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第五幕 堅物、石田三成

三 堅物、石田三成

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「人の心配より自分の心配をしろ」

「すみません」



 何だか表情は変わっていないけど、少し怒っているように見える。


 もしかして……



「心配してくださったんですか?」

「っ、違う!あんたは信長様の物だ、もしあんたに何かあれば信長様に申し訳がたたぬからだ」

「私は信長様の物になった覚えはないんですけど」

「あんたの意思など関係ない。俺は失礼する、そこの薬を飲んでおくんだぞ」



 それだけ言うと三成さんは部屋から出ていってしまった。


 心配してくれたんじゃなくて、私が信長様の物だから……。


 愛がない武将にとって、皆にとって、私はしょせん物でしかないのだと改めて実感した。



「お嬢さん、いいかい?」

「はい、どうぞ」



 私が返事をすると入ってきたのは光秀さんだった。



「三成さんから聞きました。運んでいただいてありがとうございました」

「何のこと?お嬢さんを部屋まで運んだのは三成だよ。あの時お嬢さんがいきなり倒れて、三成が丁度通りかかって運んだんだよ」



 私を運んだのは三成さんだと聞かされ、何で三成さんは私に嘘をついたのだろうと首を傾げた。



「あの時の三成は凄く取り乱してたよ。お嬢さんを急いで部屋へ運んで、薬を作ったりしてて、お嬢さんのことがよほど心配だったみたいだね」



 三成さんが私を心配してくれていた?

 もしかして、恥ずかしくて言えなかったとか……。


 熱のせいなのか、嬉しさからなのか、頬に熱が宿るのを感じると、口許が緩んでしまう。



「嬉しそうだね」

「あ、えっと……」



 光秀さんにわかってしまうほど嬉しさが出ていたのが恥ずかしくて、さらに私の頬に熱が集まるのを感じ、両頬を手で隠した。



「何か、嫌だな……」

「え?」



 呟かれた言葉が聞き取れず光秀さんを見ると、突然の顎を掴まれ口が近づいてきた。


 え……?


 私は頭が真っ白になり、近づく距離にただじっとしていることしかできなかった。

 あと数センチの距離となったとき、襖越しに声が聞こえ、三成さんが部屋の中へと入ってきた。



「薬は飲んだ、か……!?って何をしてるんだ!!」

「何って見てわからないかい?口づけだよ」



 三成さんの声で、私の真っ白だった頭が回転しだし、今自分が何を晴れそうになったのかを理解した。



「何を考えてるんだ……」

「なにそんなにムキになってるんだ?三成らしくないな。俺はただ、風邪は人にうつすと治ると聞いたことがあったんで、お嬢さんから風邪をもらおうとしただけだよ」



 光秀さんの言う通り、私や光秀さんにもわかるほど、三成さんが怒っているのがわかる。

 まだ三成さんのことを私は知らないのかもしれないけど、三成さんはあまり感情が顔にでなかったはずなのに、今はわかりやすいほどわかってしまう。



「うつしたら治るなどというものに根拠などない。俺は光秀、あんたには部屋に入るなと言ったはずだが」

「風邪がうつるからって言うなら三成も同じだろう」



 二人は睨み合い、私には何故こんな状況になってしまったのかわからずにいた。


 でも、私があの時すぐにでも光秀さんを拒んでいたら、二人が啀み合うことなんてなかったかもしれない……。



「お二人ともすみません。私のこと心配してくださったんですよね……」

「すまない。病人の前で騒ぎすぎたようだな、光秀、俺達は一旦部屋へ戻るぞ」

「そうだね。すまないね、お嬢さん」



 二人が部屋を出ていくと、私は上半身を起こし、三成さんが作ってくれた薬を飲むと再び布団へと横になり瞼を閉じた。

 光秀さんに口づけをされかけたことを思い出すと頬が熱くなる。

 でもあの時の光秀さん、何だか寂しそうな、辛そうな瞳をしていた。

 そんなことを考えていると、私はいつの間にか眠りへと落ちていった。


 んっ…。


 目を覚ますと部屋は暗く、すでに夜になっているようだ。

 私がゆっくりと状態を起こすと襖が開き、三成さんが中へと入ってきた。



「起きていたのか」



 三成さんは私へと近付くと額に手を当て、熱は下がったようだな、と、口許に笑みを浮かべた。



「薬を持ってきた、一応飲んでおくといい」

「ありがとうございます」



 さっきまで重かったからだは楽になり、目眩もしなくなっていた。


 三成さんの薬が効いたのかな?


 私は三成さんから薬を受け取ると水と一緒に飲んだ。



「あの、少し外の風に当たりたいんですけどよろしいでしょうか?」

「わかった。少しだけなら大丈夫だろう」



 私が立ち上がると、三成さんと一緒に庭へとでた。

 空を見上げると、キラキラと沢山の星が辺りを照らしていた。



「さっきはすまなかった」



 空を眺めていると三成さんの声が聞こえ、隣に立つ三成さんへと視線を向ける。

 私は何のことかわからず首を傾げると、三成さんは言葉を続けた。



「あの時、光秀とあんたを見て、俺は今まで感じたことのない感情が溢れてしまっていた」



 三成さんが言っているのは、さっき私と光秀さんの距離が縮まっていたときのことなんだとわかった。


 あの時、三成さんは怒っていた、でもそれは私を心配してくれて怒ってくれたものだ。



「私のことを心配して怒ってくださったんですから、私は嬉しかったですよ」



 今日1日で、三成さんと少し近付けた気がする。

 初めは、薬草を調べたりするのは、次の戦までに兵の人が治るようにだと思っていた。

 でも、私を部屋に運んでくれたり、薬を作ってくれたりしたとき、私を心配してくれている三成さんの気持ちが私にはわかった。



「っ……あんたが信長様の物だからだ!」

「でも、私のことを心配してくれたのは三成さんですよ」

「……勝手にそう思っていろ。部屋へ戻るぞ」



 私に背を向け城内へと入ってしまう三成さんのあとを私は追いかけた。


 俺があいつを心配……?
 俺は、あいつと光秀を見たとき、心配じゃなく、嫌だと感じたんだ……。

 こんは感情、俺は知らない……。


 私に背を向け前を歩く三成さんが考えていたこと、そして、その三成さんの頬が桜色に染まっていたことに、私は気づくことはなかった。
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