20 / 72
鬼ノ部 其之弐 無理矢理召喚された聖女と魔王の仄暗い復讐譚
七.魔王の告白
しおりを挟む
「この、魔王が!」
そう、詰ってきたのは誰だったか。今はもう、魔王の記憶にはない。ただ、そんなことがあったな、程度にしか覚えていなかった。そうしてその時は、それでもいいか、と否定も肯定もしなかったことだけは覚えている。
暫くして、また別の誰かが魔王、と言ってきた。その時、明確に思ったのだ。
『魔王と成ろう』と。
魔王と云ったか。私を。お前たちは。魔王、魔なる者の王と。そうか。なれば私は魔王と成ろう。
何者でも無く、何者にも成れなかった私を捨て、今、この時から。
その時のことを、まるで福音を受けたようだった、と、後に魔王は回想した。
訥々と、魔王は語った。彼女自身の境遇を語ってくれた***に対しての誠意として、自らの過去を。ただ、この時はまだ、禁呪については言葉にできなかった。どこかでまだ、今もまだ、母が死人だった事実を受け入れられずに心の底に澱として残っている。
ただ、鬼と人の子であると、そうして両親をその手にかけたこと。その後、放浪の末、魔王と成ったことを話した。
お互い、何もかも全て腹の内をさらけ出した訳ではなかったが、こうして一気に打ち解けた。
恋人でも無ければ夫婦でもない。友人とも少し違うような関係で当然家族でもない。上司部下の関係でも、同僚でも何でもない。曖昧な関係のまま、二人は過ごした。
世間話のような、睦言の真似事のような、他愛もないことを囁き合いながら。
結局魔王にも、日本へ帰る手段は無いだろうと言われた***は、その時きっぱりと日本人としての自分は死んだのだと思うことにした。そうしてこの孤独な魔王と共に生きていこうと心に決める。なんの約束も無い、曖昧な関係のまま、このまま二人で。
「私と一緒に死んでくれるか。」
と、魔王が言ったのは、勇者様御一行が魔王の城に近付きつつあると報告を受けたある日の午後だった。***が魔王の城に来てから、ゆうに一年ほど経っただろうか。真夏だったはずが、冬を越して夏が過ぎて秋も深まる頃合いだ。うっかりしたらまた冬が来るが、その前にこの城に辿り着くのだろうか、と***はこっそり首を傾げる。まさか冬場に魔王攻略とか… そうなるとまた年を越すのだろうか。
と言うところまで考えて、***は物憂げな仕種で魔王の目を覗き込んだ。二人で過ごす時間は、曖昧な関係のまま距離だけが縮んでいた。
「跡形も無く、消えてくれるか。私と。」
そう続けた魔王の表情は少し悲し気で、そうしてどこか全てを諦めているように***には見えた。***は魔王の頬にそっと触れた。相変わらずひんやりとした肌をしている。
この時にはもう、魔王は全てを話していた。***もまた同じように。隠し事が無くなって、お互いの境界は曖昧だった。
だから、魔王の言わんとすることが***には手に取るように分かっていた。それでも。
「あなたはそれで満足なの?」
***はそう確認せずには居られなかった。そんな悲しそうな、諦念を滲ませた表情でいるのに。
「分からない。…ただ、今も思い出す。」
と魔王は答えた。今も、脳裏にこびり付いて離れない、あの日の出来事。
「…そう。」
***はそれ以上問うのは止めた。思い出しているのが、両親を手にかけた日のことだと知っていたから。代わりに別のことを問う。
「聖女のことは…」
「心配ない、対処する。」
「分かった。でも、他に1コだけお願いがあるんだけど。」
「なんだ。」
「痛くしないで。あと、苦しいのもイヤ。」
「そうか、分かった。」
「なら、いいよ。一緒に消えても。」
***の答えに、魔王は微笑んだ。本人は気付いていなかったが、初めての心の底からの笑みだった。
「心配要らない。眠るような死を。それに、二度目の、私と共に消える時も、その時はもう、痛みも苦しみも無いはずだ。」
「約束ね。」
***も微笑み返した。
そう、詰ってきたのは誰だったか。今はもう、魔王の記憶にはない。ただ、そんなことがあったな、程度にしか覚えていなかった。そうしてその時は、それでもいいか、と否定も肯定もしなかったことだけは覚えている。
