メサイア

渡邉 幻月

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修行:マルクトエリア編 【一日目~二日目】

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【修行一日目】
うっすらと雲が空を覆っている。
今日はこのままなら気温はさほど上がらないだろう。天気が崩れないことだけを、カインは心の中で願った。
今日から実戦形式の修行開始だ。期待と不安なら、今のところ不安が勝っている。
宿屋で軽く朝食を済ませ、ついでに昼食にと弁当も頼んでいるリリンの姿にカインは生活能力が高いなと改めて感心していた。

「さて。さすがに街のすぐ目の前じゃ怪物も出てこないから、少し外れまで移動しよう。」
怪物出現地図を広げながら、リリンが草原を進んでいく。今日は初日なので出現率小になっているエリアに行く、と朝食時に言っていてことをカインは思い出していた。
緊張で、心臓が潰れそうだ。とカインは思う。
――確かに、確かに憧れていたことだ。ヨナタンのように怪物を討伐しに各地を旅するのは。
だが、こんなにも唐突に、その渦中に放り込まれるとは思ってもみなかった。
恐怖している。はずなのに、それでも心のどこかは浮足立っている。その事実にカインも気付いていた。ワクワクしている。怪我は当たり前にするだろう。それでも。
心のどこかで、自分は大丈夫だと思っている。恐怖しているはずなのに。

…これが、武者震いってやつなのかな。
興奮と恐怖で体が震えていた。カインはどこか冷静に分析している自分に驚く。
「準備はいい?」
リリンに声をかけられ、カインは我に返る。深呼吸して、大丈夫、と彼女に答えた。
「あそこ、分かる?」
リリンの指さした方を見る。不審な植物が見えた。風の流れとは無関係に動いているように見える。カインは思わず二度見したが、やっぱり蠢いている。
「あれがマン・イーター型の怪物ってやつ?」
「そうそう。とりあえず一戦目はアタシも参戦するから心配しないで。って言っても手伝うくらいね。」

リリンのサポートを受けながら、怪物の討伐を進める。
レイピアでの攻撃に慣れないせいもあり、なかなかダメージを当てられない。が、トレーニングの賜物か、実戦を重ねながらなんとかこの武器の特性を覚える。
逆にマン・イーターの攻撃は頭(花)を振って打ち付けてくるワンパターンなものだったこともあり、目も慣れてくると容易に躱すことができるようになった。
そこそこのダメージを最初に受けはしたが、マン・イーター型を無事討伐。
少しの休憩のあと、さらに戦闘。レイピア裁きの危なっかしさは、マン・イーター相手ならば無くなってきた。
「優秀優秀!」
リリンは満足そうに笑う。初戦から、想像よりはいい感じに戦闘も終わりカインもまんざらではない様子だった。
昼に休みを取り、少し場所を移動して別の怪物とも戦うことにする。

今度はウサギ型の怪物とエンカウント。ウサギ型はスピードがあるので、避け切れずにかなりのダメージを受ける。
「カイン、よく見て! アイツも動きは単純だよ!」
ウサギの攻撃を適当にあしらいながら、リリンはカインに助言する。動きが速いだけだよ! とも。実際、リリンの言う通りウサギの攻撃は突進だけだった。ただ、マン・イーターと比べてかなりのスピードがある。
「よく見て、って言ったって、ぅわ!」
興奮気味のウサギは、突進を何回も繰り返してくる。
確かに、突進しかしてこないけど。早すぎて、避けるのだけでいっぱいいっぱいなんだけど! と、カインは心の中で叫んだ。叫んだあと、気を取り直してウサギに向かい合う。
リリンは本当に危なくならない限り、本当の意味で助けてはくれないようだ。さっきのマン・イーターの時だって、アドバイスだけで彼女は攻撃はしていない。
どうにかしないといつまで経ってもこのままで、むしろジリ貧じゃないか。

何度目かの、ウサギの突進だ。真っ直ぐにしか来ないなら。
ウサギが飛び掛かってきた瞬間に合わせ、カインは正面にレイピアを突き出す。

「やったね!」
リリンが歓声を上げる。
「何とかね。…こういうの、なんて言うんだっけ?」
カインは頭をひねる。あ、飛んで火にいる夏の虫、か。そう呟いて、カインはその場にへたり込んだ。
レイピアは、見事にウサギの眉間に突き刺さった。ウサギのスピードもあって、カインの腕にもそれなりの衝撃が走った。当然、急所にレイピアが刺さったウサギのダメージは言うまでもないだろう。
「もう一体、行く?」
リリンがカインの様子を見て、死ぬほどではないと判断するとそう聞く。
「うぇ… あー、でも、もう一体いった方が良いのかな… でも、休んでからにしてくれ…」
一瞬、苦虫を?み潰したような顔をしつつも、カインは考え直してリリンに答えた。
「キミってマジメだよね。」
リリンは肩を竦めて言ったが、感心してもいるようだった。

