上 下
8 / 10
第三章 未来の選択

1 未来の選択

しおりを挟む
「新選組が、何故……」

「ここに俺がいると睨んで偵察してるんだろう。店にも数回、新選組が客に扮して来ていたからな」



 全く気づかなかったが、元新選組の隊士だからこそわかるのだろうか。
 新選組に知られるのも時間の問題。
 私は不安から灯籠さんの着物を掴む。
 そんな私の頬に灯籠さんは手を添え唇が重ねられた。



「俺はこれ以上ここにいるわけにはいかない」

「いやです。聞きたくない……」



 折角想いが通じ合ったというのに、灯籠さんがいなくなるなど私には考えられない。
 それ以上先の言葉を聞きたくなくて耳を塞ぐ。



「だが、俺はあんたと共に生きたい」



 置いていかれてしまうと思っていたのに、灯籠さんの言葉は私の予想とは違った。
 灯籠さんは私を抱き締めると、その存在を確かめるように唇を重ねる。



「小毬、俺とこれからの未来を共に生きてくれないか」



 灯籠さんを匿っている私も新選組に知られれば捕まってしまう。
 でも、それで灯籠さんを逃して二度と会えなくなるくらいなら、私が出す答えなど最初から一つしかない。



「はい、勿論です」



 笑みを浮かべ答えると、灯籠さんは柔らかな笑みを浮かべながら私の額に口付けた。



「安心しろ、俺があんたを絶対に守ってみせる」

「最初から不安なんてありませんよ。だって、私には灯籠さんがいるんですもの」



 いつ新選組が乗り込んでくるのかわからない状況だが、その時が来るまでは平和な時を共に過ごそうと二人は心で思う。


 それから数日後、未だ新選組に変化はみられないが相変わらず監視の姿はあるため、灯籠さんは外へ出ることもできず部屋に閉じ籠る毎日。

 今日も仕事が終わると、私は夕餉を手に灯籠さんの部屋へとやって来る。
 そしていつもなら、夕餉を済ませると包帯を取り替えるのだが、すでに傷は塞がっているため毎日の事になっていた包帯の取り替えはもうなくなっていた。



「何だか不思議です」

「何がだ」

「ついこの前までは、包帯を替える度に傷が塞がっていくのを見て、灯籠さんとの別れが近づいているんだなと思っていたので」



 なのに今もこうして灯籠さんの側にいる現実が嬉しくて笑みを溢すと「俺も同じだ」と言う。

 傷が塞がったら出ていくつもりだった灯籠さんも、いつしか傷が塞がっていくにつれ心は沈んでいき、今では共に歩む存在として側にいる。



「運命だったんだろうな」



 ポツリと呟いた言葉は灯籠さんらしくなくて、私はスクスと笑みを溢す。



「まさか灯籠さんの口から運命なんて言われるとは思いませんでした」



 今更自分が言った言葉に恥ずかしさが込み上げきたのか、灯籠さんの耳が少し赤くなっていたので「私も運命だと思います」と、頬を色づかせ笑みを浮かべながら言う。

 そんな幸せな日々を繰り返し、このまま平和な毎日がずっと続いたらと考える二人だったが、終りは突然訪れた。


 その日私は、いつものように外ののれんをお店の中へと片付けていると、扉が開く音が店に響いた。



「すみません、今日はもう終わりで」



 そう言いながら扉へと視線を向けるとそこには、灯籠さんと出会った最初の頃にお店に訪れた、新選組隊士の姿があった。

 鼓動が大きく跳ね上がるが、動揺してはいけないと自分を落ち着かせる。



「今日はどうかされたんですか」

「巡回の途中に寄らせてもらったんだが、店仕舞いだったみたいだな」



 巡回の途中で茶屋に来るなど、普通ならまず有り得ない。
 灯籠さんのことを探りに来たということはすぐにわかる。

 直ぐにでも出ていってもらいたいが、怪しまれている以上下手な行動は取れず、取り敢えず椅子に座ってもらうとお茶と団子を用意した。



「どうぞ」

「ああ、すまないな」



 男がお茶とお団子を食べる中、私の心臓は壊れてしまうのではないかと思うくらいに早鐘を打ち、もし灯籠さんのことが知られてしまったらと考えると平然ではいられない。

 じっと男が出ていくのを待っていると、皿には串だけとなり、男はお茶を飲む。
 ようやく帰るのだろうかと思ったその時、男は突然話始めた。

 私を動揺させようとしているのだろうか。
 灯籠さんについて話し始め、店から出ていく気配がない。



「最初にこの茶屋に来た時なんだが、あんたの店のすぐ横の土に大量の血があった」

「そうなんですか」

「お嬢さんは、あの男を匿ってるんじゃないか」



 直球な言葉に否定することができず押し黙ってしまい、これでは匿っていると言っているようなもの。
 恐怖で体が震えだすが、この震えは目の前にいる隊士にではなく、灯籠さんがいなくなってしまうという恐怖からだ。



