鬼人の恋

渡邉 幻月

文字の大きさ
上 下
71 / 72
人ノ部 其之参 頽れる虚飾の王国と神々の復活

十. 高天原とアマハラ王国

しおりを挟む
「では、このアマハラ王国は一体なんであるのでしょうか。この世界は…」
部下の不安を受け、公爵は恐る恐る尋ねた。
「ここは高天原タカアマハラ、本来はあたしたち天津神の一族が領土よ。ヒルコはその名を残したかったのかもしれないね。だから国の名をアマハラ王国をしたのかも。…今と成っては何も分からないけどね。」
大神の視線を受け、今度はウズメが答えた。天津神のための土地であり、世界。それはつまり、
「神の国?」
誰かが呟いた。そうなのだとしたら、人間こそが異物ではないだろうか。
「この高天原と中津国、根国は垂直に並び一つの世界を創っている。天津神のためのこの高天原は命の源でもある。命が流れ、中津国に満ち、やがて根国へと落ちていく。」
「三界を取り巻く命の循環に、そなたらの生み出す瘴気は悪影響でしかないのだ。現に中津国では諍いが絶えぬ。」
大海原の神と月夜の神が人どもに言い聞かせるように話す。

「本日この時、封印が解け、我らがこの地に戻ったのも、お隠れになった親神の意思かもしれぬ。」
大神は切なそうに大空を見上げた。

「本来、瘴気なんてものはこの世界には存在しないはずのもの。ほんの少し離れていただけで、世界がこんな風になっちゃうなんてね?」
ぐるりと見渡して、ウズメががっかりした様子で言う。王太子たちの肩がびくりと反応した。瘴気を生み出していたのが人間なら、ここには居てはいけない存在なのだろう。
「どうして…」
王太子は小さく呟いた。それならどうして、大昔の洪水の時に全員流されてしまわなかったんだろうか。みんなまとめてナカツクニへ流されていたら、こんな居た堪れない思いをしなくて済んだのに。…それに兄弟喧嘩に巻き込まれたようなものじゃないか。居た堪れなくて肩身が狭くて、そして何より、恥ずかしい。
そこまで思い至って、王太子は急激に羞恥心で死にたくなるほど追い詰められた。

 ほんの少し離れていただけ、というウズメの言葉に公爵は痛感する。三千年も昔の建国にまつわる忌まわしい出来事は、神々にとっては僅かの時間であったこと。ただ人間だけが遥か太古の出来事として忘却していたのだ。この鬼族たちも、さぞや滑稽なことだと思っていることだろう。彼らは鬼神になる。いよいよもって、人間に居場所は残されていないのだろう、このタカアマハラには。
 それならば、決断しなければならない。本来なら国王に取り次がなければならない程の重大事項ではあるが、果たして。神々はそれをお待ちになるのだろうか。どのみち選択肢は二つしかない。そうして片方は、地獄だ。地獄に違いない。

「殿下、酷なようですがここで決断しなければなりますまい。」
酷い顔色だ、おそらく自分も似たような状態だろう。公爵は溜息を吐きたい衝動を抑えて、王太子に声をかけた。
「父上… 陛下には、報告せぬのか。」
「相手は神です。もはやこれまで、陛下にご報告したとして、何も変わりはしないでしょう。それより、あまり神々をお待たせしない方が良いと考えます。」
その言葉に、ああ、確かになと王太子は頷いた。機嫌を損ねて、根国一択になってしまうのだけは避けたいところだ。慈悲を乞うには、自分たちはあまりにも愚かな行動をし過ぎたのだ、とさすがの王太子にも理解できた。
 思い残すことは、聖女サクラのことだ。結局彼女はあの時消えてしまったのだろう。水になってしまった彼女は、ナカツクニ… 日本へ帰れたのだろうか。それとも。王太子は力なく視線を地に落とした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

処理中です...