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始まりの章 女神領の決闘 編
第二話 領主カイザンと女神領〜代理の件〜
しおりを挟むカイザンとアミネスが今居るのは、領主のために設けられている神殿のような外観の大きな中央陣取り建造物の一つ、その内の豪華な一部屋。
今までエイメルがずっと使っていたので、これを機に内装を思いっきり改装してみた。内装がカイザン好みになったことは次代領主にのみ伝える重要機密だ。
そのため、この場所に出入りできるのは、カイザン。許可してない筈だけどアミネスも。ただの領民は立ち入る事を許されない。
・・・アミネスには今度、しっかりと言ってやらないと。....今度ね、今すぐにとかじゃないよ。
年頃の男の子には、部屋で一人こそこそとしたい事もある。言ってやらねば。
と言っているだけで、行動には移らないのがカイザン。正直なところでは、
・・・女の子に怒るのとか苦手。トラウマになるよ。
この件は今度、きっと今度、たぶん今度、本当に今度解決することにする。旅から戻って来たらになるが。
「で、さっき何か言ってなかったか?」
心の中に浸っていた中で話しかけられたから、さっきは全く聞いてなかった。聞いてたかもだけど、よく覚えてない。
アミネスのお叱りから察するに、重大案件の可能性。
「あー、そうでしたね」
・・・そうでもなさそうだな。
忘れていたような反応だ。
ちょっと、アミネスの真似をしてみたくなった。
「まったく、ちゃんとしてくれよな。最強種族のお手伝いさんなんだから」
「むっ.....タライの一つでも造りましょうか?」
「やめて、頭にだけは落とさないで、謝るから」
カイザンの嫌みなモノマネにアミネスが分かりやすく眉を顰めると、そう言って躊躇なくカバンから異世界感をぶっ壊す機器を取り出す。
創造種の特殊能力[万物創成]はそこに描いた全てを魔力によって実体化させることができる。ただし、アミネスが言うには、密度の高い物は魔力消費がとても高くて造れず、また、生物を創ったとしても魂はどうしても宿らないらしい。
つまりは、アミネスがタライを描けば、きっとカイザンの頭に落ちてくるという事だろう。
頭の片隅で思い出したことを考える中、カイザンはノーモーションで完璧な土下座を披露していた。アミネス、いや、二歳年下の少女に。
タライ落としなんて、人類皆効果抜群もの。当たりどころが悪いと記憶が飛んでしまうかもしれない、非常に殺傷能力の低い武器だ。
カイザンはプライドを捨てて、無痛の幸せを取った。
日本の伝統文化の一つが何故異世界に流出しているかは、アミネスがカイザンの心を読んだからに他ならない。
最強種族ともあろう者が、必死に土下座をする姿。ここが二人だけしか立ち入れない場所で良かった。安心して土下座に専念できる。誰かに観られでもしたら私有地すら堂々と歩けたものではない。
この一ヶ月、暇は彼から自尊心すら奪わんとしている。いや、もう奪ったのかもしれない。残るのは、端っこに余ってた小さな自尊心のみ。
それ故の、この土下座だ。
「さすが、カイザーさん。素晴らしい土下座ですね。...では、タライは後にして、話を進めましょう」
「進めないよ!!落とすんだったら、せめていつかだけ言って!!って言うか、落すなっ!!」
・・・て言うか、おい。俺のこと、カイザーって言ったな。
カイザン自身、自分が帝王....カイザーと呼ばれる事を快く思っていない。最強種族は気持ち良いが、帝王は完全なる悪名だ。親近感なんて一切湧かない。
・・・カイザーとカイザンって、何も上手くないからな。誰だよ、考えたヤツ。....まさか、アミネスじゃないよな...。
だとしたら怖い。聞くのも怖い。
なので、この事は一旦忘れてみよう。
「あれ、話が全然進んでない気がするんだけど」
「カイザンさんのせいですよ」
「そういう事言うから進まないんだよ。....で、さっき何て言ってたんだよ」
主人公への慇懃無礼、毒舌はただの文字数稼ぎにしかなっていない。
本来なら物申してやりたい言い様だが、我慢して話を進める。
「カイザンさんがもし、浅はかなるも本当に旅に行くのであれば、領主の仕事は誰が代わりに行うのですか?」
・・・本当に、って、失礼だぞ。男が一度言ってしまえば有言実行。.....都合が悪いと忘れるけどね。男って自由だなー。
ちなみに、カイザンの好きな四字熟語は、付和雷同。備考、特になし。
・・・って、そっちじゃねぇ。
アミネスの発言の重要点はもちろん後半。
領主仕事の代わりの件。旅の計画は具体的ではないが 、何ヶ月に納まりきる暇じゃないのは分かっている。当たり前だが、アミネスの指摘は正しい。
さっきは浅はかだと端的に切り捨てていたが、アミネスも実は旅に対して前向きだったりするのだろうか?
「えぇっとなー、それって代理って事だろ。本気さえ出せばめちゃくちゃ仕事できる予定の俺並みの実力を持つような人物なんてそうそう居ないと思うが.................つまりは誰なんだ?」
「それなら、良い方が...........って、その条件を満たす人なんて沢山居るんですけど」
・・・遅れてツッコミとか、普通に考えて乗りツッコミだな。
「してませんよ」
・・・俺の心、読んだ?
「読んでません」
「認めてるよね。もうそれは」
・・・これからも続ける気か、これを。
面倒な気しかしない。
しかしまあ、旅は人を変えるものだ。アミネスも連れて行く予定。....アポなしだけど。
・・・いっそのこと、わざわざ口にせずに心の中で話してればいいんじゃないか。
俺はお前のせいでこうなってしまった風に言って、アミネスに一生お世話してもらうとか。
・・・それじゃあ、余計に暇なだけか。
意味もなく脳を使っていつものようにどうでもいいことばかり考えてしまう性に生きるカイザン。
アミネスの気持ちを思えば、ため息をつかない理由が考えられない。
「ちょっとはふざけてないで、真面目に考えてくださいよね。...まあ、カイザンさんからくだらなさを取ったら帝王しか残りませんけど」
まるでカイザンが無駄に考えていたような物言い。まったくもった正論だ。勝てないじゃないか。
そんな事よりも、カイザン的には聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「待って、今の俺って'くだらない帝王'なの?」
「・・・・・はい」
「よし、沈黙の理由を聞こうか」
一応問い詰めたけど、めんどくさそうに回答を拒否された。
ここまでくると、アミネスは旅に出ても変わらない気がする。となると、カイザンの扱いも変わらないだろう。
・・・いよいよこの待遇に耐えかねたら手を出すかもな。....デコピン、今の俺にはそれが限界だ。
だが、自らが手を下さない攻め方はいくらでもある。
旅に出ても変わらぬようなら、断食でもさせて屈服させてやろう。
「さすが帝王の発想、最強種族のカイザーさんなだけありますね」
「カイザンなっ!!.....って、心以外も読んでないっ!?」
確か、断食については口にも心にも発言していないはず。ちょっとどころじゃなく、普通に怖くなってくる。
・・・おま、今何を、読んだんだよ?
心が読まれている前提でそう問いかける。
果たして、その回答や如何に..。
「空気、ですか?」
自分の事を疑問形にして返す。知らねぇよ、と反射的に言いそうになるのを必死に堪えて、他に思った素直な気持ちを伝える。
「なんか、空気を読んどけば全て上手くいくと思ってるムカつく成功者みたいなこと言いやがって」
「・・・・」
思った事を言っただけなのに、スベったみたいな沈黙が生まれた。二人だけの空間でされたのが一番の致命傷だろう。だが、そこに沈黙を破る者が...。
「カイザン様、突然なのですが」
「おう、ハイゼル。丁度よ.........って、おまわいつから居たんだよっ!?」
人という生物はきっと、反射的にノリツッコミをしてしまうものだろう。
普通に反応してからのツッコミ。先ほどのアミネスのはカイザンからの影響のはず。
それはともかく、カイザンに怒鳴られたとのだと思ったのか、申し訳なさそうにハイゼルが入室した。
彼女は女神領商業区の管理者、エイメルとの決闘で審判をやってた時は挙動不審なやつだと思っていたが、あの評価は間違って......。
ゆっくりと部屋の隅に移動したハイゼルは、気付くと床に正座していた.............数秒間。
「何を、してる?」
なんだか怖いので、恐る恐る聞いてみた。
領主と言う立場になかったら聞く勇気なんて出なかったはず。アミネスもきょとん顔でハイゼルを見ている。
カイザンの震えた問いに、ハイゼルが今にも額を床に擦り付けそうで付かない勢いで謝罪、直後に自分が何をしているか答えた。
「領主たるカイザー様に対し、非常に無礼極まる行いを致してしまったと後悔に思い、腹を切る覚悟にあったのですが.......只今、小刀を持ち合わせておりませんでした。どうすれば宜しいのでしょうか?」
「いや、素直に謝っとけよ」
・・・てか、カイザンな。
思い出して欲しいのが、カイザンが全領地にとっての恐怖のカイザーな象徴であること。ここ東大陸とは反対の西大陸の一部領地までに広まるには時間がかかったらしいが、今やこの認識は共通のもの。
それは何故か、女神領も同じ...。
とはいえ、あれから一ヶ月経ってもこの鮮度の高い反応だ。あの時の評価は間違っていなかった。仕事はしっかりと出来るのに、性格の個性さに難がある女神だ。
カイザンから端的にツッコミを入れられ、懺悔の方法を失ったハイゼルは、数秒間は心ここに在らずであったが、前触れなく正気に戻った。
・・・扱いが難しいな、この女神。
ハイゼルの常なら異変はさておき、どうしても確認しておきたいことがある。何故、ハイゼル登場にビビりまくったかに繋がることだ。
「で、いつからそこに居たんだ?」
「土下座のあたりから入るタイミングを伺っていました」
「観られてたのっ!?」
・・・最悪の展開だぁ。[暇家]に代々伝わるあの見事なまでに完璧に洗練された伝説級の土下座を年下の少女に向けて放ったなんて、客観的に考えて終わってる領主様じゃねぇかよ、おい。
気付いたら膝から崩れていた。
最強種族になって早数週間、言い換えて一ヶ月。短い領主生活だった。これから彼は、恥辱に塗れた人生を.....。
・・・なんて、そこまで俺メンタル弱くないからな。
土下座一つ、何のダメージにもならない。足と手の震えは疲れたからだ。...さっきからずっとベッドに座っているのだけれどね。
「て言うか、そもそも無断で入っちゃダメだろ。ここは」
入らないから土下座ができたのに、こんな話聞いてない。この領の管理者に聞いてみたいものだ。
・・・俺か。
ということで、自分で解決する。
ハイゼルには言い訳を聞いた後、正式に罰則を与えよう。いずれ今度。
一方、無断で入ってしまった件に関して追及されるハイゼル。
「立ち入ってはいけないとの事でしたので、姿勢を低く入らせていただきました」
「お前それ、俺が言ったやつじゃねぇかっ」
一ヶ月前のデジャヴ感を挟みつつ、ハイゼルの我ながら謎過ぎるトンチに言い返すが失せた。ああ言われては罰する気になれない。
ハイゼルも反省の面持ちで膝を着いていることだし。
もちろんのことではあるが、カイザンが領主である以上、領民は無条件でひざまづいてくれる。アミネスがおかしいのだ。普通に考えて。
ハイゼルには罰なしで反省してもらう。いっそのこと、こいつに仕事を任せてやろうか。もともとの任である商業区管理と掛け持ちで。
・・・ていうかさあ、ほんとに急な登場は心臓に悪いよ、もおー。
扉があるのだからノックぐらいしてもらいたい。礼儀とかから考えても。驚かそうとしてやったも同然だ。まったく、ナメられたものだ。
「被害妄想、自意識過剰。ハイゼルさんならずっといましたよ.......カイザンさん、気付いてなかったんですか?」
「その言い方と漢語の罵りだと、アミネスは気付いてたんだな」
「はい、もちろん」
笑顔で答える案件ではない。言うのを少しは躊躇う状況だ、普通は。
アミネスの悪気のなさにもいろいろと物申したいところだが、その復讐心を羞恥心が断然上回っている。
「カイザンさん、まだ恥ずかしがってるんですか?たかが土下座を見られたくらいで」
「何言ってやがる。俺は、最強種族だぞ。.....恥ずかしいに決まってんだろ。土下座を見られたんだからなっ!!」
何も考えずあっさりと認めてしまった。
アミネスがいつものテンションで言ってくるものだから、条件反射の返しだ。
この際、言ってしまったものはしょうがない。
・・・そうだよ、ただただ恥ずかしいよ。もうハイゼルと目を合わせてないし、崖があったら落ちてでも隠れたい気分だ。
「それ、いいかもしれませんね。崖から落ちたら子供みたいな身体付きも性格も強くなってくれますよ。たぶん、おそらく、きっとですけど」
「そんな曖昧な可能性で百獣の王教育とかやめてくれないっ!?...ってか、まだ子供だし、自分で言ったことだけどさあ・・・・いや、言ってない。心だったはずだ」
もちろん冗談か例えで言ったつもりなのに、案の定、アミネスは笑顔でそれを提案にしてみせた。
顔と声音が本気だ。いつもと変わらないけど。
旅に出た際、くれぐれも崖には近付かないようにしよう。次の最強種族が非戦闘種族になってしまったら女神領は終わる。多方面でも。
読心術の方はわざわざ口でツッコミをするのは面倒なので、この際スルー。声には出しちゃったけど。
先にハイゼルの用件を片付けよう。
「で、何の用?」
すっと向き直ると、間違えて高圧的に問うてしまった。
危うくハイゼルがまたおかしくなるところだったが、何とか自分の力で抑えてくれたようだ。何段階かを過ぎるとおかしくなるって言う設定かもしれない。
カイザンの考えを他所に、ハイゼルはよくぞ聞いてくれました風にぱあっと表情を明るくした。
・・・いや、普通に聞くだろ。
「一つ、報告を伝えに馳せ参じたことに加え、先程の代理領主に関する会話、失礼ながら聞かさせていただきましたところ、報告内容から提案を思い付いたのです」
「馳せ参ずるって、馬走らせてきたことになるぞ」
・・・.....って、聞いてたの土下座よりも前じゃねぇか。
「それでなのですが、カイザー様」
「うん、カイザンね」
・・・お前も言うのかよ。女神種の総意的なのだったりしないよな。
その内カイザンと言う名は歴史から消されて、帝王だけが残ってしまいそうな気がしてならない。旅に出る理由が増えた、絶対にカイザンと言う本名を広めてやらなくては。
となれば、本格的に旅の準備を。そのための、代理人探し。その件に関し、ハイゼルの提案は...。
「領主仕事に関しての人材探しというなら、エイメル様に聞かれてはどうですか?」
「聞く? エイメルに任せる、じゃなくてか?」
「左様でございます。...それに、掟によりエイメル様に任すことができない理由はご存知ですよね」
「・・・・・」
・・・何だったっけ?
アミネスの嘆息が聞こえた。と言うか、聞こえるようにやっている。こんな帝王に仕えなければならない自分の運命に絶望してますとでも言いたげな。
・・・じゅーぶん自由にやってんだろ、お前。口調とか。
とりあえず、ハイゼルの提案に乗ってカイザンたちはエイメルーーーーー元女神領領主の居場所、大図書館へと向かうことになった。
次回予告雑談
カイザン&アミネス
「俺の名は暇・カイザン。最強種族にして、女神領[イリシウス]の領主だ」
「うるさいですよ。帝王のカイザーさん」
「俺の行動を否定したかったら、まず俺から訂正させろ。誰だよ、カイザーって」
「カイザーさんは、カイザーさんです。あなたですよ」
「違う人だよ。それに、俺に帝王なんて二つ名はない」
「公称は本人の意志なんて関係ありませんから」
「.....せめてアミネスからは俺を尊重しろよ」
「では、次回。最強種族は暇潰しを求める!!、略して最暇の第二話「領主カイザンと元領主」です。エイメルさんは今、とある理由から最低地位に落とされた結果、大図書館で働いているんですよ」
「軽くスルーされたな...」
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