上 下
6 / 51
第一幕 可笑しな戦国時代

六 可笑しな戦国時代

しおりを挟む
「俺はお前を拾った、ならばお前はすでに俺の物だ」



無茶苦茶な理屈に少しでも信長様が優しいなんて思った自分がバカだったと思えてしまう。



「なんと言われようと、私は貴方の物になんてなりませんしなった覚えもないですから」

「物ごときが、俺に従わぬと言うのか?」



冷たく射竦められ、恐怖を感じながらも私は信長様から視線を逸らさず真っ直ぐに見据える。

すると、顎を掴んでいた手が放され、私は思いきって信長様に尋ねる。



「信長様は、人を愛さないのですか?愛でたい人はいないのですか?」

「そんな者はおらぬ。それに、そんな者、俺には必要のないものだ」

「人を愛し愛でることは、必要だからするのではありません!大切な人に出逢えたとき、そうしたいと自分で感じるものなんです!!」

「そんなもの、俺は知らぬ」



冷たい瞳で言われた言葉は私の胸に重く響き、やっぱり愛をわかってもらうなんてできないのだろうかと顔を伏せてしまいそうになる。



「用がすんだのなら自室へ戻れ」

「ッ……」



冷たい声音で言われた言葉に、今何を言っても信長様には届かないのだと感じ、私は部屋を出て俯きながら廊下を歩く。

今の私に何か出来ることはないのか考えてみても何も浮かばず、どうしたらいいのか私にはわからなくなってしまう。



「また会ったね」

「え……?」



突然声をかけられ俯いていた顔を上げると、目の前には家康さんの姿がある。



「こんなところでそんな暗い顔をして、どうしたんだい?」

「それが……。ある人に、愛をわかってほしいんですけど、なかなかわかってもらえなくて、どうしたらいいのかわからなくなってしまって……」

「う~ん。僕も愛って言うのはよくわからないけど、その人は愛を知らないんだよね?なら、すぐにわかってもらうなんて難しいんじゃないのかな?」

「え……?」



家康さんに言われた言葉で思い出してみれば、私は信長様に愛をわかってほしくて、人を大切に思う気持ちをわかってほしくて、信長様の気持ちを考えていなかったかもしれないと気づく。



「焦ることはないよ。ゆっくり時間をかけて、知ってもらえばいいんじゃないかな?人も同じだよ、すぐに相手のことを理解するなんてできるわけないんだよ」



私は、いつの間にか愛をわかってもらおうと焦っていたのかもしれない。

私が何を言ったって、愛を知らない人にとってはただの言葉でしかなくて、愛がなんなのかなんてわかるわけがないのだから。



「家康さん、ありがとうございます!私、ゆっくり時間をかけてわかってもらえるように頑張ります!」

「うん!元気が出たみたいでよかったよ」



何だか、家康さんの優しい笑顔を見ていたら、こっちまで癒される気がするから不思議だ。



「では、私はこれで失礼します」

「何処へ行くんだい?」

「自室が何処にあるのかわからないので、秀吉さんに聞きに行こうかなと……」



一瞬家康さんは目を丸くすると、吹き出すように笑い出した。



「あははッ!自分の部屋がどこか忘れちゃうなんて、君ってやっぱり可愛らしいね」

「っ……!」



恥ずかしさで顔から火が出そうになると、そんな私に気づいた家康さんが目に浮かぶ涙を掬い取りながら口を開く。



「ごめんね、いきなり笑ったりして。あまりに可愛らしかったからついね。美弥ちゃんの部屋なら、僕が知ってるから一緒に行こうか」

「本当ですか!?よろしくお願いします!」



家康さんに案内をしてもらえることになり、家康さんが歩く後ろを着いていくと、無事自室の前まで戻ることができた。



「秀吉さんと信長様のお部屋の場所まで教えていただいたのに、部屋まで送っていただきありがとうございました」

「気にしないで、僕は美弥ちゃんと一緒に話せて楽しかったから」



優しく微笑まれると、何だか安心して、つい口がほころんでしまう。



「じゃあ、僕はそろそろ失礼するね」

「はい。ありがとうございました」



家康さんの背を見送った後、私は自室へと入ると畳へと座った。

家康さんにはゆっくり時間をかけて頑張る、なんて言っちゃったけど、まずは皆のことを知るところからだ。

まだ私は、昨日この世界に来て、信長様や秀吉さんと出会ったばかりだ。

それに、まだお話ししていない武将の方もいる。

今は愛を知ってもらうことよりも、皆のことを知りたくて、知らなくちゃいけないと思った。

でも、部屋に閉じこもりっぱなしじゃどうにもならないし、どうすれば皆を知ることができるのだろうかと考える。



「美弥、いるか」

「はい」



襖の向こうから声が聞こえ、居住まいを正し返事をすると、襖が開き秀吉さんが中へと入ってくる。



「ほら、昼餉を持ってきたぞ」

「ありがとうございます」



私の前に置かれた美味しそうな料理を見て、私はあることを思い付いた。



「秀吉さん、今日の皆様の夕餉を、私に作らせていただけませんか?」

「どうしたんだ急に?信長様からは何も言われてねぇんだし、お前がする必要はねぇだろ」

「そうかもしれませんけど、少しでも皆さんの為に何かしたいんです!」



このままじっとしていたって、行動しなきゃ何も始まらない。

料理なら、武将の皆さんの好みも聞けるし、皆のことが少しはわかるかもしれない。



「はぁ……仕方ねぇな。信長様と厨の女中には、俺から伝えといてやるよ」

「ありがとう、秀吉さん!」

「信長様も食うんだ、不味い料理なんて出すんじゃねぇぞ」



笑みを浮かべながら、秀吉さんはヒラヒラと手を振り、部屋を出ていってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

