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第一部

第二十三話 知識と経験

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 切羽詰まった毎日を生き抜くため、僕は貪欲になんでも欲した。

 自分に合う力は選んで身に着け、合わない力は知識として持つ。知ると知らないとでは大きく変わり、対処できる状況も生き残る術も増える。あとはいつでも冷静に使えるよう、危険が日常のアウトローに身を置くだけ。

 奴隷から脱して以後、約60年の全てを武器にする。


「方針はっ!?」

「偽物は魔術飛行科学爆弾っ! そっちに合わせるっ! 本体の追撃は任せてっ!」

「了解っ! 科学兵装は全部しまえっ!」


 不規則に並び聳える森間を縫い、引き離しかかった追手と浮遊輸送車が速度を合わせる。

 卓越した運転技術で、最初の包囲をブディランスは早々に突破した。ざっと数えて30の偽物が追って縋り、木々間の跳躍ではなく最短軌道を飛行する。これはリアルタイムの画像解析に飛行軌道算出に自動追尾と、自爆させるのが惜しい超高性能『量産』品だ。

 魔術式の飛行魔法具と、科学式の演算処理装置を組み合わせた技術混合。

 魔術のみだと追尾や周囲物体把握等の術式魔力消費が大きく、科学のみだと飛行ユニットの体積・重量から大きくなりがち。魔術の飛行と科学の演算をインターフェースで繋げ、省魔力軽量化に繋げている。出来た余裕には十分な爆薬を搭載して、更に余った部分には立体ホログラム装置を取り付けた、と。

 良いねぇ。

 利口に纏めてあっても、設計者の欲深が透けて見える。


「全部落ちろ、一つ目っ!」


 ブディランスの手にする円管からピンが抜かれ、精確な投擲で上へ後ろへ置き去りに。

 当然相手は回避行動をとり、上下左右に大きく逸れた。さすがは正確無比な量産機械であり、全個体が無駄のない最小半径を素早く回る。故に軌道予測は簡単で、視界の円管を中心に両手で覆いキュッと狭める。

 空間の圧縮で回避は至近に、そして炸裂する電磁パルスと連鎖的な誘爆多数。

 直下で花火を眺めたような、爆発の音が肌に刺さる。


「残り3体っ! ちょっと範囲広いんじゃないっ!?」

「電子部品を使わない新型だっ! EMP爆発を魔術で発生させるから、サイズに比べて高性能なんだよっ! 残りと追手はっ!?」

「立て直して追撃継続っ! でもホログラムの姿は別にするべきだったよっ! 感知妨害マント使ってるってわかれば、逆にどこにいるか一目瞭然なんだからっ!」

『!?』


 ハンドガンを取り出し、構え、はるか上の枝葉天井に11連射。

 1発はそのまま直接狙い、10発は歪曲空間に呑ませて敵の後方から適当に並べる。効率良く避けるなら、射線に対して真横へ動くのが正解だ。だから『初弾の真横を縦に貫く方向』に、精度甘めの面制圧射撃をくれてやる。

 枝幹葉が散る中で、赤の飛沫が2つ弾けた。

 『自然魔力の中に浮く無魔力の人型』から、流血のごとく魔力が漏れ出す。感知妨害系にありがちな、森の中に木を隠す偽装タイプ。確かに一般的には効果が高いものの、自然にあり得ない痕跡を知っている者に晒してしまう。

 大気に満ちる無色の魔力に、ぽっかり空いた無の空白。

 闇に光を見る目ならまず見えない、闇の濃淡を見る目ならすぐわかる特大違和感。


「はい、とど――――」

「捨ておいてください、サムアさん。ブディ、全速で離脱を。あの傷なら追ってこれません」

「おう、了解」

「えっ? ちょっとちょっとっ!」


 僕の口が挟まる前に、ブディランスの運転は抑えていたスピードを全開に上げた。

 勢いに若干ふらついて、転げそうになるのを思いきり踏ん張りギリギリ耐える。10秒以上かかって体勢を直し、座って這ってジャンの横へ。あからさまな不満を頬に溜めて、知ってて無視するイケメンの耳穴へ一息。

 エルフ、ハイエルフ、ダークエルフ共通の敏感耳はビクゥッ!と跳ねた。


「うひぃあっ!?」

「女の子みたいな声上げてないで、ちゃんと説明してよ。国軍に情報与えないで、仕留めたほうがよかったんじゃないの?」

「うぅ…………諜報白の3番は、他種族の脅威を調査し対処するイリーガルエージェントです。任務特性上、ターゲットは私でもブディでもなくサムアさんと考えられます。なら、国軍にサムアさんの存在を教えてあげたほうが有益なんじゃないかと」

「ねぇ、ちょっと? それって僕が樹王国にマークされるってことだよね? 自由奴隷として動くプランは? 何勝手にぶち壊してくれてんの?」

「既にマークされていたんですから、隠してマイナスのままよりプラスに変えましょう。私とブディを襲撃から救ったと聞けば、国軍に潜伏するメンバーから味方判定を貰えます。これからする交渉も、有利な材料がきっと増えますよ?」

「なし崩しに、僕をレジスタンス入りさせてない?」

「そういう見方もありますね。いやはや、申し訳ないです」


 全然反省も謝罪もこもっていない声色を、もう一度の耳穴吹きかけで黙らせる。

 進行逆方向を振り返って、後始末するには方角と距離が不正確。構わず撃ってしまった方が良かったと思い、後戻りできない現実と未来を見た。変わってしまった手元のカードを眺め、よりよい今後の為の選択を考える。

 ただのアウトローが、国家転覆に加担するテロリスト。

 認めなければ中途半端で、全力で認めれば糸口にはなる?


「…………対価はきっちり取り立てるからね、ジャン」


 それはそれとして、不敵な策士に僕は深々釘を刺した。
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