「すみません。まだ、片付けがあるので」

「ああ、すまないな。詳しい話はその後に聞かせてもらうとしよう」



 隊士の鋭い視線が突き刺さり、私はお店の奥へと入ると灯籠さんの部屋へと急ぐ。

 襖を開ければ何時ものように、窓際の壁に肩を預け夜空を眺める姿がある。



「灯籠さん、今すぐ裏から逃げてください!」



 私の言葉に何か言おうとした灯籠さんの言葉を遮り、新選組が来たことを話す。

 このままでは灯籠さんは新選組に捕まり殺されてしまうかもしれない。
 そうならないためにも、灯籠さんを逃がすことを決めた。



「灯籠さんは店の裏から見つからないように逃げてください。私、灯籠さんと出会えてよかったです」




 一緒に生きようと約束したが、やはり私は灯籠さんが死ぬのは嫌だ。
 生きてさえいてくれればそれでいい。
 今私が灯籠さんに、そして自分の為にもできることは、灯籠さんが逃げられる時間を少しでも長く作ること。

 早く戻らなければ怪しまれると思い、私はその後すぐに店に戻る。



「お待たせ致しました」

「お嬢さん、話す気にはなってくれたかい?」



 灯籠さんを逃がす時間を少しでもつくるには、店にいるこの男をここに留めなければいけない。
 でもそんな方法は私が思いつく限りでは一つしかない。

 それは、この人達が知りたがっている情報をチラつかせること。
 思った通り食いついてきたが、男は立ち上がると私の腕を掴み自分へと引き寄せる。

 知っていると分かれば乱暴なやり方。
 でも、灯籠さんが逃げられるのなら、生きていてくれるなら、私はどうなったって構わない。
 そう思っていたのに、私の腕を掴んでいた男の手が突然放された。



「お前は、鬼灯 灯籠!! やはりここに隠れていたか」



 灯籠さんは庇うように私を背で隠すと、新選組に鋭い視線を向ける。



「そう怖い顔をするな。今日はお前に事情を聞くために来たのだからな」

「どういうことだ」



 話がわからないのは私もだが、男は座って話そうと言い出し、私と灯籠さんは警戒しながらも椅子に座る。

 話の内容は勿論隊士の殺害の件。
 あと後遺体を確認した結果、倒れていた女は宮十さんに斬られていたことがわかったが、宮十さんの件は別だ。



「宮十を刺したのはお前だろう、鬼灯」

「ああ、そうだ」



 男は更に話を進める。
 あの日、新選組の幹部隊士のみが集められ、宮十さんについて命を受けていた。

 宮十さんが人斬りをしているのではないかと感ずいていた局長と副長は、宮十さんを見張るようにと隊士達に命を出し、それは、幹部隊士のみでの話となった。
 宮十さんの耳にこの話が届き、逃げられるのを避けるためでもあるが、外に漏れれば騒ぎにもなりかねないからだ。



「そしてあの夜、あの事件が起きたというわけだ。元々幹部内でのみの任務ではあったが、命があった以上、切腹にはならない」



 切腹にはならないという言葉に私は安堵するが、話には続きがあった。

 この事実を他の隊士には公表しないということが決まったらしい。
 外に漏れれば新選組の評判は更に悪くなるうえに、同じ隊士に人斬りがいたなど知れれば、隊士達にも支障が出ると判断したからだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

大奥~牡丹の綻び~

翔子
歴史・時代
*この話は、もしも江戸幕府が永久に続き、幕末の流血の争いが起こらず、平和な時代が続いたら……と想定して書かれたフィクションとなっております。 大正時代・昭和時代を省き、元号が「平成」になる前に候補とされてた元号を使用しています。 映像化された数ある大奥関連作品を敬愛し、踏襲して書いております。 リアルな大奥を再現するため、性的描写を用いております。苦手な方はご注意ください。 時は17代将軍の治世。 公家・鷹司家の姫宮、藤子は大奥に入り御台所となった。 京の都から、慣れない江戸での生活は驚き続きだったが、夫となった徳川家正とは仲睦まじく、百鬼繚乱な大奥において幸せな生活を送る。 ところが、時が経つにつれ、藤子に様々な困難が襲い掛かる。 祖母の死 鷹司家の断絶 実父の突然の死 嫁姑争い 姉妹間の軋轢 壮絶で波乱な人生が藤子に待ち構えていたのであった。 2023.01.13 修正加筆のため一括非公開 2023.04.20 修正加筆 完成 2023.04.23 推敲完成 再公開 2023.08.09 「小説家になろう」にも投稿開始。