暫くして、また別の誰かが魔王、と言ってきた。その時、明確に思ったのだ。
『魔王と成ろう』と。
魔王と云ったか。私を。お前たちは。魔王、魔なる者の王と。そうか。なれば私は魔王と成ろう。
何者でも無く、何者にも成れなかった私を捨て、今、この時から。
その時のことを、まるで福音を受けたようだった、と、後に魔王は回想した。
訥々と、魔王は語った。彼女自身の境遇を語ってくれた***に対しての誠意として、自らの過去を。ただ、この時はまだ、禁呪については言葉にできなかった。どこかでまだ、今もまだ、母が死人だった事実を受け入れられずに心の底に澱として残っている。
ただ、鬼と人の子であると、そうして両親をその手にかけたこと。その後、放浪の末、魔王と成ったことを話した。
お互い、何もかも全て腹の内をさらけ出した訳ではなかったが、こうして一気に打ち解けた。
恋人でも無ければ夫婦でもない。友人とも少し違うような関係で当然家族でもない。上司部下の関係でも、同僚でも何でもない。曖昧な関係のまま、二人は過ごした。
世間話のような、睦言の真似事のような、他愛もないことを囁き合いながら。
結局魔王にも、日本へ帰る手段は無いだろうと言われた***は、その時きっぱりと日本人としての自分は死んだのだと思うことにした。そうしてこの孤独な魔王と共に生きていこうと心に決める。なんの約束も無い、曖昧な関係のまま、このまま二人で。
「私と一緒に死んでくれるか。」
と、魔王が言ったのは、勇者様御一行が魔王の城に近付きつつあると報告を受けたある日の午後だった。***が魔王の城に来てから、ゆうに一年ほど経っただろうか。真夏だったはずが、冬を越して夏が過ぎて秋も深まる頃合いだ。うっかりしたらまた冬が来るが、その前にこの城に辿り着くのだろうか、と***はこっそり首を傾げる。まさか冬場に魔王攻略とか… そうなるとまた年を越すのだろうか。
と言うところまで考えて、***は物憂げな仕種で魔王の目を覗き込んだ。二人で過ごす時間は、曖昧な関係のまま距離だけが縮んでいた。
「跡形も無く、消えてくれるか。私と。」
そう続けた魔王の表情は少し悲し気で、そうしてどこか全てを諦めているように***には見えた。***は魔王の頬にそっと触れた。相変わらずひんやりとした肌をしている。
この時にはもう、魔王は全てを話していた。***もまた同じように。隠し事が無くなって、お互いの境界は曖昧だった。
だから、魔王の言わんとすることが***には手に取るように分かっていた。それでも。
「あなたはそれで満足なの?」
***はそう確認せずには居られなかった。そんな悲しそうな、諦念を滲ませた表情でいるのに。
「分からない。…ただ、今も思い出す。」
と魔王は答えた。今も、脳裏にこびり付いて離れない、あの日の出来事。
「…そう。」
***はそれ以上問うのは止めた。思い出しているのが、両親を手にかけた日のことだと知っていたから。代わりに別のことを問う。
「聖女のことは…」
「心配ない、対処する。」
「分かった。でも、他に1コだけお願いがあるんだけど。」
「なんだ。」
「痛くしないで。あと、苦しいのもイヤ。」
「そうか、分かった。」
「なら、いいよ。一緒に消えても。」
***の答えに、魔王は微笑んだ。本人は気付いていなかったが、初めての心の底からの笑みだった。
「心配要らない。眠るような死を。それに、二度目の、私と共に消える時も、その時はもう、痛みも苦しみも無いはずだ。」
「約束ね。」
***も微笑み返した。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています
葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。
そこはど田舎だった。
住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。
レコンティーニ王国は猫に優しい国です。
小説家になろう様にも掲載してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる