無理やり動かす。
 クビにしても、ものともしなそうな執着を感じている。勝手知ったるこの学園内に、アルバなら容易に入り込むことくらいできるだろう。そんなことは到底許される行為ではないのだが、あの理解不能な獣が何を仕出かすのか想像できない以上は、クビよりは…
「逃げた方が良いかもしれない。」
カルミネはポツリと呟いた。
 アルバも探知魔法が使えることを思い出し、カルミネは舌打ちする。認識阻害は覚醒中しか使えないカルミネは、魔導具に頼ることにした。
「ミアハに見繕って貰って… あとは…」
何もかも投げ捨て、この場から逃げ去るために。別に財産にも権力にも興味は無い。生きてさえいられたら、別にそれでいいと思っている。何にも心を惹かれないから、ただひたすら研究にのめり込んだ。だから学園長と言う肩書などカルミネにとっては紙切れと同程度の価値しかなかった。
 だから本当は死ぬのもそれはそれと思っていた。ついさっきまでは。野垂れ死んでも、それでもいいのかもしれないが、あの獣のようなアルバは死体にさえ執着しそうで安易に死は選ぶわけにはいかないとカルミネは考え始めている。
 アルバは今、席を外している。身を清めるために使ったタオルなどを片付けに出て行った今を措いて、逃げ出す機会があるだろうか? そこまで考えて、カルミネは急いで衣服を身に纏う。ミアハが特別に作ってくれた飛翔の魔導具である指輪は身に着けたままだ。

 カルミネは窓を開け放ち、一気に空へ舞い上がった。同時に認識阻害を使用して、ミアハの下へ飛んだ。
 ミアハの下に長居することは出来ないだろうと、空を飛びながらカルミネは考える。英雄の一人ではあるが、どちらかというと兵站に比重を置いて活動していたのだ。戦闘は出来なくは無いが負担はあるだろう。それに逃げ場としてアルバにも容易に想像がつくだろう。そういう意味では後衛のラファエレの場所も逃亡先として選ぶ訳にはいかない。
ミアハには認識阻害の魔導具を作ってもらい、あとは。
「…スピネルにどうにかしてもらうか。」
カルミネはそう呟くと、忌々し気に眉を顰める。そもそもは、スピネルの惚気のせいだとカルミネは悪態を吐く。だからと言って、もう一人の前衛のアレッシオを頼ろうとは思えなかった。
「アレッシオが腹黒くなければ良かったのに…」
あの腹黒はきっと足元を見てくるに違いない、とカルミネは考えている。爽やかな笑顔の下で何を考えているか分かったものでは無い。あれの性格の悪さと腹の黒さは真正だ、とカルミネは以前から感じ取っていた。それに比べたら、何が原因で荒れていたのか聞くことは無かったが、スピネルの方が面倒見の良さが垣間見れた。きっと、何だかんだ匿ってくれるだろう。
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