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

朝敵、まかり通る

伊賀谷
歴史・時代
これが令和の忍法帖! 時は幕末。 薩摩藩が江戸に総攻撃をするべく進軍を開始した。 江戸が焦土と化すまであと十日。 江戸を救うために、徳川慶喜の名代として山岡鉄太郎が駿府へと向かう。 守るは、清水次郎長の子分たち。 迎え撃つは、薩摩藩が放った鬼の裔と呼ばれる八瀬鬼童衆。 ここに五対五の時代伝奇バトルが開幕する。

桜の花弁が散る頃に

ユーリ(佐伯瑠璃)
歴史・時代
 少女は市村鉄之助という少年と入れ替わり、土方歳三の小姓として新選組に侵入した。国を離れ兄とも別れ、自分の力だけで疾走したいと望んだから。  次第に少女は副長である土方に惹かれていく。 (私がその背中を守りたい。貴方の唯一になりたい。もしも貴方が死を選ぶなら、私も連れて行ってください……)  京都から箱館までを駆け抜ける時代小説。信じた正義のために人を斬り、誠の旗の下に散華する仲間たち。果たして少女に土方の命は守れるのか。 ※史実に沿いながら物語は進みますが、捏造だらけでございます。 ※小説家になろうにも投稿しております。

旅路ー元特攻隊員の願いと希望ー

ぽんた
歴史・時代
舞台は1940年代の日本。 軍人になる為に、学校に入学した 主人公の田中昴。 厳しい訓練、激しい戦闘、苦しい戦時中の暮らしの中で、色んな人々と出会い、別れ、彼は成長します。 そんな彼の人生を、年表を辿るように物語りにしました。 ※この作品は、残酷な描写があります。 ※直接的な表現は避けていますが、性的な表現があります。 ※「小説家になろう」「ノベルデイズ」でも連載しています。

明治仕舞屋顛末記

祐*
歴史・時代
大政奉還から十余年。年号が明治に変わってしばらく過ぎて、人々の移ろいとともに、動乱の傷跡まで忘れられようとしていた。 東京府と名を変えた江戸の片隅に、騒動を求めて動乱に留まる輩の吹き溜まり、寄場長屋が在る。 そこで、『仕舞屋』と呼ばれる裏稼業を営む一人の青年がいた。 彼の名は、手島隆二。またの名を、《鬼手》の隆二。 金払いさえ良ければ、鬼神のごとき強さで何にでも『仕舞』をつけてきた仕舞屋《鬼手》の元に舞い込んだ、やくざ者からの依頼。 破格の報酬に胸躍らせたのも束の間、調べを進めるにしたがって、その背景には旧時代の因縁が絡み合い、出会った志士《影虎》とともに、やがて《鬼手》は、己の過去に向き合いながら、新時代に生きる道を切り開いていく。 *明治初期、史実・実在した歴史上の人物を交えて描かれる 創 作 時代小説です *登場する実在の人物、出来事などは、筆者の見解や解釈も交えており、フィクションとしてお楽しみください

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

座頭の石《ざとうのいし》

とおのかげふみ
歴史・時代
盲目の男『石』は、《つる》という女性と二人で旅を続けている。 旅の途中で出会った女性《よし》と娘の《たえ》の親子。 二人と懇意になり、町に留まることにした二人。 その町は、尾張藩の代官、和久家の管理下にあったが、実質的には一人のヤクザが支配していた。 《タノヤスケゴロウ》表向き商人を装うこの男に目を付けられてしまった石。 町は幕府からの大事業の河川工事の真っ只中。 棟梁を務める《さだよし》は、《よし》に執着する《スケゴロウ》と対立を深めていく。 和久家の跡取り問題が引き金となり《スケゴロウ》は、子分の《やキり》の忠告にも耳を貸さず、暴走し始める。 それは、《さだよし》や《よし》の親子、そして、《つる》がいる集落を破壊するということだった。 その事を知った石は、《つる》を、《よし》親子を、そして町で出会った人々を守るために、たった一人で立ち向かう。

処理中です...