休憩をとったあと、もう一度ウサギ型の怪物を探し、挑戦する。
一度目よりはダメージを受けず、無事に討伐して今日の実戦を終わりにする。

夜は、霊力のトレーニングだ。
今日からは指輪なしで瞑想だよ! とリリンは言った。
「昨日見た霊力のイメージ、まずはあれをもう一度イメージしてね。あの流れを緻密に自由に動かせるようになるのが目標ね。」
リリンの指示通り、流れをコントロールしようと努力する。
が、大きな流れはうまくできても、細かい動き、例えば指一本一本に糸のような流れを走らせるようなことは全くできない。
「焦んなくていいよ。まずは実戦の能力あげる方が先。」
じゃ、今日は休もっか。納得できないといった表情のカインに、リリンはそう声をかけた。

「マジメで負けず嫌い。納得できないことはしない。ルシフェル様が気に入ったのは、どの辺りなんだろ?」
深夜。眠りに就いたカインの顔を覗き込んで、リリンは独り首を傾げた。

【二日目】
晴。遠くに端切れのような雲が見える。このままなら天気は崩れそうもない。
ウサギ型の怪物と戦闘、昨日の反省も活かし手間取るシーンは減る。
場所を移動すると、ネコ型の魔物の姿があった。
「ボブキャットだね。」
怪物出現地図を見ながら、リリンが言う。
「あれはウサギより面倒だからそこそこ手伝うよ。」
「面倒って?」
そこそこ手伝う、と言うリリンの言葉に引っ掛かりを覚えつつ、カインは目の前の怪物の情報について質問してみる。
「動きが早めで複雑で攻撃力がある。爪と牙だからね。昨日みたいな打撲じゃないから、気を付けてね。急所に攻撃受けちゃうと… 即死? あと、すごく痛いかな。」
「…面倒ってレベルじゃないよな?」
死んだら痛いのはどうでも良くなるしな、カインはリリンの計画性について考えてみるがすぐに無意味な事だと思い至って大きな溜め息を吐く。
「だからアタシもそこそこ手伝うって。」
「そのそこそこって、どんな?」
「攻撃以外? 一応、怪我したらすぐに治すけど… 体当たりと違ってさ、爪と牙の攻撃だから、キミの心が折れないことを祈ってる。」
ホントにさらっと言うなぁ、と呟いたカインは肩を落とした。

心なら、実は既に何度か折れている。折れてるけど、それでも逃げ出さないのは。今もまだ鮮明に残るメサイアになりたかったと言う気持ちがカインを急き立てるからだ。メサイアになれないのなら。メサイアの兄が嫉妬するほどの存在、勇者になりたいと。その想いが胸を焦がす。
抗えない。急き立てる願望がリリンの滅茶苦茶な計画さえ乗り越えて先に進めと。

ボブキャット戦は、カインの予想通り苦戦した。予想外だったのは、さすがに危ないと判断したのか、リリンが積極的に参戦してくれたことだろうか。
「おかしいね? 身体能力的にはここまで苦戦するはずないのにね?」
とは、初戦が終わった後のリリンの感想だ。
「そうは言うけどな… オレ、ボブキャットとか戦ったこと無いからな?」
受けた傷をリリンに癒してもらいながら、カインは反論した。
筋トレだけで怪物に対抗できるなら、とっくの昔にヨナタンを探しにティファレトに行ってたよ。と、口を尖らせる。
「それもそっか。ま、でも今戦ったし、次はいけるよねー?」
と、にこにこと話しかけてくるリリンを見て、オニか! とカインは心の中で毒づいた。

この日はボブキャットともう一戦した。二戦目のリリンは、最初の宣告通りのそこそこの手伝いに終始していた。
喉の渇きのように、強くなりたいという欲求がカインを追い立てる。さっきの今でうまく戦える自信がある訳じゃないのに、ヨナタンやアベルの姿がちらついて、じっとしていられない。
それはこの瞬間にも強くなる。

リリンの無茶な計画に辟易しているはずなのに、強くなれるんだったらそれでもいい。そう思っている自分が、どんどん大きくなってくる。
傷だらけになりながらも、ボブキャットを倒す。
「明日は一人で行けそう?」
「…。やってやろーじゃないの。」
戦闘終了後、その場に大の字に倒れ込んだカインはリリンの問いに答える。

やっぱり負けず嫌いだよねー。リリンはカインの表情を横目に、そう彼を認識する。
何と張り合っているんだか。自分のザルな計画はそっちのけで呆れた様子でカインの傷を治すのだった。


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