あつろうくんかわいそう

スイセイ
BL
同級生の嶋田敦郎くんは、とってもかわいそうな人です。でもいちばんかわいそうなのは、俺みたいのが近くにいたことなんだな。 サクッと読める一話完結の監禁執着淫語エロ短編。ヤンデレ攻め×メス堕ち済受け、攻め視点です。そんなにハードなプレイはないですが、エロは濃いめを目指しました。露骨な淫語・ハート喘ぎ・受けの♀扱い・貞操帯・強制的な行為の描写を含みます。

菊松と兵衛

七海美桜
BL
陰間茶屋「松葉屋」で働く菊松は、そろそろ引退を考えていた。そんな折、怪我をしてしまった菊松は馴染みである兵衛に自分の代わりの少年を紹介する。そうして、静かに去ろうとしていたのだが…。※一部性的表現を暗喩している箇所はありますので閲覧にはお気を付けください。

「……あなた誰?」自殺を図った妻が目覚めた時、彼女は夫である僕を見てそう言った

Kouei
恋愛
大量の睡眠薬を飲んで自殺を図った妻。 侍女の発見が早かったため一命を取り留めたが、 4日間意識不明の状態が続いた。 5日目に意識を取り戻し、安心したのもつかの間。 「……あなた誰?」 目覚めた妻は僕と過ごした三年間の記憶を全て忘れていた。 僕との事だけを…… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

この奇妙なる虜

種田遠雷
BL
クリッペンヴァルト国の騎士、エルフのハルカレンディアは任務の道程で、生きて帰る者はいないと恐れられる「鬼の出る峠」へと足を踏み入れる。 予期せぬ襲撃に敗北を喫したハルカレンディアには、陵辱の日々が待ち受けていた――。 鉄板エルフ騎士陵辱から始まる、奇妙な虜囚生活。 転生しない方の異世界BL。「これこれ」感満載のスタンダード寄りファンタジー。剣と魔法と暴力とBLの世界を。 ※表紙のイラストはたくさんのファンアートをくださっている、ひー様にお願いして描いていただいたものです ※この作品は「ムーンライトノベルズ」「エブリスタ」にも掲載しています

わたくし、今から義妹の婚約者を奪いにいきますの。

みこと。
恋愛
義妹レジーナの策略によって顔に大火傷を負い、王太子との婚約が成らなかったクリスティナの元に、一匹の黒ヘビが訪れる。 「オレと契約したら、アンタの姿を元に戻してやる。その代わり、アンタの魂はオレのものだ」 クリスティナはヘビの言葉に頷いた。 いま、王太子の婚約相手は義妹のレジーナ。しかしクリスティナには、どうしても王太子妃になりたい理由があった。 ヘビとの契約で肌が治ったクリスティナは、義妹の婚約相手を誘惑するため、完璧に装いを整えて夜会に乗り込む。 「わたくし、今から義妹の婚約者を奪いにいきますわ!!」 クリスティナの思惑は成功するのか。凡愚と噂の王太子は、一体誰に味方するのか。レジーナの罪は裁かれるのか。 そしてクリスティナの魂は、どうなるの? 全7話完結、ちょっぴりダークなファンタジーをお楽しみください。 ※同タイトルを他サイトにも掲載しています。

番になんてなりませんっ!

今野ひなた
BL
――彼が、運命だと思った。 開幕失恋失礼しますと保健室の扉を開けた東雲八雲。幼馴染である保険医、西野叶はエロ本を読みながらそれを聞き流す。 事情があり学校の外では同棲中の二人のいつもの日常。 それがΩである八雲ののヒートによって壊れ始め……? ツンデレ高校生とぐだぐだ保険医の幼馴染ラブ! 他サイトからのお引越しです。 完結済。毎日7時、19時2話ずつ更新です。 同作者作「オメガバースの言いなりにはならない」https://www.alphapolis.co.jp/novel/80030506/970509497のスピンオフになっています。読まなくても大丈夫になってますが読んでいただけるともっと楽しめます。

大嫌いな後輩と結婚することになってしまった

真咲
BL
「レオ、お前の結婚相手が決まったぞ。お前は旦那を誑かして金を奪って来い。その顔なら簡単だろう?」 柔和な笑みを浮かべる父親だが、楯突けばすぐに鞭でぶたれることはわかっていた。 『金欠伯爵』と揶揄されるレオの父親はギャンブルで家の金を食い潰し、金がなくなると娘を売り飛ばすかのように二回りも年上の貴族と結婚させる始末。姉達が必死に守ってきたレオにも魔の手は迫り、二十歳になったレオは、父に大金を払った男に嫁ぐことになった。 それでも、暴力を振るう父から逃げられることは確かだ。姉達がなんだかんだそうであるように、幸せな結婚生活を送ることだって── 「レオ先輩、久しぶりですね?」 しかし、結婚式でレオを待っていたのは、大嫌いな後輩だった。 ※R18シーンには★マーク

処理中です...