魔なる鼓動を硝煙と ～行き詰まり科学＆魔法世界のダークエルフ奮闘記～

第一部

第二十一話 流転

「は～い、ブディランスっ！　元気ぃ～っ！？」

「忙しいから後にしやがれ。――――ミスリル鋼糸が足りないぞ？　在庫は？」

「全部使い切りました。店の在庫に手を出すと、国軍の捜査に感付かれます」

「クッソ…………ん？　サムア、丁度良かった。買い出し頼むわ」

「忙しいから後にしやがれ」


　お手軽な手の平返しに全く同じ台詞をぶつけ、僕は１８０ｃｍの単眼超乳に肩車してもらって息を吐いた。

　ホルツハイム商会店舗地下２５０ｍ、厚い魔晶化樹脂岩盤の下に作られた緑晶の壁床の縫製工場。

　働いている１２人のハーフやクォーターや雑種達は淀みなく、３００着のオリハルコンプレート付き戦装束を仕立てていた。仕上がりはおおよそ９割を過ぎ、全てが残り１工程を待つばかり。ただ材料の籠は全て空で、会話の内容からも切らしてしまったのがよくわかる。

　――――プレート同士の魔力伝導を中継する、ミスリル製の鋼糸かたびら。

　ハイエルフだからね。技術が足りなくて鋼糸を作れないからね。


「えっと…………魔力伝導インターフェースパーツとして、ミスリル鋼糸を使うんですか？　そっちもオリハルコンで作った方が、性能は格段に上がりますよ？」

「それが技術の価値だよ、ヴィナ。ハイエルフ達の縫製技術はアラクネ族に並ぶ世界最高峰。でも金属糸の製造はドワーフとサイクロプスの秘伝だ。聖ヒュンエル樹王国は鋼糸の供給を輸入に頼っていて、国内製造は一切していない」

「もっと言えば、鉱物を精錬する工房もない。姉様、この国はハイエルフ達の選民思想国家です。他種族の入国すらままならないのに、わざわざ働きに来るでしょうか？　技術を持つ奴隷を買ったとして、設備製造に必要な素材は各国の禁輸対象。父様や姉様の言っていた『技術独占の重要性』とは、こういうことなのです」

「だから、デルサはエンディグレルを復興したかったんだよね。正当な技術の守り人として。まぁ到底無理だから、後継ぎがたくさん揃うまで僕と子作りいっぱいしよ？」

「――――――ッ゛！」


　投げ落としたい衝動を奴隷首輪に封じられ、赤面のデルサが強く歯噛みする。

　いずれ抵抗ではなく歓喜の赤に変えるとして、床に降りてスペースいっぱいの部屋をもう一度ぐるり。高級魔術触媒『碧琥珀』の堆積層を掘り、内部で練った高濃縮魔力を残らず吸わせて処理している。これなら地上への誘導魔力場は自然発生レベルで、国家直属魔術師であっても感知することはできないだろう。

　非常に非常に好都合。

　交渉材料を存分に用意できる。


「ブディランスぅ～？　鋼糸製作なんて朝飯前の美女鍛冶師が２人いて、ミスリルとオリハルコンの在庫も持ってるんだけど対価用意できるぅ～？」

「金ならもうねぇぞ？　漆黒等級のアラクネ生地と糸、ミスリル製鋼糸、オリハルコンのプレート加工に三色琥珀の帯留めその他。俺の個人マネーだけでなく、レジスタンスの金庫もすっからかんだ。クーデターに成功したとしても、支払えるまでに何百年かかるかわかったもんじゃねぇよ」

「成功するとも限らないもんね。とりあえず、前金代わりにココの領主様とギレイス・ファンダリアの情報が欲しい。後金は、国内に僕が逃げ込める小領地を頂戴。将来的な追手の想定は、ディルシナ魔王国のウェルシーナ家」

「おいおいおいおいおいおいっ、国家転覆で疲弊した後に全魔族の２割相手にしろってかっ？　出来ると思ってるのかよっ？」

「いざとなったら『勝手にどうぞ』ってして良いから。ヴィナ、デルサ、３００着分の鋼糸製造、エンディグレルの工房使ったら何日かかる？」

「「５時間で」」

「だって。どうする？」


　目の前の解決と将来の懸念と、天秤にかけてブディランスの表情が曇る。

　こちらが提供できるものはちゃんと説明した。用意できるかどうかは別に、支払いの大きさも一緒に合わせて。あとは納得して契約をするか、別を求めて交渉をするか。

　――――というか、ブディランスに後金の承諾権限なんて無いのはわかってる。

　国家元首たる樹王に成り代わり、国を治める者の許可が必要。それは一体誰かといえば、第１候補はこの町の領主で彼の恋人の母。オリハルコンを巡ってレジスタンスを２つに割って、強硬派を纏める多種族主義の純血ハイエルフ。

　相談してきてよ。

　ついでに情報抜いてきて。


「サムアさん、ブディをいじめないでください」

「なら、ジャンが代わりに交渉する？　ミスリルなら現金でも払えそうだもんね。最近羽振りがいいって、探ってる女諜報員が確か言ってたよ？」

「表なら可能ですけど、裏の資金は底をついてます。今からの資金洗浄は無理なので、まだ残ってるところと交渉してください。状況と真意も正せて、一石二鳥だと思いますよ？」

「ジャンッ！　あの方とコイツを会わせるのかっ！？　不敬に過ぎるぞ！」

「むしろ、純血同士で私達より適当ですよ。ただ、監視はつけます。間違いがあってはいけませんから」


　瞳に冷徹と覚悟を籠めて、笑顔を消したジャンは身を翻す。

　割れていても、対立していても、敬意は抱いて繋がりはそのまま。

　思っていたよりまともな領主なのか？　復讐に狂う母親とは、常人が及ばない思考領域にあると聞く。激情を抱いて理性で律し、判断を下せる賢君なのか？

　どうでもいい。

　大事なのは僕に害があるかどうか。たったそれだけの単純な天秤だ。