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第一部

第三十一話 対ドラゴン(後)

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 戦いとは、勝利とは、積み重ねた自分を土台に立ち続けること。

 生理的興奮に分泌された脳内麻薬が、思考を加速して今と過去を同時に見せる。迫る牙、吐かれるブレス、穿つ爪に打ち据える翼と風圧。視覚聴覚直覚から入力されたそれらを過去の自分達が攻略し、習得した技と術のどれが有効か教えてくれる。

 統魔を使った力技、可能。

 オリハルコンハンドガンで頭部爆殺、可能。

 でもでも、大局から見るとそれらは今の戦に合わない。あくまでレジスタンス主体の国家規模軍事クーデター。国内どこからでも見える場所で派手に戦えば、国民は『レジスタンス』ではなく『ドラゴンを打倒した個人』に屈してしまう。

 僕のできる全力で、僕以外でもできる方法が望ましい。


「やっぱり2000万は諦めるしかないか、なっ!」


 喰い殺しに来る大口が覆って閉じかけ、指を鳴らして転移で回避。

 狙った右目の前へ誤差2mで移り、巨体の圧と恐怖に呑まれかける自分を叱咤。ポーチから20mmアンチマテリアルライフル『デイガス‐20AM』を取り出し、大急ぎでボルトを引いて銃口はすぐ前へ。自分より大きい目玉に向けて、引き金を引いたら反動で大きく吹っ飛ぶ。

 反射で閉じたろう瞼に、弾は防がれても炸裂弾頭の威力は消えない。

 衝撃を吸収できる肉がない、薄い鱗皮が眼球を叩いた。悲鳴のような雄叫びを上げ、のけぞり暴れて地上に落ちる巨大な飛竜。落下の衝撃はまるで地震で、痛みでもがき森をなぎ倒す。

 さて、料理開始だ。


「心臓以外は全部頂くよっ! まずは股関節っ!」


 排莢、装填、転移魔術短縮起動に射撃までを2秒かからず。

 反動制御は時間短縮のために捨て、撃った弾は即座に転移。徹甲炸裂弾という着弾が派手な弾頭はしかし、代わりを直下で盛大に上げさせた。即座にもう1発を追加でくれて、直後の絶叫は一際強く。

 ――――ドラゴン最大の防御は、積層した硬質な鱗。

 コレを破るのは可能であっても非常に大変。どのくらいかといえば、嫌ってくる女から快く処女を頂くくらい。勇者か賢者か英雄か、実現可能な人種がそもそも限られる。

 なら、技術ならどうか?

 実は、知られていないだけで幾つも幾つも。

 僕の転移魔術なんて典型で、強力な銃弾を体内に転移させ直接内側から破壊出来る。今の2発で左右の脚骨と股関節の繋ぎ目を壊し、2度と立てないようにしてやった。40mもの巨体なら関節にかかる重量は恐ろしく、身じろぐだけで欠けた破片が肉を切り裂く。

 でも、まだ終わりじゃない。

 両手と両翼が残っている。


「――ッと!」


 一矢報いようとか無意識か、土塗れの竜はブレスを吐きながらあちらへそちらへ首を回す。

 もしくは、あまりの痛みに錯乱でもしたか?

 森の木々を焦がし焼き切り、飼い主の住処まで射線上に。聖樹都を守護する障壁に大分阻まれるも、数本の枝が折れて上の区画が大地へ落ちた。全体から見て1%も無いにしても、被害が広がると少し拙い。

 仕方なく、次の転移射撃先の狙いを変える。

 より大きく動きを奪える、上半身を支える重要箇所。


「大人しく、しろっ!」


 『ドカンッ!』の射爆音の直後、ドラゴンはガクンッ!と胴を落とす。

 自力の支えが両腕のみとなり、腹部から下が力なくピクリとも。反動で頭は天を向き、一筋閃光が空へ真っ直ぐ。そして生まれる僅かな硬直に気付いて排莢、装弾射撃転移まで1秒を切る。

 4度目の銃声が、巨躯の頭だけ前にかくんっ。

 ブレスも即時途切れ止まり、生きたオブジェになり果てた。


「全く……脊髄2か所も破砕とか、かなり値が下がっちゃうよっ。これに加えて心臓もだなんて、黒字でももったいないったらっ」


 銃をしまって代わりにたくさん、ありったけの凍結魔術爆弾を取り出し放る。

 銃弾と同じく転移させ、10秒20秒30に1分待った。するとドラゴンの胸に小さな煌めきが見え始め、薄白く覆って雫が落ちる。大きな瞳孔は既に開いて、もはや脅威は高価な素材に。

 うまくいったみたいだ。

 心臓内血液を凍らせ爆破し、ズタズタにする局所内臓破壊戦法。


「よしよしっ。グロウバルン、いる? 絶賛炎上中のオープンテラス、中身さらって樹王の死亡確認したいから手伝って?」

「別に良いが…………まさか、お前『あっち』側か? あのホワイトドラゴンはどう見ても成体だ。単身討伐できるのは境界を越えた――――」

「シィッ」


 余計なことを『聞かれる』前に、僕は護衛の彼に黙るよう示す。

 ドラゴンの討伐は、本来ならパーティで行う。理由は簡単で、1撃喰らえば瀕死、2撃喰らえば即死だから。フォローしてくれる仲間がいてこそ分の悪い戦いができて、運次第で勝利し凱旋と英雄祭を迎えられる。

 ――――子供竜以外の単身撃破なんて、この2000年で10例も無い。

 そしてその10例を成した者達は、常にどこでも監視を受ける。たった1人で国家規模の実力を有する者。個人として許容される境界を越えた、規格外の超越存在。

 僕は、違う。

 だからまだ、『アイツら』は僕を見ていない。


「今度、君のご主人様も一緒にオースと会おう。その場なら話せる。それ以外は話せない」

「……わかった。すまなかった」


 真摯な謝罪を受け入れて、僕は見上げ結果を認める。

 戦闘の詳細を知るのは、自分を除いて彼ただ1人。身近に先駆者がいるからこそ、これ以上の危険を理解し避けた。この件に関して信頼を置き、信用しても良いかもしれない。

 …………本当、厄介だよね。

 僕はただ、血を継いで技術を継ぐだけの『個人』に過ぎないのに。
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