水底の歌

渡邉 幻月

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兄姫《えひめ》

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まるで夢を見ているかのようだった。
海の底に居ることも、その海の底にこんな世界が在ることも。そうして、これほどきらびやかな宮殿が在ることも。

宮殿の目の前に来ると、その壮麗さがいやと言うほどに感じられた。地上の何処に、これほどの建物があるのだろうか。
「われらが王が、謁見を認めると仰せだ。」
厳めしい顔の男がそう言った。
「ついてこられよ。粗相は許されぬ。」

粗相は許されない。
その言葉に、三人はぎくり、とした。
自分たちは良い。だが、この気の狂れた女はいつまでおとなしくしていられるのだろうか。
無言で視線を交わす。だからと言って、解決策があるわけでもない。
 どれだけ考えても為す術などあるはずもない。諦めるしかないと、それぞれ心の中で思った。

厳めしい男の後に続き、門をくぐる。
巨大な珊瑚が林立している。綺麗に形を整えられているのを見るに、地上の庭木のような扱いなのだろう。
鮮やかな紅色や桃色の珊瑚の色が、常春のような雰囲気を醸し出す。
何のためにここに居るのかを、忘れてしまいそうになるくらいには美しい光景だった。

そして、真っ白な珊瑚で作られた宮殿は、所々色付いた珊瑚が彩っている。
大小の真珠が、さらに宮殿を装飾していた。

扉の向こう側には、着飾った女官たちがゆったりとそれぞれの作業に従事しているようだ。
 平安時代の宮廷の女官たちのような装い。
時間が止まっているのか。
時代錯誤と言えばそれまで。それでも、この竜宮にあってはこれでも良いのかもしれない。

彼女たちを尻目に、厳めしい男は宮殿の奥へ進んでいく。
 宮殿の内外の美しさに感激する間もなく、奥津たちは彼の後を追う。
人魚は自分が真っ白な襦袢しか身に付けていないのを気にする風もない。否、どこか飄々としているようにも見える。女官たちは人魚を敬うように、礼をしている。
 何気無く周囲を観察していた奥津は、ふと視界に入った人魚や女官たちにそんな感想を抱いた。

謁見の間、と呼べば良いのだろうか。
薄絹の帳《とばり》が幾重にも張られた天蓋の奥の玉座、に、人影が見える。
薄絹が、王の影しか通さない。

「あれが、王…」
そう呟いたのは、誰だったか。

「兄姫《えひめ》様の御前じゃ、そこへ直れ。」
玉座の近くに控えている役人のような身なりの翁が言った。

「えひめ?」
聞きなれない言葉に、咲は首を傾げた。
「無礼な!!」
咲のその様子に、翁が怒りを露にする。
「すみません、咲さん、取り敢えず座って、」
慌てた奥津がお座なりだと非難されても仕方がないような謝罪をして、まずは咲を座らせようとする。
一瞬、なぜ翁が声をあげたか分からなかった咲だったが、粗相は駄目だと言われたばかりだ、と父親に言われとにかくその場に正座をする。

「まあ良い。」
鈴のような声がした。薄絹の奥の玉座からだった。
「人間には、この竜宮の作法など分かるまい。」
そう、続けた。
鈴のような声なのに、息を呑むほどの畏れを感じた。

「妾が、この竜宮の王。竜宮の民は妾を兄姫《えひめ》と呼ぶ。苦しゅうない、帳を開けよ。」
兄姫の言葉に側に控えていた女官たちが、天蓋の薄絹でできた帳を開けた。

そこには。
黒髪を美しく結い上げ、上等の絹で織られた衣を纏い、珊瑚と真珠の装飾品に身を飾った美しい女性が座していた。

咲は、ふと側に居る人魚の顔を覗き見た。
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