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第一部

第三十九話 全力潜入

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「正規軍のサポートなしに潜入か。俺にとってはいつものことだが、アンタらは大丈夫なのか?」


 自分の影から魔力遮断コートを取り出し、着込みながら僕達に対してグロウバルンが率直に訊いてくる。

 声色に侮りはなく、嘲りもなく、単に能力的な足手纏いとならないかを問うている。彼と同じコートを着込みつつ、僕、バルサ、ジャジャファビの3名は軽く頷いた。身を隠す茂みの向こう20kmでスポットライトが伸び、夜空に浮かぶ雲をくすんだ白色で照らしている。

 確認は済んで仮面をはめて、フードを被れば準備完了。


「それじゃ、最終確認だ。俺とジャジャファビ殿は施設内の研究施設、サムアとデルサ嬢は軍施設内の資料を漁る。潜入と脱出は別々。もし問題が発生したら即逃亡、出来なければ派手に暴れて合流し蹴散らす」

「デルサ。潜入中、最優先は自分の命だよ? 僕達のことは気にしないで。援護に気を取られるくらいなら、事態の対処を真っ先に」

「わかっているっ。むしろ、貴様だけ失敗して死ねば清々するというものだっ。私の助けは期待するなっ」

「本当に大丈夫かよ? 始終魔術が潜入向きって言っても、お転婆な気の質は事故の元だぞ?」

「僕が煽らなければ、デルサは冷静に行動できる。信じて」

「無駄話はここまでだ。気を張れ。集中しろ。思考と五感を離して判断を下せ。行くぞ」


 グロウバルンは地面に指付き、左下、右上、真下の3画を素早く書いた。

 月明りで出来た影がスッと広がり、ジャジャファビと共に漆黒の中へ。影の大きさが戻ると気配も魔力もなくなって、きっと適当な出口を探している。置いて行かれないよう僕も空見て、スポットライトの軌道を目で追った。

 照らす雲の範囲はやや広め。

 光の収束を下げ気味に、高空ではなく低空の監視を密にしている。


「僕達も行くよ。手を握って」

「……勘違いするな」

「その思考は1手無駄。繰り返すけど、これは危険な潜入任務だ。僕はこれから一切の遊びを捨てる。デルサも今すぐ捨てて。でないと、オルサの所に飛ばして単独侵入するよ?」

「っ…………わかった。生存を優先、目標の捜索と奪取に集中する」

「良い子」


 キュッと握り合って短く伝え、グロウバルンと同じ3画を僕も描く。

 指鳴らしとは別に登録した転移魔術の短縮行使。フッと隠れていた林から基地の上空まで移り、下方を見て1番高さのある監視塔の上へもう1度。重力が仕事をするより早く一連を完了させ、屋根への着地は欠片ほどの音も立てない。

 機械操作のスポットライトの裏へ、手を離して2人で隠れる。


「何故監視塔……」

「目は手を見れる。手は目を見れない。ココは誰もが『見る場所』と認識してるから、よほどの捻くれ以外は視界にも入れないよ。――――同じ様に頭を探す。鍛冶と建設の知識からして、重要な資料を置きそうな建物はどこ?」

「そうだな…………2時方向3階建てと、11時方向2階建て。基地中央寄りで、土台と建材が特に丈夫……いや、3階建ての方が濃厚か? 2階建ては窓を溶接して開けなくしてあるから、『隠したい物』を保管したく思う」

「モノがモノだし、さすがに軍側の資料とは分けてるよね……? 3階建ての方、中に誰かいる?」

「いない。可視光、赤外線、どちらも私の目には映っていない。レーザータイプの動体監視装置、監視カメラも見える限り無い」


 憶測を交えず断定的に、デルサは見たものを言葉で伝える。

 僕達のような2眼以上の目で見えない、幅広い波長を見分けられるサイクロプスの大きな単眼。過剰に発達したピント合わせの筋肉もあって、かなりの距離を手元と同じに精細に見通す。種族的な強みを疑う必要はなく、手を差し出して無言で取り合う。

 転移を起動し、目標の3階室内へ。

 窓から見える位置だからか、置かれた机には備え付けの単眼望遠鏡が2つだけ。


(方角的にユーティルス側を見通せる。戦況確認用?)

『ん? おい、何か聞こえなかったか?』

「――――――」


 壁の向こう、ドアの向こう、約7m離れた場所から男達の声が聞こえた。

 想定『内』の事態に、僕達は息を細く小さく微かに。気配を絶ってデルサは机の裏、僕は部屋の隅にそっと横たわる。夜の陰影の濃い闇に身を隠し、開き入ってきた2人組を無感情の瞳で覗き見た。

 新兵を過ぎて数年経って、慣れてきた辺りの男性兵士達。

 室内警備にはやや長い、銃剣付きアサルトライフルをスリングベルトで背負っている。


「もしかしてネズミか?」

「だとしたら、大佐に言って罠魔術を張らせてもらおうぜ。俺、あと1匹でアレを抱けるんだっ」

「化け物なんかに突っ込んで、変に感染したって知らねぇぞ? くっそ…………揺り籠が届いてれば、あんなわけわからねぇ代物を抱かなくて済むってのに……っ」

「顔と乳と穴があって、使えるなら俺は何でも良いぜ。お前こそよく死体なんて抱けるよな? 喘いだり尻振ったり触手絡ませてきたり、生きてる方が楽しいぞ?」

「たまに未妊娠の聖女サマが混じってて、神聖な胎に俺の子を仕込めると思うとたまらねぇんだよっ。任期が終わったらバトリテの風俗街行こうぜっ。俺のお気に入りを教えてやるよっ」


 大して調べもせず、巡回の兵達はドアを閉めて話しながら去る。

 遠くなっていく足音で距離を測りつつ、下の話に含まれていた化け物に冷や汗。

 ――――『雄型』でなく『雌型』? しかも話の感じから複数ではなく単一個体。更に更に兵達の性処理に使われているとなれば、もしかしたらもしかしたら期間とタイプによってすごくヤバイ。

 例えば、猫。

 あの生物種に繁殖形態が似通っていれば、調査なんて言っていられなくなる。


(やばい、やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいっ!)
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